エントロピー増大との(個人的)戦い
chrononno
エントロピー増大との(個人的)戦い
私は子供の時に、宇宙はエントロピー増大によりやがて熱的死を迎えるという話を読んだ。
これは説のひとつであり、現実の宇宙がこの説のとおり熱平衡状態になるとは限らないし、仮に説のとおりの事が起きたとしても何億年か何十億年か先になるか分からない。
地球がその時存在しているとは思えないし、私自身その遙か以前に死んでいる事間違い無しの、遠い未来の事象で私には何の関係もない話だ。
つまり、私が今悩むことではないし、何かをする方法も義務ももない。
それでも、当時純真だった私は、何かしら宇宙の終わりを防ごうとした。
そのためまず、エントロピー増大とは何者であるか知らなければならない。
調べてみたところ、一言で言って秩序が無秩序になることのようだ。
例えば、氷が水になったり、砂糖が水に溶けたり、水が高いところから低いところに流れたり。
そうか、だったら本棚の本が床に落ちたり、テーブルの上に散らかったままになるのも秩序が無秩序になったと言えるだろう……。此処まで考えて、私は自分にできることに気付いた。
整理整頓するのだ。無秩序が宇宙を終わらすなら、無秩序を減らせばよいのだ。
落ちた物は元の位置に、崩れた物は正しい形に、無秩序を秩序に戻すのだ。それは、エントロピー増大に逆らって、宇宙の終わりを遅らせてくれるだろう。さらに、本を巻番号ごとに並べるなど本好きの私にぴったりの作業も含まれている。
かくして私は、子供の身ながらエントロピーの増大と戦い始めた。部屋の掃除をする。ゴミが散らばっていてはいけない。小物は元の位置に並ばなければいけない。そして、全ての本は本棚の決まった場所に、巻番号のとおりに並べなければいけない。
継続して秩序を求める私の戦いは、些少であれエントロピー増大に逆らったよう見えた。もっともこれらの戦いは、実際には私の活動エネルギーによって行われたものであり、総量的にはエントロピーを減少させることには、ならなかっただろう。
だが、子供の私はそこまでは考えずに、宇宙を終わりに導く法則の一つに逆らっているという満足感で有頂天になった。
さりとて、このことで、宇宙がどれだけ私に感謝したかは分からない。
しかし、行動だけを見ていた……、少なくとも私の真の目的を知らない周りの大人たちからは立派な行動に見えたらしく、その全員が私をきちんとした子供だと褒めてくれたのだった。
エントロピー増大との(個人的)戦い chrononno @chrononno
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます