第2話 陽菜の幽霊日記




「アハハハ……」



 アタシの名前は 陽菜。

 名字は 無い。

 家族居ないから。


 その日 アタシは 自分の部屋で1人で笑ってた。


 珍しくアイツらが 朝から家にいて アタシのSNS見せて 超ウケること言った。

 そのクセ 自室に戻ろうとするアタシを引き留めるワケでもない。


 

 ホント 笑っちゃう。



「アハハハ……」



 もう一度 声に出して笑うと アタシは準備を続ける。

 ロープじゃなくてタオルで十分。

 このタイプのカーテンレールは アタシくらいの体重は支えられるらしい。

 あとは 踏み台にしてるアクセサリーケースを蹴っ飛ばすだけ。

 どっかの名前もよく知らないオジサンが買ってくれたヤツ。

 高かったみたいだけど 大事にするつもりも無い。

 心おきなく思いっきり蹴っ飛ばす。

 


 ガコンッ


 

 ………。

 ……。

 …。



 ホント 笑っちゃう。


  

 親にも

 教師達にも

 クラスメートにも


 まともに相手されず 無視され続けてきた アタシ。

 挙げ句の果ては 神様仏様どころか 死神にさえ スルーされるらしい。



 葬式から 1ヶ月ほどで アイツらは この家から出ていった。

 お悔やみってヤツを言いに来た担任教師の前で 自分のこと〈お母さん〉って呼ばせてた女と〈お父さん〉って呼ばせてた男が 涙流してたけど どーせ世間体のためにフリしてただけ。

 担任のヤツも一緒になってハンカチで目頭押さえたりしてたけど それもチャンチャラ可笑しかった。

 アンタら アタシが死ぬまでに どんだけ アタシと話した?



 ホント 笑っちゃう。



 アイツらが出てった後 リフォーム業者がやって来て アタシの部屋の内装を変えてった。

 まー アタシの死体が見つかったのは アタシが死んでから だったから 臭いとかついてただろうしね。



 次にやって来たのは チョンマゲみたいな髪型のオジサンだった。

 スーツケース4つだけ持って引っ越して来た。


 昼間はどっかに出掛けてて 夜 帰ってくるんだけど リビングだけ使う。

 マットレス敷いて寝袋で寝てた。


 何日か経った夜 PCでなんか作業してる側に立ってみた。

 アタシのこと チラッと横目で見て 驚いた風もなく 呟く。



「……なんや。見えるタイプかいな」


「びっくりしないんだ?」


「まぁ プロやしな」


「プロ?」



 オジサンは PCの画面を見て 何か打ち込みながら 淡々と答えてくれる。



「……そう。プロや。俺は いわゆる除霊士エクソシストやねん」


「エクソシスト? アタシのこと お祓いに来たの?」


「まあ そうとも言えるし 違うとも言える」


「どーゆーこと?」



 アタシの問いに 直接答えず カタカタカタっと キーボードを素早く叩き続ける オジサン。

 最後大きく 小指でエンターキーを叩くと オジサンは ノートパソコンを閉じ アタシの方に向き直った。



「あんな… お嬢ちゃんみたいに 家で変な死に方したヤツがおるとな… その物件 おた不動産屋にはな 告知義務ってちゅーのが生じんねん。『事故物件』ですって書かなアカン訳や」



 オジサンは チョンマゲの頭を 軽く掻きながら続ける。



「もちろん『事故物件』なんて書いたら 売値にしろ 家賃にしろ ガクッと下がる。……そこで 俺らの出番や。この告知義務ってのは 3ヶ月以上 人が住んだ期間があれば解消されんねん(筆者注:現在の日本の法律とは 異なりフィクションです)」


「幽霊出ても 事故物件じゃなくなるってこと?」


「そうゆうこっちゃ。 事故物件やなくなる。俺らは 不動産屋に雇われて そうゆう事故物件に3ヶ月住むのを仕事にしとんねん」


「オジサンが 3ヶ月住むと幽霊がいなくなるんだ……


「その通り。俺らが住んだ後には幽霊はおらんようになる。すなわち 俺らは除霊士ちゅー訳や。お嬢ちゃん なかなか賢いな」



 除霊士のオジサンとは 夜 時々喋った。

 以前出会った幽霊の話なんかを教えてもらったり。

 そして きっかり90日目 オジサンは引っ越して行った。



「ほな…な。これで除霊終了や」


「書類上?」


「そう。書類上」


「で アタシは どーなるワケ?」


「知らん。それは俺の仕事やないねんわ」



 いつも通りの淡々とした語り口。



「ただ…な。お嬢ちゃん なんか怯えた顔してるし…な。その怖いっていう気持ちが消えたら 成仏できるんとちゃうか? ……知らんけど」


「アタシが怯えた顔?」



 アタシが怯えてる?

 死ぬ時だって ぜんぜん怖くなかったのに?



「俺には そう見えるちゅーハナシや。そうかもしれんし ちゃうかもしれん。まあ あんじょう成仏しぃな。ほな…な」



 そう言い残すと 除霊士はスーツケース4つをゴロゴロと牽いて 去って行った……。

 ………。

 ……。

 …。




 次に来たのは 40歳くらいのオバサンだった。

 ……いや。肌の感じとか キレイだし もうちょい若いかも。

 なんにせよ もっさり臭いオバサン。

 除霊士のオジサンの言った通り 不動産屋は アタシがここで死んだ話なんておくびにも出さない。



 2週間ほどしたらオバサンは引っ越してきた。

 小さなトラックが来て ほんの少しだけ家具を運び込んだ。

 このオバサンも また すぐ出てっちゃうのかな?


 夜 リビングのソファーでスマホ眺めてる側に立ってみた。

 睫毛の濃い 三白眼気味の目が これでもかってゆーくらい見開かれる。

 でも 声は出さない。

 そして 小さく横に首を振ると スマホに目を落とし直す。

 


「なんて名前?」


「……友絵」


 

 返事をしてくれた後 また慌てた様子で 今度は大きく首を振り スマホに目を落とす。

 その後は 何回 話し掛けても 小声でブツブツ言いながら 相手してくれなかった。



 友絵は 変なヤツだった。

 アタシのこと『これは幻覚か妄想…。絶対そう…』とかブツブツ言い続けてるクセに アタシが話し掛けると 大抵 返事してくれる。

 仕事から帰って来ると玄関のドア開けながら 必ず『ただいま』って言うし。

 以前 この家で暮らしてた人間は 誰1人 そんなことしなかった……アタシも含めて。


 ご飯も 初めは 毎日 コンビニ弁当だったんだけど『火の通ったもん食べなよ』って言ったら 次の日から 半インスタントでも 台所使うように。

 その上『アタシの分も用意してよ』って言ったら ホントに用意してくれるようになった……アタシ食べられないのに。

 そんで 残った食事を弁当箱に詰めて 職場に持って行ってた……妙に律儀で変なヤツ。



 ホント 笑っちゃう。



 相変わらずアタシのこと自分の妄想って言い続けてるのに アタシとフツーに会話するようになったし。

 

 友絵は 看護師。

 歳は31……言われてみれば 肌とか髪とか けっこうキレイ。

 服装とか 髪型とか パッとしないだけで 鼻筋通ってるし 睫毛濃いし 顔立ちは美人な方かも。

 趣味とか何にも無いみたい。

 恋人もいない。

 休みの日は 難しそうな顔して書類読んでるか つまらなさそうな顔してスマホ眺めてる。


 何が楽しんだろ?


 まぁ 生きてた頃のアタシも 遊び歩いてただけで そんなに楽しかったワケでもないけど…さ。



 ある日 アタシのこと妄想 妄想って言うから アタシが幽霊だって証明する面白い方法を思いついた。

 アタシが昔 使ってたSNSのアカウントを教えてみた……男との連絡に使ってた垢。

 プロフ見て アタシと二言三言会話した後 友絵は 突然 立ち上がり トイレに駆け込んだ……そして 思いっきり吐く音が聞こえる。


 ビックリした。


 何で吐く?

 様子を見ようとトイレに現れたら 友絵が抱きついてきた。

 もちろん アタシの身体をすり抜けて トイレのドアに顔をぶつけた。

 そして ボロボロ ボロボロ泣いた。

 アタシのために泣いてるらしかった。


 なんで?


 「なんで?」って聞いたら 逆ギレして アタシに聞いてきた。


 『なんで死んだの?生きてたかったんでしょう?』って。


 んなワケ無いじゃん。

 ……どっちでも 良かったんだよ。


 

 そして 友絵は もっと変なヤツになった。

 

 アタシと読むために マンガ買ってきてくれたり 一緒に料理したり。

 マンガも初めは興味なかったみたいだけど 読んでる内に面白くなったみたいで 感想 言い合ったりするようになった。

 

 ……そんなこと 今まで誰ともしたことなかったから 変な感じだった。

 

 あとエッチなことも教えてあげた。

 31のクセに エッチも 1人エッチもしたこと無かった。

 ちょっと教えて煽ってやったら 夜中にアンアン喘ぐようになった。

 アタシより ずっと大人のハズなのに ウブで可愛いの。 

  


 ホント 笑っちゃう。

 

 

 お化粧も教えてあげて コーディネートも教えてあげたら 元が良いから けっこう美人な感じに。

 そんなこと思ってたら 家に男 連れ込んだ。

 けっこうやるじゃんって思ったのに 友絵ってば 変な塩対応。

 ってゆーか 白ブタくんが 友絵のこと好きだって 気づいて無い?

『美人ですね』とか『恋人いるのか?』とか 白ブタくんが アピールしてるのに ぜんぜん 分かってなかった。



 ホント 笑っちゃう。



 予想通り しばらくしたら マシュマロ王子(白ブタは止めてって友絵に言われた)から お食事のお誘い。

 やっぱ 友絵は分かってないみたいで 普段着で行こうとするから 必死で止めて お化粧もさせて 見送った。


 そしたら 意外と早く帰って来た。

 パニックになってたから 整理してあげたら やっと付き合うことに。

 世話焼けるったりゃありゃしない。



 友絵とマシュマロ王子は それなりに順調みたいで デート行ったり お泊まり行ったり。

 ノロケ話聞いたり 愚痴聞いたり アドバイスしてあげたり 友絵といっぱい喋った。

 友絵がニコニコしてると なんだか アタシも嬉しかった。

 気がついたら アタシも よく笑うようになってた。

 


 そんなある日 友絵が 大きなポスター買ってきて ベッドの横に貼った。

 幽霊に禁止マークが付いていた。


 なんだろ?って 考えた。


 なんとなく見当はつく。

 マシュマロ王子が泊まりに来るんだな。

 で もちろんベッドで エッチする。


 その様子を見られたく無いんだな。

 にしても こんなポスター貼ったって意味無いのに。



 ホント 笑っちゃう。



 可哀想だからイジルのは止めとくけど でも しっかり見学させてもらおっと。

 初めての時は『凄く痛かった』って言ってたのに だいぶエッチにも慣れてきてるみたい。

 いつも真面目な顔してる友絵が トロトロのイキ顔 曝して哭かされてるのを見るのは めっちゃ面白かった。

 友絵にバレないように 色々 悪戯したり。


 

 マシュマロ王子も面白いヤツだった。

 なんか色々と知ってるみたいで 王子の話 聞いてる友絵はホントいつも嬉しそうな顔。

 そのクセ 友絵の言うこと よく躾られたワンちゃんみたいに必死に聞いて 必死に尻尾振ってる。

 アタシ的には ちょっと丸っこ過ぎるし キョドってて イマイチだけど 優しいヤツなんだなーとは思う。

 友絵も優しいし いいカップルだし 結婚したら いいのにって思った。

 きっと 友絵とマシュマロ王子なら いいママとパパになれると思うし。



 あと ご飯。

 友絵 最近は 自分でもレシピ見て けっこう難しい料理を作るようになった。

 なんかマシュマロ王子が『美味しい 美味しい』って食べてくれるのが 嬉しいみたい。

 ホント上手になってきて アタシも本気で食べてみたいなーって思うくらいだし。



 ……でも アタシは 死んじゃってるから 友絵の作った食事は味わえない。

 


 最近 泣きそうになることがある。

 友絵に会う前に死んじゃったんだろ?って。



 ホント 笑えない。



 もちろん 友絵と過ごす時は いっぱい笑うんだけど。

 

 そして あの日が来た。

 マシュマロ王子が 友絵に結婚を申し込んだ日。

 2人とも 盛り上がっちゃったのか 珍しく(ってゆーか 初めて)リビングで始めちゃった。

 別に 幽霊禁止のポスター貼ってあるワケじゃないし 友絵の耳元で囁いて煽ってみたり マシュマロ王子の中に入って 王子けしかけたりして遊んでたら 突然 吸い込まれるみたいな感覚になって 周りが真っ暗に。


 身動きは取れないし 真っ暗だけど 暖かくて 安心する感じの場所。

 そのまま フワーッと夢見るような時間。

 たまに「陽菜」って 友絵に呼ばれたり マシュマロ王子の声が聞こえてきたり。

 とくん とくんって 心臓の音が聞こえてて 本当に落ち着く場所。

 ずっと友絵と一緒にいる感覚。



 

 なのに ある日突然 光の洪水の中に 放り出された。

 眩しくて 眩しくて 何にも見えないくらい眩しかった。

 その光の向こうへ 友絵が歩いて行こうとしてるのが見えた。


 そこは 絶対 行っちゃいけない場所。

 全力で 手を伸ばして 友絵の腕を掴んだ。 

 アタシ達がいなきゃいけない場所は そこじゃない。


 最後の最後まで ホント 手が掛かるんだから。


 思いっきり友絵の腕を引っ張って こちら側に引き戻す。

 友絵もアタシの腕を しっかり握ってくれた。

 友絵も アタシの腕を離したくないんだって信じられた。

 だから 友絵を 友絵の中に力一杯 引き摺り込んだ。

 


 ……だって アタシ生きたいから。



                 ~Welcome to next stage~ 

 

 

 

 

 

 

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『零感看護師 友絵さん』SS集 金星タヌキ @VenusRacoon

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