海賊 3
山を鳴らして押し寄せる鬼の軍勢に海賊が気付き、弓矢での応戦が始まった。海上には矢が雨のように降った。
冠者は先頭の小舟にいた。時折飛んでくる矢を剣で叩き落としながらも、速度を緩めることなく進む。冠者は漕手の鬼に尋ねた。
〈今日着くはずの鉄鉱石だな?
〈そうだ。あの下品な色の帆は
星藍、と呼ばれた鬼が答える。派手な色の衣をまとった冠者と対象的に、衣は黒一色でまとめている。長い黒髪も相まって、冠者の動的なそれとは異なった静的な迫力があった。
〈馬鹿な。塩飽とは協定がある。第一、今日は
〈ああ、それに合わせて日を組んだからな。塩飽の連中にはあちらさんを狙っていただくように。しかもこっちの日取りは極秘だった〉
星藍の切れ長の眼が冷たい光を放った。
〈誰か情報を漏らした者がいる〉
塩飽とは、この海に点在する島々を拠点とする海賊一家である。二十隻あまりの船を持ち、近海を牛耳っていた。阿古夜はその中でも三本の指に入る船長だった。
そのとき、矢が立て続けに三本飛んできた。二本を冠者が海へ叩き落としたが、残る一本がまっすぐ星藍に向かってくる。星藍は顔色ひとつ変えずにひょいと身体を翻し、矢は後方へ落ちた。
〈あっぶない!〉
矢が落ちた海の中から高い声がして、ザバッと水飛沫を上げて姿を現したのは、女の鬼だった。輝くような濃い褐色の肌に、吊り気味の大きな瞳が印象的だ。
〈
冠者が振り返った。
〈当たらなかったか?〉
心配する冠者の横で、星藍はしれっとしている。
〈それくらいで大騒ぎするな。避けられて当然の矢だ〉
〈ひっどぉい〉
朱夏は憤慨して星藍に向かって牙を剥いた。
〈ねえ剛伽、誰か裏切り者がいるって話してたでしょう?〉
聞えよがしに甘ったるい声を出し、冠者の肩の上で両手を組む。
〈お前、知っているのか〉
身を乗り出した星藍に、朱夏はぷいっと顔を背けてみせる。
〈星藍には教えてやんなぁい〉
冠者に言ったら一緒だろうが、とぼやく星藍を尻目に、朱夏は冠者に一言二言耳打ちすると、
〈じゃ、お先にー〉
と言って再び海に飛び込んだ。
〈で、誰だって?〉
星藍の問いには答えず、冠者は小さく舌打ちした。
〈
〈了解〉
星藍は小舟の向きを変え、商船に寄せた。小舟が完全に横付けする前に、冠者と星藍が軽やかに乗り移る。続いて乗り込んだ鬼たちが、略奪を始めていた海賊たちを次々に掴まえては海に投げ落とした。
〈荷を守れ!だが殺すなよ!塩飽と揉めると後が面倒だ〉
冠者が怒鳴る。
その時、冠者の顔のすぐ横を矢がかすめた。咄嗟に振り向いた冠者は、予想もしない光景を眼にしていた。
冠者を取り囲み、船員が総出で弓を構えていたのである。
商船の船員は海賊の被害者だ。冠者ら鬼たちは海賊こそ攻撃したが、船員たちに弓を向けられるいわれなどないはずだった。
しかも、そればかりではなかった。仲間のはずの鬼たちもまた、冠者に向かって剣を構えていたのである。
「てめえら……」
冠者は自分を囲む人間と鬼を見回した。皆一様に、虚ろな表情をしている。
〈剛伽!こいつら操られて……ぐふっ〉
少し離れたところにいた星藍が声を上げたが、すぐに船員数人に囲まれ殴り倒された。
〈星藍!〉
鬼ノ城の鬼の中には、術者がいる。先程の朱夏もその一人だ。術者は様々な呪いや幻術の類を操る。船員と鬼たちは、術をかけられた者特有の焦点の合わない眼をしていた。
〈剛伽夜叉ぁー〉
粘つくような声が降ってきて冠者がそちらを見上げると、帆桁の上に一人の鬼がいた。こちらを見下ろしてケタケタと嗤っている。周囲には異様な数の海鳥が、ぎゃあぎゃあと嫌な声を上げて旋回していた。
〈
玉爛は鬼ノ城きっての術者だった。鳥でも鬼でも人間でも、一度に数十は術にかけることができる。
〈もう終わりだよ、お前はさぁ〉
玉爛がぴゅうっと口を鳴らした。冠者を囲んだ船員が一斉に矢を放った。
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