転生前、欲しいチート能力をなかなか決めない男

@negimasuki

転生前、欲しいチート能力をなかなか決めない男

「サトシさん。あなたは異世界に転生できることになりました」

 私は『転生の間』へふわりと舞い降り、転生予定の人間に対してそう告げた。サトシという名の細身の中年で、いかにも薄幸そうな男だ。

 不運な人生を送った人間の命が尽きるとき、天上界では幸運チャンスルーレットが回される。そして、その針が『転生』を指して止まったならば、異世界での新たな人生が与えられる。そのような転生の権利を得た者の待つ『転生の間』で、特別な能力を与え、異世界に転送するのが、私たち女神の仕事のひとつだ。ちなみに幸運チャンスルーレットを、運チャルと略す女神が多いが、私はその呼び方があまり好きではない。

「へー、そうなんですね、女神っぽい人」

 ぽい、ではなく、本当の女神ですけど。反応が薄い相手に対して、私は型通りの名乗りをする。

「私は女神エリーシア。サトシ、転生者として生きるあなたに、望む能力をひとつ授けましょう」

「はあ。なんかチート的なヤツですかね?」

「そうです」

「あのー、少し考えてもいいですか?」

「どうぞ」

 緊張感のない人間だなぁ。私は不快感が顔に出ないよう、にこやかな表情を貼りつけておくよう努める。相手がどのような者であろうと、女神の態度を崩してはならない。そんなことをしたら、ボーナスの査定に響く。面倒なことに、女神長はどこからでも、私たちの行いを見ておられるのだ。

 サトシは腕を組みながら、こちらへ背を向けた。首を右へ左へ傾け、時折「う~ん」と声を漏らす。急に四股を踏んだり、コサックダンスを踊ったりもしたが、考えがまとまったのか、私の方へ向き直った。

「あの、じゃあ、最強の体って大丈夫ですかね。こう、攻撃も防御も最強、みたいな」

 出た~、複数の能力をもらおうとするやつ~。それは無理なんだぷー、べろべろばぁ~……という内容を、私は女神らしく伝える。

「それはできません。攻撃か防御、どちらかの能力を選びなさい」

「そっかー、だめかー」

 そう言うと、サトシは再び腕組みをしながら、ゆっくりとむこうを向いた。

 欲深なのか、異世界への警戒心なのか、複数の能力を得ようとする人間は多い。あまりしつこければ、転生の権利を取り上げることもあるのだが、この人間にその必要はなさそうだ。恐らく、どちらか一方の能力に決めるだろう。慎重そうだから、防御の能力だろうか。そんなことを考えていると、

「でもエッチな要素も欲しいよなあ」

と聞こえた。おい、心の声が漏れているぞ、と思ったが、もちろん女神がそんなことを口に出したりはしない。

 しばらくして、サトシはこちらを見た。やっと欲しい能力を決めたかと思ったら、まったく予想外な問いかけをしてきた。

「あのー、僕の顔って転生先だと、どういう印象ですかね?」

「え?」

 思わず変な声が出てしまった。しかしサトシは、気にする様子もなく言葉を続ける。

「死ぬ前までいたところだと、まあ、可もなく不可もなくって感じだったんですけど。ほら、ひょっとしたら転生先で、この顔がすごくモテるとかあったらと思って」

「さあ、どうでしょう。人間の美醜の感覚については分かりませんので」

 戸惑いながらも、私はどうにか、当たり障りのない返答を絞り出した。しかし、サトシはそれで引き下がらない。

「そうですか。ちなみに女神様は僕の顔、どう思います?」

 知らんがな。そう言いたくなる気持ちをぐっと抑え、

「私はすべての人間を、心から平等に愛しています」

と、答えにもなっていない返事をした。

「あ、いえ、そういうことじゃなくて……言ってる意味が分かんなかったのかな……僕の顔の評価ですよ。イケメン、とか、ブサイク、とかあるじゃないですか」

 ウザいよぉ。論点をすり替えようとしてるってところで察しろよぉ。思わず泣きが入りそうになり、無意識に目の下あたりが震える。

 仕方ない。こうまで聞かれれば、答えない方がおかしい。私は消えそうになった笑みを灯し直した。

「やや難ありです」

「なるほど。じゃあ異世界でもあんまり期待はできないなあ」

 不快感を示すでもなく、サトシは私の答えに納得したようだった。

 その後のサトシは、黙ったまま真剣に考えているようだったが、しばらくすると、みたびこちらを向いた。今度こそ欲しい能力を決めたのかと思ったが、またしてもそうではなかった。

「すみません。紙と鉛筆ってあります?やっぱり書き出してみないと決められなくて」

 そんなに能力の候補あるぅ~?っていうか、候補がいくつあってももらえる能力はひとつなんですけどぉ~?心の波立ちがいよいよ口をついて出そうだったが、私はある考えに至った。そうだ。紙と鉛筆を取りに行って、一息入れよう。

「分かりした。しばらくお待ちください」

 私はその場から浮き上がると、女神事務所へと向かった。


「おつかれー。運チャルに当たった人間の処理、終わった?」

 事務所には先輩のサーシャさんがいた。よく言えばフレンドリー、悪く言えば馴れ馴れしい。嫌いというわけではないが、少し苦手な古株の女神だ。

「お疲れさまです。いえ、どんな能力が欲しいかで、転生予定の方が悩んでしまって。それで紙と鉛筆を持ってこいと」

「は?なにそれ。クレーマーじゃん。いいよ、選べないなら適当な能力つけて転生させちゃって。私もそうしたことあるし。ボーナスはちょっと減るけど」

「は、はあ……」

 サーシャさんなら本当にそうしそうだが、私にそんなことはできない。っていうか、ボーナス減るんかい。

「ああ、そういや、女神長が旅行のお土産買ってきてたから。あんたの分、机の上に置いてあるよ。また温泉まんじゅうだけど」

 そう言ってサーシャさんが指さした私の机の真ん中には、ちょこんとそれらしきものが乗っていた。

「そうなんですね。ありがとうございます」

「礼は女神長に言いなよ」

 サーシャさんは笑いながら給湯室へ消えて行った。

 私は自分の席へ座り、引き出しの中から鉛筆を取り出した。紙はどうしようと迷っていると、机の上でまんじゅうに重しされた広報紙『女神のめぐみ』が目についた。広報紙と言っても、質の悪い紙に白黒で印刷されただけのもので、今回の号ではうちの事務所の女神長が特集されていた。裏を見ると何も書かれていない。これはちょうどいいと、記事の内容が見えないように二つ折りにして、鉛筆とともに机の上に置いた。

 ぼんやり時計を見ると、サトシを相手にし始めてからかなり時間が経っていた。人間に会う場合などは時計をしてはいけないルールなので、正確な時間を久しぶりに知ったのだ。今日は女神学校時代の友人ふたりと、飲み会の予定なんだけどなぁ。

 ……戻るか。

 あまり気分は晴れず、私は重い足取りで事務所をあとにした。

 

「ああ、ありがとうございます」

 サトシは渡された紙と鉛筆を受け取り、わざわざ折り曲げてあった広報紙を開いた。つくづく余計なことをする。しばらく黙々とそれを読んでいたサトシは、

「女神様ってひとりじゃないんですね」

と言った。そして広報紙を閉じると、また口を開いた。

「でも僕は、この人より、あなたの方が好きかな」

 トクン。キャー、なにこいつ。あたしに気があるのー!?……じゃねーんだわ。何のためにその紙、持ってきたと思ってんだよ。

 そんなことを考えていると、サトシはきょろきょろしだした。

「あの、机とか……ないですよね」

 そう言って、少し悲しそうな表情を見せた。まあ、バインダーとか持って来なかった私も悪いかもだけど。親切にしたにもかかわらず、それが物足りないみたいな態度はなかなかイラっとする。そんな感情が顔に出てしまっていたのか、サトシはもう何も言わず、床に紙を置き、土下座スタイルで書き始めた。

 しばらくの間、サトシは鉛筆を動かし続けていた。あまり熱心に這いつくばって書いているので、こっそり移動して覗いてみる。すると、目尻のしわをなくす能力、頬のたるみを取る能力、肌のキメを整える能力などと書いた下に、何かのキャラクターを描き、吹き出しで「わァ」や、「ウラ」などの言葉をしゃべらせていた。

「落書きはおやめなさい」

 注意すると、サトシは驚くでもなく私を見上げる。

「いえ、これも欲しい能力を考えるうえで、大事な作業なのです」

 それはどう考えても嘘だろ。あと、冷静にそんな嘘を吐けることに軽い恐怖すら覚えるわ。しかし私は「そうですか」とだけ言って引き下がった。もう好きにしてくれと投げやりになっていた。


 とはいえ、時間はどんどん過ぎていく。まもなく定時を知らせる鐘が鳴るはずだ。時計をしていなくても分かるように、鐘はどこにいても聞こえるようになっている。友人たちとの飲み会に行くためには、定時に事務所を出ないと間に合わない。しかしサトシの様子からすると、まだまだ時間がかかりそうだ。

 私はこの人間が欲しい能力を決めるまで待つべきだろうか?いや、勤務時間を越えた時点でこの場を離れたとしても、職務怠慢にはならないはずだ。大丈夫、ボーナスの査定には影響しないはず。

 私は意を決する。それとほぼ時を同じくして、ゴーンと鐘の音が聞こえた。

「今の音、なんですか?」

 サトシはそう訊いてきたが、私は答えず、

「あの、私は一旦これで失礼します」

と伝えた。

「え?ごはんとか、寝るとことかどうすればいいんですか?」

 余計なところにだけ頭が回る。しかし、そんな心配は無用だ。

「それは大丈夫です。今の状態であれば、食事も睡眠も必要ありません」

「へー、便利ですね」

「ですので、申し訳ないですが、私がまた戻ってきたら、そのときにどのような能力が欲しいか教えてください」

「分かりました」

 聞き分けがよくて助かる。

 私は事務所へ戻ると、急いで荷物を持ってタイムカードを押し、友人たちのもとへ走った。結局、少し遅刻したが、ふたりは笑って許してくれた。その後は私が今日あったことを愚痴り、それを端緒に飲み会は悪口大会になった。ふたりも苦労してるんだなと思うと、心が少し軽くなった。

 

 次の日。

 私は少し早めに出勤してタイムカードを押した後、サトシのもとへ向かった。さすがにもう欲しい能力を決めているだろうと考えながら、『転生の間』へ降り立つと、そこにサトシはいなかった。

「どうしたんだろう……」

 不安になった私は、急いで女神事務所へ向かった。何か問題が起きたのかもしれない。安易にサトシのそばから離れてはいけなかった。でも定時だったし、約束があったし……

 そんなことを考えながら事務所へ到着すると、

「あれ?おはー」

と、勤務開始の時間ギリギリにタイムカードを押すサーシャさんが声をかけてきた。

「おはようございます。あの、昨日、私が転生させようとした人なんですけど……」

 いなくなっちゃって。そう言おうと思った言葉をサーシャさんは遮った。

「ああ、あいつ?なんかごにょごにょやってたから、適当な能力つけて転生先に送ったけど」

「そ、そうだったんですね。ありがとうございます」

 ありがたい、けど。私は複雑な感情を抱いたまま、自分の席へ向かおうとした。しかしそれを、またサーシャさんが引き留める。

「あ、そういえばさ、なんか女神長が怒ってたかも。まあ、あの人が怒ってるかどうかって分かりづらいんだけど」

 確かに、笑顔スキルがカンストしていると称される女神長の顔から、感情を読み取るのは難しい。いや、そんなことより。

「なんでしょう。ひょっとして、転生者を放置したからボーナスの査定が悪くなったとか……」

「ん~、なんか広報紙がどうとかって」

「あ……」

 私は真っ青になった。その後、女神長には必死で謝ったが、笑顔を絶やさない女神長が許してくれたのか、そもそも怒っていたのかどうかすら、私には分からなかった。

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