本当の自分
@nanashi_nagare
本当の自分
「も、もうええわ!」
「「どうも、ありがとうございました」」
演芸ホールの舞台の下手側にいる僕の横を出番の終わった後輩コンビが俯きながらそそくさと通り過ぎていく。今日の晩飯は何も味がしないだろうな。僕にもあんな頃があった。ウケた日には何を食べても美味しかったし、スベった日は何も食べたくなかった。相方に理不尽にキレて、逆にキレられて。そんな日々が楽しかった。
「ほら、お前の出番やぞ。わしらのためにも客あっためてきてくれや!」
後ろからの先輩の声で思考が今へと回帰する。
「はい、俺も気合い入れて行ってきます!!」
何度も立った舞台。センターマイクに向けて足を出す。コツコツと一つの靴音だけを響かせながら。
「どうもー!早速始めていきたいと思います。モノマネメドレー、大御所俳優シリーズからー」
「いやあ、ほんま助かったわ!」
今日の演目がすべて終わった後、大部屋の楽屋に戻ってきたときに先輩が声をかけてきてくれた。これまでずっとお世話になって、お笑いのイロハはこの先輩から教わった。
「いやあ、うまくいって良かったですよ。俺、内心びくびくしながらまず笑ってもらえるまでは生きた心地がしなかったですよ」
「ハッハッハッハ!そんなもんいつものことやろ。それでしっかり一発目から笑い取れてるんやから立派になったもんや。漫才してたときは見てるこっちがハラハラさせられるくらいガチガチやったのに。双子の兄弟漫才やのにガチガチの兄貴とゆるゆるの弟ではっきりどっちがどっちかわかるくらいやったわ」
懐かしい。去年の今頃は二人で今年の賞レースでどうすれば勝ち上がれるかを兄弟で話し合っていた。ただ今の僕の舞台には一人しかいない。
「それにしてもこれからって時に突然相方おらんようなって心配してたんやで。わしらコンビでお前らコンビの面倒見てたようなもんやったしな。何か連絡あったか?」
「いえ、まだ何もないです」
「そうか、わしにできることあったら何でも言ってや!何でもしたるで!!」
やっぱりこの人には頭が上がらない。思わず本音が漏れてしまいそうになる。思いが溢れてきそうになるがぐっとこらえる。
「ありがとうございます!俺も何かあればすぐ連絡しますね」
何とか平静を保って言葉を紡ぐ。
「お前とそないしゃべったことなかったけど気つかわんといてな。直接世話してたわしにとってもあいつは弟みたいなもんやから。実の兄のお前の次くらいには心配してんねん」
先輩のやさしさに何とかこらえていた涙がこぼれてくる。
「お、おい、ちょっと熱なってしもたな。飲みにでも行こや!飲んでこれからどうするかも含めて相談のるで。わしらも今日はこれでしまいやしゆっくり話聞かせてや」
二人で漫才してた頃の思い出が涙とともに溢れだしてくる。最初はどっちがどっちでしょうと入れ替わりネタをやって母親を笑わせていた。次に学校で友達に。そこから学園祭では外部の人にも。その気持ちのまま育ち、高校卒業と同時に養成所に入った。兄弟で喧嘩もしたし、嫌いにもなった。でも離れるなんてことは考えたこともなかった。どれだけ嫌ってもいつもそばにいるものだと思ってた。双子は離れていても互いに感じあうなんて言われているけど本当にそうだと思っていた。なんとなく相手のやりたいことはわかっていたし、こっちのやりたいこともわかってもらっていた。でも今は何も感じない。昔には戻れないのだろうか。どうしたらよかったのだろうか。どうして僕はこうなってしまったのだろうか。堂々巡りの迷子になってしまう。思考が今と過去をずっと廻ってしまう。
兄さん、本当の僕は今どこにいるんだろう。
本当の自分 @nanashi_nagare
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