1日目 無能の転生者
まぶしい
異世界転生の扉を開けると陽光が目に刺さる
快晴が広がっているが温度は低いのか肌寒く、ちょっとなんだかわからないが臭い草のにおいがする。カメムシでもいるのかもしれない。異世界にはいないかな?
「マナ、スマートパネルの表示を説明して」
「スマートパネルのホーム画面に表示されているのは、上から順に現在位置、日付、時刻、気温、HP、MPとなります。下部にあるアイコンは左から順に、通話、メッセージ、カメラ、設定。その下には検索バーがあります。これらは設定で変更が可能です。アイコンを移動する場合は長押ししてください」
と、いうことは、現在位置はアムール地方
1月11日の11:11
気温が11℃で、HPが11/11、MPが11/11
1が多いな
「っていうかHPとMPが11って低くないか!?」
「おっしゃるとおり、こちらの世界の冒険者ではない一般的な男性を例にあげれば、25歳のHPは25、38歳のHPは38というのが平均値です。HPは体力、MPはメンタルを数値化したものです。左側は現在値、右側が最大値となります」
弱くね?
11歳の村の子供と同等ってことでしょ
ちょっとはしゃいで午前中走り回ったら午後にはお昼寝が必要になるじゃん
「えっと、何か有用なアイテムとか持ってないかな」
「ありません」
「じ、じゃあスキルとか」
「ありません」
端的!
無いのかよ
これまで過剰なほど説明してくれたのに急に冷たい
「マナ、鑑定スキルがあるだとか、パリィができるだとか、スライムだけど吸収できちゃうとか、主人公だけレベルアップできるとか、確定で状態異常付与できるとか、この世界で生きていくための僕だけの特別な何かって無---」
「ありません」
食い気味に?
「魔法も特技も本当になにもないの?」
「ありません」
「……。マナ、現在地から最寄りの店までのルートを検索して」
「現在値からの最寄りの店ですと、54km進んだところに鍛冶屋があります。愛想は悪いが腕は確かと評判の鍛冶屋のようです。一般的に人間が歩ける距離の目安は30kmと言われておりますので、HPの最大値から推測すると4日から6日で到着すると思われます。とはいえこれはモンスターの妨害が一切ないという条件となりますのでご注意ください。ルート案内を開始しますか?」
優秀な情報量!
ゆえに残酷。
ていうか店まで一本道だから方向だけわかれば案内は不要だ。
前方と後方には地平線まで道が続いていて、左右には草や木しかない。
人工的な建物は見える範囲にはひとつもない。
森の中はモンスターがいて危険だろうし、
道を外れて丘の向こうを見に行けば何かあるだろうか?
これ、詰んでね?
ガサッと音がして道の横の草むらから少し透けた青い球体がふたつ転がり出てきた
スライムだろう、このフォルムでスライムではないとは考えにくい
あきらめるのはまだ早い、モンスターを倒せばレベルが上がるだろうし
実はモンスターが弱かったりして、簡単に強くなれるかもしれない
モンスターを仲間にできる可能性だってある
この異世界の基本システムを調べないと
青い球体はボクサーが軽く跳躍してリズムをとるように弾むと、僕の顔に向かって広がりながら飛んできた。とっさにしゃがんで避けることができたが、虫が急に飛んで反射で動いただけで、見て躱したわけじゃない。
ただ、ぶつかってダメージを与えてくるタイプではなく、口を塞いで呼吸できなくするタイプのようだ。
「いてっ」
じゃなかった、しゃがんだところをもうひとつの球体にぶつかられてしりもちをつく
ドッジボールで球をぶつけられたくらいの衝撃だったので、この攻撃はたいしたことはないが、連携されてどちらかに口に張り付かれたら終わりだ。
人間が口で呼吸していることをわかって攻撃してきている。
連携してバランスを崩してきたから、知能があるということだろう。
会話ができるか試してみるか。
「ま、待ってくれ、僕に敵意はない、話し合おう」
停戦を呼び掛けてみたが止まる気配はなく、顔に向かって飛んできた。
僕は横に転がりながらそれをよけると、なんとか立ち上がった。
ターン制では無さそうなので、じっと考えている余裕はない。
僕はサッカーの要領で青い球体を思いきり蹴り飛ばした。
軽い
20mほど後方へ吹き飛んだが、ダメージは無さそうだ。
戻ってくるまで少しは時間を稼げるか。
もうひとつを両手でつかみ、動きを制してみたが、ゼリーのように柔らかくなって抜け落ちてしまった。
地面に落ちたところを足で踏みつけてみるが、柔らかくなって抜けられてしまう。
蹴り飛ばすにしても、柔らかいタイミングだと失敗するかも知れない。
ゲームやアニメ、漫画なんかで見るより、実際にこうして対峙してみると、全然印象が違ってくる。かなりやっかいなモンスターだ。おそらく物理攻撃はあまり効果が無い。刃物でもあれば違うんだろうが何もない。石や木材など周囲に武器になりそうなものも落ちてない。
「マナ、このモンスターの倒しかたが知りたい」
「どのモンスターでしょうか、対象にカメラを向けてくださると、より正確な情報を説明できます。モンスターにはHPがあり、攻撃によって――」
あいかわらず補足情報が長い
僕は急いでカメラを青い球体に向ける
「このあたりで水スライムと呼ばれている友好的なモンスターです。不定形のゼラチン質の体を持ち、繁殖力が強く様々な環境に適応できる生物です。特徴的な能力として体の形状を自在に変形させたり、人間の頭の上で日光浴をしながら紫外線から守ったりします。猫が挨拶に頭突きをするのと同じように、体をぶつけて挨拶してくることがあります。栄養価は低いですが様々な料理に使われています。倒し方としましては、魔法攻撃に弱く、どの属性魔法でも簡単な初期魔法で討伐できるでしょう」
友好的なのかよ。
ヒザからガックリと崩れ落ちると、さっそく水スライムが頭に飛び乗ってくる。
広がって頭を包み込むと、少しひんやりして気持ちいい。濡れてはいない。
ダメだ、こちらの世界の常識がわからない。
モンスターより人間の方が危険な可能性だってある。
ステータスは一般的な人間以下らしいから戦闘は絶望的だ。
「マナ、鍛冶屋とは反対の道を行っても何も無いんだよな? どうやって暮らしているんだよ……」
「おっしゃるとおり、鍛冶屋とは反対の南東へ進んだ場合、日用品を扱った商店街まで74kmあります。あくまで鍛冶屋は裏手にある洞窟山へ鉱石を取りに潜る拠点かなのでしょう。南東へ8km進んだところにある集落では自給自足の生活をしており、商店街へは定期的に馬車で物を売りに行き生計を立てているもの思われます」
最寄りの店を検索してごめんね
僕の質問が悪かったんだ。
実際ステータス的にも僕が無能であることは間違いない、だけど有能な人工知能がいる。僕の強みはこれだけだ。マナをいかに使いこなすかにかかっている。
1時間ほど歩くと、複数の住居と農地の横で座っている人や長柄の武器を持って見回りしている人が見えた。
「いてっ」
突然、左足に痛みが走った。
慌てて振り払うと、そいつは空中で態勢を整えて地面に着地した。
ネズミだ。
村を見つけて油断している間に噛みつかれた。
足を血が伝う感覚がある。走れないほどではなさそうだが、ジンジンと熱をもった痛みを感じる。いや、傷よりも感染症の方が心配だ。
「マナ、このモンスターの情報を頼む」
「このあたりでバッドラットと呼ばれている攻撃的なモンスターです。黒くて毛がぼさぼさのネズミで、目は赤く光り鋭い牙を持っています。雑食で主に農作物を食い荒らすことが多いですが、今の季節はエサが無いため襲ってきたものと思われます。清潔な環境で飼育し、繁殖させたバッドラットは食材として有用ですが、野生のバッドラットは病原菌や寄生虫の危険性があるためおすすめしません。群れに襲われるとやっかいですが、単体での脅威はさほどありません」
食べる前提の情報は聞いてないんだがな
相手が1匹なら倒せるか?
HPの表示は9/11になっている
村までもうすぐだけど、こんな小動物相手に逃げるのもな。
「さすがに大丈夫だろ」
意を決して蹴りかかる、が躱される。
素手で捕まえようとして指を嚙まれたくないからな、可能なら蹴りでなんとかしたい
武器になりそうなものは無い。
何度か踏みつぶそうとしたり蹴ろうとしたりするが、当たらない。
敵も生きるのに必死なんだろう、自分より大きな相手を食べようとするなんて。
噛みつかれたところを体重で押しつぶせば勝つことはできると思う。
だが、そこまでして得られるものは何だ?
経験値か?
素材や、この世界の通貨が得られるか?
だとしても、おそらくわずかだろう。
リスクに見合わない。
逃げよう。
僕は村に向かって走り出した。
そもそも、なぜ戦おうとしたのか、レベルアップして異世界で無双できることを夢見ていたのかもしれない。
小さな命を犠牲にして。
その小さな命すら奪えないほどに、僕は弱い。
異世界転生したとて、無能なんだ。
村の入り口を目前にして、僕は身体の力が抜けて倒れた。
意識はかすかに残っているが、身体がしびれて動かない。
バッドラットが何らかの病原菌を持っていて、それが傷口から入ったのか。
村の見回りが僕に気づいて走り寄ってくるのが見える。
僕の意識は、そこで途絶えた。
異世界に転生したとて 藍月隼人 @bluemoon
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