3.その始まり
「国を攻める時、一番にその国のこと、そこに住む者のことを調べ上げる」
ルーカスは当然だと言わんばかりの雰囲気で言った。
「お前の国では、ここと違い女性が重用されていた。女性にも学があるのが当然の国であった」
ルーカスがアイリスの国のことを話し始めたが、それが過去形であることに、アイリスは否が応でも現実を思い知らされる。
――わたしが生きていた国は……もう、ない。
ルーカスが話す事は、全て事実であった。
まず、この国とアイリスの国の大きな違い。
それは信仰している宗教であった。
アイリスの国で国教とされていた宗教は、男女を区別なく扱う。
性別に大きな意味はなく、その信仰神ルージャの前ではすべてが等しかった。
現に、戦争が始まるまで、そして敵国に捕らわれるまでアイリスは国の機関で働いていた。
アイリスの父はその国で祭事を管轄する宗教省のトップである省長を務めていたが、世襲制度といったものもなかった。
アイリスは幼少の頃より学ぶことが好きで、父親も驚くほどの優秀な成績で学業を修めた。
とくに神事に関する学びに興味を示し、信仰心が深い、というよりも宗教を一つの国をまとめる力と捉えたアイリスは、政治と宗教の二つに対する学びをより深めていった。
いずれはこの国の中枢でその力を発揮するだろうと、周りからも期待されていた。
しかし、彼女がまだ宗教省に入省し数年。仕事を覚えやっと一通りの業務をこなせるようになった直後に、この国の人間たちに捕らわれたのだった。
「わたしとの夜伽などしなくていい。その代わり、毎晩ここに来ることを続けろ」
ルーカスが急にアイリスに要望した。
「そなたの知っていることをすべて話せ。ポリシアの国の文化、政治、庶民の暮らしに気候、風土に至るまで全てだ」
ルーカスの瞳もまた、アイリスを捉えて離さない強さを持っていた。
アイリスはそのルーカスの言葉をきっかけに、ナイフを降ろした。そして、ベッドの上に投げた。
――終わったのだ。すべてが終わったのだ。わたしには過去も未来もない。自由な意思も持つことは許されない。
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