第6話


(きっと……、そこまで悪い人間ばかりじゃなんだ。学校に行ったら、今日は友達を作れるように頑張ろう)



密かに心に誓うと、ハルトが立ち上がった。



「お前ってすごいやつなんだな。崖から落ちて咄嗟に魔法を使えるやつは、そうそういない」


「そうなの?」


「あぁ。魔法は使えても急には詠唱出来ねぇよ」


「そっか。普段から魔法を使うように言われてたから、それが良かったのかも」


「ふぅん」



相槌をうったハルトは、話しを変えた。



「つーか。お前、これ降りられんの?」



そう聞かれて溜まり込む。


今いるのは地上からだいたい、大の大人4人分の高さで結構高い場所にいる。


村で過ごしていた時は木の上から飛び降りることはあっても、こんなに高い所から降りることはなかった私には中々に厳しいものがあった。



「もっと低い所で受け止めろよ」


「命が掛かってるのに無茶言わないでよ!」


「──ったく。捕まってろよ」



囁くハルトが近づいて来て、抱きしめて来たかと思えば、背中と膝裏に腕を回して私を横抱きで持ち上げた。



「え、なっ、何!?」


「暴れるなよ。このくらいの高さなら問題ない。余裕だよ」


(だからってこの体勢は恥ずかしいんだけど……!)



顔を赤くする私に構わず、ハルトは辺りを見渡して足場を確認すると端へと歩いた。


木の近くに寄るとよしと言って崖壁を見つめる。



「ほ、本当に大丈夫なの?」


「任せろ」



力強く頷くと、絶壁に向かって飛び降りて岩肌を蹴り、今度は近くにあった木を蹴って大勢を崩すこともなく着地した。



(すごい……)



思わず感心していた私に、ハルトから見られていることに気づいて視線を向けた。


そこにはドヤ顔で見つめてくる瞳があって、思わずドキッとしてしまう。



「どうだよ?」



まるで褒められるのを期待しているようだった。


そんな圧に私は苦笑いで「……す、すごいね」と呟くと、自慢げに鼻を高くしていた。


そんなハルトは私を下ろすのを忘れているのか、耐え切れなくなった私は「ありがとう」と言って下ろしてもらえるタイミングをつくった。


以外にも令息らしくハルト紳士的で私を足からゆっくりと下ろしてくれた。


それから二人で崖を見上げる。


本当に高い所で、私は魔法を使ったんだな。



「身体能力が良いんだね」


「剣を学ぶ時に身体を鍛えてきた来たからな」



笑ったハルトだったけど、直ぐに真剣な顔を浮かべた。



「──けど、“ありがとう”は俺からもだな。お前の魔法のお陰で助かった」



いつも生意気な口調をするハルトには意外な言葉を言われて驚いた私は黙ってしまった。



(褒められるなんて……)



ハルトはどう思われるのか構わないのか、崖の上を見上げて来た道へとどう戻るのか考えていた。


そこへ遠くから数人の声がして、咄嗟にハルトが叫んだ。



「すみません! 誰か来て下さい!」



声に気づいてくれたのは上級生のリーダーで、もう一人も連れて歩いていたようで、二人で崖上から頭を覗かけせては、下を覗いて私たちを見つけてくれた。



「──無事か!?」


「無事です!」


「あっちから上に向かって歩いてくれ。合流出来る所があるんだ!」



指示通り左の獣道を歩きだすと、斜面が上に繋がる細道が現れて、ハルトが先に上がりはじめた。


それから私も上って上級生と合流する。


怪我はなかったけれど、心配したリーダーは一緒に行動していた男子生徒に頼んで回復魔法ヒールをしてくれた。



「あそこは前から足場が崩れやすくて、前にも下級生が落ちて重症だったんだ。良く擦り傷ですんだなぁ」


「たまたま木が絡まっててそこに一度落ちたんです」


「おぉ、運が良いな!!」



先輩は笑うと「そろそろ終了だからこのまま戻ろうか」と話し、私たちは朝集まっていた所に行くことになった。



ハルトはそれから私の魔法ことに触れずに横を歩いている。


どうして魔法のことを黙っているのか不思議に思えて、先輩たちに聞こえないようにこっそりとハルトに聞いてみた。



「どうして私の魔法のこと黙ったの?」


「お前、本当は魔法を使うつもりはなかっただろ。特にさっきのは中級魔法だ。本来なら新入生は物を動かすくらいで、下級魔法さえ使えるのは怪しい生徒ばかりだ。中級とは言え、難関な魔法は1年生には使えない。知られたら学校中で騒ぎになるぞ」


「──そうだね、ありがとう」


「どういたしまして」



それから私たちは黙ったまま歩いていた。



(相手の事情を察して誤魔化しくれるのは貴族だからなのかな……)



もしかしたらハルトは、私が人間を装っていることも既に分かっているのかもしれない。


それを確かめる方法が分からない私は、そのまま何も言わずに黙っていることにした。


下山すると、お仕事体験で来ていた新入生に色鮮やかに輝くスタンドガラスを使ったペンダントが配られた。


ここで取れた鉱石を使っているらしく、こうして頑張っていたことが形で返ってくるのはすごいやりがいがある。


上級生や先生からの話しが終わって解散になると、同じ寮のハルトと一緒に帰ることになった。


その道でふと、ハルトが話しかけて来る。



「なぁ」


「なに?」



もらったペンダントを眺めていた視線を、隣りで歩幅を合わせて歩くハルトに移すと、ペンダントを宙に投げては手で掴むのを止めずにボソボソと話しだした。



「その……、今日は悪かったな」


「──何のこと?」


「……さっき先輩から聞いたんだよ。俺が歩いてきた森の中に触ったらかぶれる薬草もあったんだろ?」


ペンダントを持ち替えて、自身の仄かに赤くなっている手を見つめた。



「あぁ、うん。でも、痛くないでしょ? 見る限り収穫した他の薬草に、治癒薬の効果がある植物もあったみたいだし、その炎症は今日中には治ると思うよ」


「そうか……。ありがとうな。無事だったのはお前が注意してくれたからだ」


「……ど、どういたしまして」



なんか改まって言われると少し照れるなぁ、なんて思ってそっぽを向くと、話しは終わってなかったみたいで、「それでだな……」と続けていた。


向き直ると、頭の後ろを掻きながらハルトは言う。



「薬草のこと、もっと知りてぇし。その……、このバイト一緒にやらねぇか?」



まさか誘われるとは思ってなくて、思わず立ち止まった。


こんなにも嬉しい言葉を貰うと、自然と顔が綻んでしまう。



「うん、いいよ!」



頷いた私を見つめていたハルトも口角が緩んで微笑む。そして、横を歩き出して呟いた。



「父から無理やりこの学院入れさせられたけど、この学院に来た意味、少しはあったな……」



そう言って歯を見せて笑うハルトはとても眩しいものに見えて、私はパチパチと瞬きをする。



(これはなんだろう……)



ドキドキと鼓動が高鳴っていくのを感じた。


胸がすごく温かくて、身体がふわふわ軽くなったような気がする。


やっぱりハルトには、心を惹く何がある気がする。



「私も、入学出来て良かったって思うよ」



しばらくしてルーナ寮が見えてくると、私とハルトは一緒に洋館の中へと入っていった──。


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Secret Fairy 〜半妖精だと隠して入学した学院で公子に恋をしました〜 五菜みやみ @ituna383miyami

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