無職探偵・高校教師
大間九郎
第1話
昨日から電話がなりやまない。
携帯の電源を切りたいのだが、電源を切ると、同棲しているシャムがめちゃめちゃ切れるので、電話がかかってい来るたびに液晶で掛けてきた相手を確認し、シャムじゃなければ無視する、を繰り返すしかない。
電話の相手はシャムの店の店長だ。
店に出てこないシャムに電話をかけ、電源が入っていないため俺へ鬼電に切り替えたってわけだ。
シャムは心配ない、隣の部屋に籠っていらっしゃる、昨日から泥沼の中で精神が浮上しないらしい。知らんがなとも思うが、俺の収入は百パーシャムの労働に頼り切っているので、そうも言ってられないのだ。
最初はホッカイロ、ホッカイロは女の全てを救うと昔姉が言っていたのでこそっとシャムの部屋の扉を開けて「これおいとくね~」と、サッとコンビニ袋を置くと、
「ちょっとこれ」「え? なに?」「なにじゃないわよ、これなにってきいてんのよ?」「いやカイロ、貼るタイプ」「お前ふざけてんのか?」「え? なにが?」「お前、何コンビニ行って袋買ってんのよ? その金誰が払ってると思ってるのよ!? あんたその金全部あたしの金であんたが勝手に使っていい金じゃないでしょ!? あんた一円も稼がないであたしにぶら下がって生きてるくせになにコンビニ袋買ってんのよ!! カイロくらい手で持って帰ってきなさいよ!! 死ねよ!! ゴミカス!!」と、ものすごい精神的ダメージを受けるが、これをしないと、後から「なんであたしが苦しんでるとき声もかけないよ!! いる意味アンのそれで!? 死ねよ!! てか殺す!!」と、二週間ぐらい機嫌が直らないので今心から血を流して後を楽にするしかないのだ。
俺だってやだよ。
でも、人間が生きて食ってっくってこういうことだと思うんだよね。
だから俺は隣の部屋で冬眠しているシャムの何か緊急、緊急? まあ緊急の連絡に備えて形態の電源は切れないし、シャムの店長からの鬼電はフル無視するって攻防を繰り広げながら頭の中で韻をふむことぐらいしかできない。
生理痛、母音だけなら、え・い・い・う・う、映画見る、下手を打つ、メイド死ぬ、病む子宮、一日中、大空襲、五里霧中、人身御供、不服従、説明中、機関銃、死を実感中、四六時中、草を吸う、君の夢中、ア、ア、草を吸う、君に夢中。
また携帯が鳴って、シャムからの連絡じゃないかチェックするためにちらりと液晶を見ると虎雄からだった。
今家を出ると、シャムに何を言われるか分からないから無視する。
玄関のドアがノックされる。
無視する。
玄関が開く。
「いるじゃねえか、メイド喫茶の店長が心配してたぞ、シャムもお前も昨日から電話に出ねえから、二人して死んじまったんじゃねえかったよ」
「いや、なんでうちのカギ持ってんだよ?」
「シャムに渡されてんだよ、お前も自分も信じられないから、何かの時助けろってよ」
「……間男?」
「なんで横浜一めんどくせ女とセックスしなきゃならんのよ? そこまで女に困ってねえよ」
虎雄は勝手に部屋に入ってきて椅子にかかっている俺のダッフルを右手で持ち、左手で床に座り込んでいた俺に左手を伸ばす。
「仕事だ名探偵」
「ヤダよ、シャムが今、手が離せねえ」
ドン!
シャムの部屋のドアが中川から蹴られる。
「うるせーんだよ!! 家から出てけクソ共!!」
シャムの怒鳴り声が部屋に響く。
「ほら、お姫様も、いなくなれってよ」
虎雄が俺の手を強引につかみ、部屋から連れ出す。
「いや、こういってるとき出てくと、ヤバいんだ!! とりあえず、俺はヤバいってことだけは分かる!! 分かるんだ虎雄!!」
「うるせえな、いいから来いよdd、お前には仕事があんだよ」
暴れる俺は虎雄の白い四駆に詰め込まれ愛の巣から連れ出された。
どこに?
くだらない、マジでくだらない、ハードドラックワンダースクールに、だ。
◇◇◇◇
環状二号線から脇道に入り、田舎道を超えて森の中にいきなり現れるピカピカのアスファルトの道を走るとそこにあるのは最近統廃合され、理系分野に特化した次世代の秀才を養成するために作られた公立高校、竜風高校の真新しい白い校舎が見えてくる。
「アンフェタミンは古い、今はフェンタミル一強だ」
虎雄は運転しながら、ドラッグ製造の現場の潮流をddに教える。
「フェンタミルの製造は容易で、原材料も安価だ。それにラりるのに少量で済む、つまり軽い、輸出が楽なんだよ」
タバコを口に咥え、火をつける虎雄。
運転する車を、竜風高校の教員用の駐車場に止める。
生徒たちは見えない。教員も見えない。ddは今日、日曜日だと言うことを思い出した。
「フェンタミルは軽い器具さえあれば作れる。それでもさすがに特殊な機械と、専門知識が必要だ」
「あー、ここで作ってたのか?」
ddは車の窓から顔を出し、真っ白な高校の校舎を見上げていた。
「そうだな、ここで、高校教師に金掴ませて作らせてた」
「最悪だな」
「そうだな、最悪だ。でも一番効率がいい」
虎雄は苦笑いを浮かべる。
「で? 俺に何を……」
ddがそこまで話すと、運転席側のドアがノックされる。
虎雄がドアを開け、外に出ると、ddもつられて車外に出る。
そこには膝下スカート丈の黒髪のかっちり竜風高校校則どおりの制服の着こなしをした高校生が立っている。細身で、どこにでもいる優等生の女生徒、しかしその両手と制服は赤黒く血で汚れている。
「虎雄遅いわよ」
女生徒がそう言うと、虎雄は、
「すいません、お嬢」
と、苦笑いをした。
「そのゴミは何?」
お嬢と呼ばれた学生は、顎でddを指し示す。
「助手ですよ」
「使えるの?」
「使えなければ連れてきません」
「そう、何でもいいから、早く解決しなさいよ」
お嬢と呼ばれた学生は踵を返し、校舎の中に向かい歩き出す。
虎雄はそれについて行き、虎雄についてddも歩き出す。
校舎の中に上がりこみ、階段を三階分上がると、黒服の男が二人立っていて、その奥に横開きのドア、ドアの奥は研究室のような部屋がある。
高校に途中から行かなくなったddには見たこともない機械たちが並び、その奥に素っ裸の男の死体が仰向けで転がり、その腹は立てに裂かれ、内臓がはみ出ていた。
「dd、このはみ出し野郎が、ヤクを作ってた教師だ」
「へえ」
ddはしゃがみ込み、死体の顔を覗き込む。
死体の目は見開かれ、口は大きく開いている。腹の傷からは黄色の内臓脂肪にまみれた汚いはらわたがはみ出し、股間の性器からは少し小便が垂れている。
死体の歳は四十くらいか? はらわたが飛び出しているからよく分からないが、腹が出た中年男だ。下顎と首の境目に髭の剃り残しがある。つまりそう言う男だ。
部屋の中には死体以外に目立つ物は机の上に置いてあるスクールバッグ、中にはギチギチにガムテープで巻かれたレンガ大の何かが入っている。
「それ取引用のブツ、フェンタミル」
ddがガムテープの塊を持ちあがていると、虎雄が声をかける。
「で?」
ddが虎雄に向かい顔を向ける。
「俺は何をすればいいんだ? 別に、このままブツだけさらって警察に通報すりゃいいんじゃねえか?」
「そうもいかねえんだよ」
虎雄は顔をお嬢と呼ばれた学生に向ける。
「このままだと、お嬢が殺されるんでな」
ddの顔を見ずに、そう言った虎雄の言葉に、お嬢と呼ばれる学生は、初めて顔を歪めた。
◇◇◇◇
虎雄の白い国産車にdd、虎雄、後部座席にお嬢と呼ばれる学生が乗り込んでいる。
車は、国道16号を走り、横浜駅方面に進む。
虎雄は事件の概要を説明する。
まず、お嬢は虎雄と同じ組織の人間で、高校教師にヤクを作らせてたのは別の組織であると言うこと。
教師はヤクを作り、お嬢はそれを買い取り、海外に流す。
教師が生産者で、お嬢が卸業者だ。
取引は基本校内で行われていた。お嬢も教師も学校関係者だし、生徒と教師が白昼堂々ヤクの取引をしてるなんて思う奴もいない。なにせ竜風高校は県内有数の進学率を誇る高偏差値高校で、真面目ちゃんたちの巣窟である。
今回の取引も、授業がある平日に行われるはずだった。しかし教師側が休日の取引を提案、お嬢はいつもと違う形式に嫌がったが、教師側が頑なに休日の取引を望んだため、仕方なく今日の取引となった。
お嬢が一人、休日の校舎の中にあるさっき教師の死体があった実験室に向かうと、教師は二人の黒服の男を連れてきていた。
教師はいきなり、お嬢に、ヤクの買い取り金額のつり上げを言い出す。お嬢は組織幹部の娘ではあるが、運び屋であり、買い取り金額の上げ下げを決定できる権限はない。教師に、責任者に確認すると言い、実験室を出ると、黒服の男の一人がついてきて、もう一人は実験室の前で立って、部屋の中には教師だけが残った。
お嬢は廊下の端で自分の父親に電話し、価格つり上げの話をし、今回の取引は流し、上どうしで話し合うことを伝えられ、実験室に戻る。お嬢にはその時黒服の一人がついていたし、電話の内容のきいていたらしい。
実験室に黒服を引き連れ戻ると、部屋の前ではもう一人の黒服が立っていて、お嬢は一人、ドアを開け、中に入る。
実験室の中には、誰もいなかった。
お嬢の携帯が鳴る。
メッセージで教師からで、少し実験室に併設されている準備室で待つように言われる。
お嬢は実験準備室に足を踏み入れ、そこにある給湯器で置いてあるインスタントコーヒーを淹れ、飲む。
そこで十分ほど待っても来ないので、しびれを切らせたお嬢は、実験準備室を出て、実験室に移動すると、そこに、教師の全裸死体があったって話だ。
「取引相手は、お嬢が教師を殺したと言っている」
虎雄が運転しながら、前を見たままそう言うと、
「まあ、状況的にはそうだわな」
と、虎雄に買ってもらったペットボトルのホットカフェオレを両手で大切そうに持ち、じっくりその甘みを楽しむように飲みながら、ddはつまらなそうに答えた。
「あんたら、私のこと信じないの!?」
お嬢が後部座席から叫ぶが、ddと虎雄はシャムと言う大虎を体験しているので学生であるお嬢の叫び声など飴玉より甘い。コロコロである。
「実験室から廊下に出る出入り口は二か所、一か所は黒服に掘鳥が立っていたし、もう一か所は立っている場所から見えるから、誰か出入りしたら黒服にバレる。
向こうにしてみたら、密室の中にお嬢と教師の二人だけ、そして教師が死んだ、なら犯人はお嬢しか考えられない」
虎雄がそう言うと、
「だな」
と、ddは相槌を打つ。
「お嬢にしてみれば、準備室の中にいたわけで、教師を殺せるのは黒服しかいないわけだ」
「だな」
虎雄の言葉に、ddはもう一度相槌を打つ。
「お嬢にしても、黒服にしても、いきなり密室に死体が湧いたわけだ。そりゃどっちも相手を疑うしかない」
「だな、で、お嬢がコーヒーブレイクをした準備室に出入り口は?」
ddがそうきくと、
「ない、窓一つない」
と、虎雄が答える。
ddはカフェオレのペットボトルを両手の中でコロコロと転がし、無言でじっと前を見ている。
「なあ、なんであんたは、血まみれなんだ?」
ddは後ろを振り向かず、血まみれのお嬢に声をかける。
「そりゃ、いきなり腹裂けてる人間がいたら、助けようとするでしょ? 普通」
「なるほど、あんたは、腹裂けてる全裸の男を助けようと駆け寄り、腹を両手で押さえ、血を両手と体に浴びたわけだ」
「そうよ、なんか文句ある?」
「いやないよ、素晴らしいと思うよナイチンゲール様」
助手席を後ろから思い切り蹴られても、ddは動じない、なぜなら家に帰れば虎が住んでいるからだ。こんな子猫にじゃれ付かれても痛くも痒くもないのだ。
ddの無視に、よりいきり立ったお嬢は何度も助手席の背もたれを後ろからを蹴り上げ、そのまま車は横浜駅近くのタイムズに吸い込まれていった。
◇◇◇◇
雑居ビルの一室、デリヘル嬢の控室で床に座り込んでいるdd、携帯を出すと、ものすごい数シャムの店の店長から着信の履歴があり、シャムからは一件もない。ここで安心するのは素人のやることだと、ddは知っている。シャムは今マントルに溜まるマグマのようにその凶暴性をため込んでいる。このまま放置し続けると、後でとんでもない大噴火をおこし、間違いなく自分は死ぬ。文字通り、物理的に、さっき見た中年高校教師のように、はらわた撒き散らして死ぬことになる。
ここはできるだけ早く、このくだらなくも血生臭い事件を投げ出して家に帰って、シャムの部屋の前でジッと転がってなければならない。
今自分にできることで、効果的な行動はそれしかないと、ddは知っているのだ。
虎雄は雑巾を持ち車に帰っている。
お嬢の制服についていた血がシートに染み込まないうちに、ふき取りたいのだろう。下取り価格を気にする虎雄には、死活問題だ。
お嬢が、シャワーから出てきた。今まで来ていた血だらけの竜風高校の制服を脱いで、別のコスプレ感あふれるピンク色のセーラー服を着ている。
「ドライヤー」
お嬢はddにドライヤーを投げ捨て、ddはコンセントを刺し、床に座っているお嬢の後方に膝立ちになり電源を入れる。
神を根元から大きく手のひらで払い、水滴を飛ばしながら髪全体に熱風を当てていくdd。
「上手いじゃない」
「女がいれば、これぐらいできるようになる」
手早く髪を乾かしながら、ddがお嬢に話しかける。
「わかれた男か?」
お嬢の体が一瞬で硬くなるのが分かる。
「実験の準備室、個室だろ? 出入口は実験室側の一つしかない上に、窓もない、そこに入り、中年の男性しか使わない場所で、インスタントコーヒーを飲んだ。
普通怖いだろ?
あんたの肝が据わってて、怖くなかったとしても、キモいだろ?
それなのにあんたは躊躇なく、部屋に入り、中年の高校教師が使っている食器を使い、インスタントコーヒーを飲んだ。
そんなことができるのは、家族か、恋人か、元恋人ぐらいだ」
ddが優しく、でも手際よく髪を乾かしていく。
お嬢は体を固くしたまま、髪を乾かされていく。
「なんで、元カレかって思ったのか、それも簡単だ、恋人が腹裂かれて死んでたら、普通泣きじゃくるとか、錯乱するとか、何かあるだろ?
あんたはきっと一瞬は錯乱した、だから駆け寄り、両手と制服を血で汚した。
だが俺と虎雄が来た時点では、気を持ち直していた。
だから、元カレだと思ったんだよな。
どうだい?」
ドライヤーの電源を切り、コンセントを抜いてコードをくるくるとドライヤーに巻き付けていくdd。お嬢はまだ体を固くし、動かない。
髪は乾き、艶やかな光沢で溢れていた。
「あんたは、殺していない。
殺す相手のマグカップで、コーヒー飲めるほど、あんたはタガが外れちゃいない。
そうじゃなきゃ、腹裂かれた奴の介抱に血だらけになったりしない。
それに、あんたは、それほど肝も据わっていない。
俺の言葉で動揺して反論もできないし、体を固くするだけだ。
そんなあんたが、衝動的ではなく、別組織の目がある中、腹裂いて、元恋人を殺して、冷静に作り話を作るなんてできるはずがない。
だからあんたは、ありのまましか喋れていない。
だからあんたは白だ。
殺していない。
殺すほどの度胸なんて、あんたにはないんだ」
お嬢の艶やかな、光沢ある後頭部に向けて、ddは話しかける。
抑揚がなく、力なく、さほど大きくない声で、ddの声は日本刀のようにお嬢の後頭部を刺す。
「ひっぐ」
肩を震わせ、涙をこぼす子供の声が部屋の中に響く。
ddは立ちあがり、控室を出ると、雑居ビルの廊下に出ると、虎雄がタバコをふかしていた。
部屋の中から、お嬢の泣き声がきこえる。
虎雄がタバコを咥えたまま、手招きをし、ddと二人階段の踊り場日二人並ぶ。
「あの部屋、中の音が筒抜けじゃねえか」
「仕方ないさ、どこも金がねえんだ」
「あのガキはヤッてねえ」
「じゃ、誰が高校教師を殺したんだ?」
右手のひらを、虎雄に向け突き出すdd。
虎雄がシャツのポケットからジョイントを一本出し、突き出された手のひらにのせる。
ラッパのように先が膨れたふとまき、鼻の下に当て、大きく息を吸い込むと、冬にションベンをした時のように体を震わせるdd。
口に咥えると、虎雄がダンヒルのライターで火をつける。
大きく支援を吸い込み、鼻を押さえ、息を止める。
じっと肺の毛細血管から滲むように、煙が血液に染み出ていく。
頭頂部が割れるように、音を立てて、口から煙を吹き出す。
目が真っ赤に充血し、目じりが酩酊したように垂れ下がる。
頭の中で音楽が鳴り響く。
腹裂き、あ・あ・あ・い、肩書き、頂き、あやまち、もらい泣き、うそぶき、上がったり、下がったり、取り返し、つかない、腹裂き、いらだち、腹立ち、憂さ晴らし、腹裂き、独りよがり、子ども泣かし、八つ当たり。
「嬢ちゃんは殺していない」
「それじゃ、黒服男たちが?」
「あいつらだって殺さない、だって高校教師は、金の生る木だろ?」
「そうだ、フェンタミルは次世代を担う金の生る木だ」
「嬢ちゃんの組織と、黒服の組織はコトを構えたかったのか?」
「いや、はっきり言って蜜月だ、フェンタミルはそれほど旨い」
「なら答えは簡単だろ、自殺だよ」
「自殺?」
「ああ、まず、お嬢との取引を、休日にし、黒服二人を取引につき合わせる。
取引の金額でゴネて、部屋から嬢ちゃんを出す。
次に、部屋から黒服を出して、一人になり、隠れ、嬢ちゃんが帰ってきたのを見計らって、メッセージで実験準備室に行くように指示する。
嬢ちゃんが準備室でコーヒーブレイク決めてる間に、
高校教師は、
全裸になり、腹を掻っ捌き、死に絶えたってわけだ」
「何のために? 死ぬなら家で首括りゃいいだろ?」
「高校教師は独身か?」
「独身、バツもついてねえ、まあ、あのツラじゃ、な」
「そのキモデブ、不細工、ジジイが、女子高生とイチャイチャだぜ? 別れたくないだろうよ、それが別れたんだ、別れを言い出したのは嬢ちゃんだろう。
高校教師の心中はいかほどに?
そりゃもうグチャグチャだろうぜ。
嬢ちゃんへの復讐心、嬢ちゃんへの執着心、嬢ちゃんの心の中に傷としてでも残りたいっていう承認欲求、なんでもござれだ。
生きてたくなかったんだろ、もう。
嬢ちゃんに迷惑かけたかったんだろ、命をかけて。
マジでキモいよな。
全裸で、自分の腹カチ割っちまうなんて、よ」
ddの携帯が今日何十回目のバイブレーションで震える。
液晶を見ると、シャムの文字がddの目にはマグマのように燃えて見えた。
お嬢はきっとまだ、控室で泣いているのだろう。
泣きたいのはこっちだ、と、吐き出した紫煙が、澱んだ雑居ビルの間に溶けていった。
◇◇◇◇
ddは肉を食べない。だから虎雄は精進料理の中華の店に連れ出し、個室で二人きり、飯を食わせた。
「高級店なんだぜ、もっとおいしそうに食べろよ」
虎雄に苦笑いでそう言われるほど、ddはモサモサと高級精進中華料理を口に詰め込み、草食動物のように、モサモサと噛み砕いていた。
酒はない。ddは好んで飲まないし、虎雄は車だからだ。
「高校教師がお嬢に一方的に惚れて、相手にされず、逆上してお嬢に迷惑かけまくって、腹掻っ捌いて死んだってことになった」
虎雄がそう言う。
「そりゃ、付き合ってたなんて、言えんわな」
モサモサ口の中の料理を噛みながらddは答える。
「お嬢が高校の機械の使い方を高校教師に習ってたらしくてな、その情報と引き換えに丸く収まったって話だ」
モサモサ料理を口に入れていたddは、口の中の食べ物を嚙み砕き、喉に通すと、
「よかったんじゃねえか」
と、言った。
「だろ?」
虎雄は苦笑いを浮かべる。
虎雄は胸のポケットから金属でできた、煙草入れのケースを出す。
真鍮でできた、そこそこ値が張りそうな品だ。
「今回は六本入ってる、お嬢の秘密は彼女のために、内緒で頼むな」
ケースをテーブルに滑らせ、立ち上がり、伝票をもって個室を出ていく虎雄。
「それじゃまた、名探偵」
「ああ」
ddは金属のケースをズボンのポケットに入れ、またモサモサ、料理を口に突っ込んだ。
高嶺の花、あ・あ・え・お・あ・あ、嘆きの中、できるのなら、届くのなら、君とこのまま、裂かないなら、裂けないなら、ずっとこのまま、裂かれるなら、三途の川、もぬけの殻、今日でさよなら、高嶺の花。
「なにが彼女のためだよ、ヤクなんて運ばすなよ」
ddは虎雄の座っていた椅子に向かい、中指を立てた。
無職探偵・高校教師 大間九郎 @ooma960
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