第5話


次の日から授業が始まると、どの学科も試験で出来たような問題から入り、筆記試験の内容を復習する時間となっていた。


全員が受ける一般科目は、基本的な礼儀作法や語学、数学、歴史学に加えて、体術舞踏学だ。


選択の学科は魔法科を選んでる。


魔法科の最初の授業は、魔力操作を学び物を浮かばせるだけの簡単な魔法を教わった。


お昼の休みになると既にグループが出来ているのか、貴族や平民、亜人とその他のグループで、未だに仲はぎこちない所がある。


私も友達が出来ずに一人で行動するようになっていて、少し寂しい思いをしていた。


それでも、甘いことは言ってられない。


早く自立するためにも私は、独学でも足りてなかった所を補わないといけないのだ。


出来るだけ図書室へいく時間を作って世界や国のことを調べていると、あっという間に1日が終わり、私は寮の監督を務める先生にアルバイトの許可と朝早くから外出するための許可をもらった。


昨日決めた仕事先は、どうやらお仕事体験をやっているらしい。


翌朝の空がまだ藍色に霞みがかっている時間に、私は裏山のププーラ山麓を訪れていた。


学年関係なく大勢が集まる中に、ふとハルトらしき姿を見かける。


気になって確かめようとしたが、上級生の声が聞こえて動けなくなった。



「これから薬草採取と鉱石発掘に山に入ります。 広いので立ち入り区域から出ないように気をつけてください。それから、山頂付近では険しい場所があるので必ず二人一組で行動してください。特に女子生徒は出来るだけ男子生徒と組むように!」



ペアが組まれる中、誰と一緒になろうかと悩んでいると、上級生のリーダーが困っている私に気づいてくれた。



「知り合いがいない?」


「はい」


「そっか。じゃぁ君は……」



きょろきょろ辺りを見渡すと、誰かを見つけたようで「ちょっと待ってて」と言って離れていった。


それから戻って来ると、見かけたハルトを連れて来た。


ハルトは私を見ると眉間に皺を寄せて見つめて来る。



「この子のことお願いね」


「はぁ?」


「よろしく。公子様」



去り際にハルトの肩に手をポンッと置くと、リーダーは困っている人のもとへと去って行った。


置いてかれたハルトは私を見ると、チッと舌打ちをしてボソリと呟く。



「足引っ張るなよ」


「なっ……!?」



まさかの言葉に言い返そうとしたが、言葉が出て来なくて黙り込んだ。



(確かに公子と違って名前が知られていないけど、私だって薬草も鉱石の知識もあるのに……)



それに村では近くの山に通っていたのだ。足手まといのように言われるなんて心外で、悔しかった。


号令と共に実際に山に入ると、直ぐに木の下に生えている薬草を見つけた。


それから岩場が集まる所では、細かいけれど鉱石も見つけ出せて、段々と楽しくなる。



「──ここにもあるじゃん!」



しばらくすると、動き回ったお陰で額に滲んだ汗を拭った。



「ふう……」



ふとハルトの方を見ると、辺りを見渡していて探しているようだった。


すると、離れた草花の中に見つけたのか、「これか」と言って赤色の花を摘む。


その花の形を見て私は慌てた。



「ちょ、ちょっと待って……! それ、毒草だよ!!」


「なんでだよ。リーリエ草だろ?」


「違う!  似てるけどそれはソリヤの方だよ。ソリヤ草は触る分には問題ないけど、人間には毒になるから他の薬草と一緒にしないで!」


「…………」



急に叫んだからかハルトは目を丸くして私と植物を交互に見つめた。



「何が違うんだ?」


「花弁の形。先が尖って白くなってる」


「……なるほど」



先に採っていたリーリエ草を籠から取り出して見比べると、実物を見てハルトは納得した様子で頷いていた。


そんなハルトの言動に、つい気になって既に採取されていた薬草を覗き見る。


入っていたのはほとんどが薬として使えないもので、私は「ちょっと、待って」と言って、ハルトの籠に手を入れて掴み出すと足元に捨てた。



「何するんだよ!」


「分けてる!」



サッサッと植物を分けると、半分が足下に落ちていって籠の中がだいぶ減ってしまった。


ハルトはショックを受けていたようだったけど、責めてくる様子はなかった。


それでも、もう一度採取を再会している時に手に採る草は薬で使えるものではなくて、私はその度に注意をしていると、ハルトの態度が少しずつ不機嫌そうに雑になっていた。



「あとで調べるから大丈夫だ!」


「……わかった。もし分からないことがあったら聞いてね」



そう言うとハルトは小さな声で返事をして、どんどん森の中へと進んで行った。


エマはやるせなさに溜め息をついた。


小さい子供と話たことはあっても、自分の種族や、同い年の子が男の子ばかりなのもあって、あまり人との対話に慣れてない。


この学園都市は子供たちが集まってるから少しは慣れるかも思ってたけど、周りとの距離が開いていくばかりなように思えている。



(どう向き合えばいいんだろう……)



どのくらい踏み込んで良いのか分からない。


しばらく歩いていると崖下が川になっている山道へやって来て、木々で日差しを遮られた薄暗い中を進んで行く。


少し上の方に登ると、堂々と立つ巨木を見つけた。


枝別れした細い幹は全方で倒れ掛かっている木を横切って、アーチのように山道の上を通っている。


私は巨木が気になって根元へ近寄ると、希少な草を見つけてしゃがみ込んだ。


手に取って観察していると、後ろから声をかけられる。



「薬草ばっか集めてるな」


「道に鉱石が落ちているわけないからね」



言い返すと、ハルトは平然しながら「ま、それもそうだな」と言って来た。


そんなハルトの方を振り向くと手に持っていた植物を見て、目を細めた。



「それは?」


「これは他のと一緒に入れちゃったから取り出しただけだ!」


「なら良いけど、お願いだから気をつけよね。ここには──」



そう続きを話そうとしている私の言葉を遮ってハルトは頷いた。



「あぁ、はいはい! 気をつけるよ」



持っていた植物を捨てるハルトの手を見て、私は慌てて手を取った。



「その手っ!」


「何だよ! 触るな、離せっ!」



手を振り払われてじっくりとは見えなかったが、気にしてないハルトの様子に私は溜め息をついた。


それから先に下りて離れていくハルトの後ろ姿を見つめて、私は肩を落とす。


来た道まで下りていると、ボソボソと呟いているのが聞こえた。



「……ほっとけよな。後でちゃんと調べるんだから問題ないだろ」



ハルトの非難する言葉に私はカッとなって拗ねる。



(やっぱり、何も分かってない……!)



ハルトはきっと、ソリヤ草に触れていたのを見て、私がどんな気持ちになったか知ろうとはしないんだろう。


私はハルトの後ろに追いつくと、そのまま追い越して先を進みだす。



「分かったよ! もう。先に行ってるから──」



──ね、と言う時に片足が沈んで、視界が揺れた。


咄嗟に支えるものを探したけど何もなくて、傾いた身体はそのまま崖から落ちていく。


そんな私を見てハルトが走って来る姿が見えた。



「このドジ……!!」



雑言を吐きながら飛び降りて来るハルトの存在に私は驚いた。


そして空中で抱きしめられる。



「どうして……」



入試の兎人族を庇う時とは全然違う。下手したら死んでしまうかもしれないこの状況で、ハルトが私を助けようとする行動が信じられなかった。


身分の高い貴族と言うのは私の中では二つのタイプに分けられる。


命をかけて市民を守ろうとする貴族と、民を犠牲にして保身に走る貴族。



(私とお父さんが以前暮してた村長は後者の人間だった。けど、ハルトは脇目もふらずに私を助けるんだ──)



ハルトが庇うように下になると、地面が近づいているのが見た。


咄嗟に何度も使って来た魔法を唱える。



「……大森林の揺り籠フォレストクレイドル



唱えた瞬間、両端の木から蔓が伸びて絡み合った。


それがハンモックのように空中に足場を作ってクッションをつくる。


ドンッと背中を打ち付けたハルトを心配して、「大丈夫!?」と聞くと、いきなり拳骨を食らってびっくりした。



「大丈夫じゃねぇ。ドジなら俺の隣りを歩け、バカ」


「わ、私は山道に慣れてたから……」


「んなもん知るか。今は俺と一緒だろ、手の届く範囲にいろよ。ドジなんだから」


「もう! その言い方、ムカつく!」


「しょうがないだろ! 小さい頃からこうなんだ。お前が慣れろ!」


(慣れろだって……!?)



私は呆れた瞳でハルトを見つめたが、ハルトは話しは終わっているとばかりに足場の蔓から下を覗き込んでいて、それ以上何も言えなくなった。


どんな性格であれ、ハルトは私を助けてくれた。


その事には変わりなく、心の強さと優しさに惹かれるものがある。


それにすごく嬉しかったし……。



(お父さんに抱きしめられていた時は気づかなかったけど、一人で頑張るんじゃなくて、誰かを頼ってもいいのかもしれない……)



ハルトに庇われて気付いたことがある。


ずっとお母さんの代わりに家事を頑張って、魔法が使える一人として村では他の子供たちを見守っていた。


ずっと一人だと思っていたのに、側に誰かがいることを今になって知る──。


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