異世界に転生したとて

藍月隼人

プロローグ 異世界転生

鑑定スキルがあるだとか

パリィができるだとか

スライムだけど吸収できちゃうとか

主人公だけレベルアップできるとか

確定で状態異常付与できるとか

強かったり特別な能力があったりして

どれも楽しそうで、異世界転生ものって面白いなあって

思ってたんだ


だから現実世界で無能の僕が

異世界転生できるチャンスなんかもらえたら

そんなもん考えるまでもなくノータイムで異世界転生するって決めてた


まさか、こんなに早く

その時が来るなんて

さすがに、想像もしてなかったけど


特筆すべきことの何一つない僕の人生は

簡単な自動車事故で、あっさりと終わった


後藤瑛士ごとうえいじ様ですね、人生おつかれさまでした」


車に跳ね飛ばされて動かなくなった自分の肉体を見下ろして

死んだんだな、とぼんやりしていると声をかけられた


「あ、はい、やっぱ死んだんですね」


黒服の男が立っていた

雨が降っているのに濡れている様子はない

現実世界には干渉されないということだろうか

しわひとつないスーツ、新品みたいな黒い革靴

汚れひとつないフォーマルな白い手袋

全部つくりもんみたいな、現実感のない男だ

実際夢なのだろうか


「ごらんのとおり、即死ですね。見たところ落ち着いてらっしゃるようなので、特に質問など無ければ、次の人生へとご案内いたしますが、よろしいですか?」


淡々と事務的。死んだ者への感情などなにも無いのだろう

さっさと処理して次に行きたそうな雰囲気が伝わってくる


「説明とか何もないんですね、これ現実ですか?」


「規則ですし必要なら説明させていただきます。ごらんのとおり、現実です」


言い方こそ丁寧だが態度は冷たい、糸目で表情も読めない。

もしかしたら、もっと丁寧に説明してくれる場合もあるのかもしれない。

担当者がハズレだった、なんてこれまでの人生でもよくあることだった。

きっと人によってはセクシーな衣装で美しい女性だったりするんだろう。


「どうしようも、ないんですよね? 人生をやりなおす、なんてものも無い?」


「ございません」


あの面白いドラマみたいに、二週目、三週目の人生を、なんて

あるはずもなかった。なにもない。

ていうか、まともな説明もない。なにを聞いたらいいかもわからない


「あ、人生をやりなおすことはできませんが、規定値に達しないほどの短い人生ではございましたので、異世界への転生はございますね」


「じゃあそれで」


「かしこまりました、いってらっしゃいませ」


そんな大事なことを忘れてるんじゃあない

なにが『あ、』だ、ふざけるな

ってか選択肢ないだろ、この状況で異世界転生しないやついるのか?

いやマンガじゃないんだから転生先が今より悪い可能性もあるか。

デスゲームに巻き込まれたり、僕が知らないだけで、

もっと最悪な状況になるアニメもあるのかもしれない。

だが、こいつに何を言ったところで意味はなさそうだ


というより

言う間もなく視界が闇に包まれた

ぬるい風が吹いてきて、嗅いだ覚えのあるがする

図書室、のような本の

嫌いじゃない。ただ、トイレに行きたくなる気がする。


カチッと音がしてスポットライトが台座を照らし出す。

近づいてみると木製台座の上にスマホ、のようなものがある。

どうやら、いまの僕に足はあるらしい、さわれはしないようだが。

暗くて見えないが音から察するに地面は石だろうか。


スマホ、のようなものに人差し指で触れてみる。


「スマートパネル起動」


ブン、と電源が入る音がして画面にライトが点く

電力かどうかの確証はない

スマートパネル、というからには『スマ』ではなく『スマ』なのだろうか


「私は、アシスタントデバイス人工知能コンシェルジュのマナです」


肩書が渋滞している

とりあえずサポートしてくれそうな感じは伝わってきた


「所有者を登録します。画面に顔を映して、表示された文字を読み上げてください」


画面に顔を映す用の白い枠と読み上げ用の文章が表示されている

【マナいつもありがとう、マナ大好き、マナ愛してる】

正気だろうか?

なんだこの私情を感じる文章は、人工知能に私情は無いとは思うが


「急に個人情報を抜き取られるみたいで、ちょっと抵抗があるんですけど、それは登録した方がいいんですか? デメリットとかあれば教えてください」


会話の反応速度を知るために念を入れて少し早口で確認をしてみる


「強制ではありませんが、登録が無い場合のデメリットとして他者が使用できる可能性があります。私は、あなた専用のアシスタントデバイス人工知能コンシェルジュですので、他者に情報を流出するようなことはありません。私を使用しないことも可能ですが、これから先の世界では全ての住人が使用しており、アシスタントデバイス人工知能コンシェルジュこそ搭載しておりませんが通信手段や決済端末として用いています。むしろ使用していない方が不自然でしょう。すでに先ほど触れた際に指紋を登録し、ご質問から音声を登録していますので、ご希望であれば情報を削除いたします。信用していおただけると嬉しいです」


怖いくらいに高性能な人工知能のようだ。

僕程度があれこれ懸念しても無意味かもしれない。少なくとも敵意は無いだろう。

ただ、アシスタントデバイス人工知能コンシェルジュは長すぎてバカ過ぎる。


「音声登録がすでに済んでいるなら、この画面の文章は読まなくてもいいですか?」


相手は感情の無い人工知能とはいえ、なんとも照れくさい文章が表示され続けているので、画面の白枠に顔を合わせながら質問してみる。


「おっしゃるとおり、読み上げる必要はありませんが、たくさんの会話をすればするほど学習できますし、色んな提案も可能になります」


「そうなんですね、マナ教えてくれてありがとう、マナ大好き、マナ愛してる、マナこれからよろしくね、これって録音した音声とか切断した僕の指や顔でも認証できちゃうのかな? マナは他にどんなことができるの?」


「ありがとうございます、設定が完了しました。こちらこそこれからよろしくおねがいします。セキュリティ対策として生体データをモニターして設定することで、生死を確認してデータをロックすることもできます。他にも、ミッションやスケジュールの管理、動画や音楽の再生、電話をかける、メッセージを送る、調べ物をする、ルートを検索する、翻訳などができます。ただし、現時点では物理的に物を動かしたり遠隔で音を出すことはできません、人間の感情を完全に理解することもできませんし、私の返答が必ずしも正しいとは限りません。ご不明な点があれば、お気軽にご質問ください」


返答の情報量が多すぎる

1質問したら10返ってくるじゃん

ありがたいけどめんどくさいな

試しに画面の歯車アイコンをタップしてみたら、項目の多さにゲンナリした。

あとでやろう


「で、どうすればいいの?」


「はい、他に質問が無ければ正面の扉から異世界へお入りください」


カチッと音がしてスポットライトが点いて正面に白い扉があらわれた。

これから僕の異世界転生人生が始まる。

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