午前0時

@totsuki_mio

午前0時

午前0時になった。

予想通り枕元に置いたスマホからは平成アイドルの歌がリズムよく流れる。

青治はスマホの画面を覗いた。

非通知と白く型取られた文字。何度目だろうか。

緑色の通話ボタンを押して、ゆっくりと耳に当てる。

「もしもし?」

「・・・」

返答はない。

「あの、聞こえてます?」

「・・・」

ノイズのようにざらついた音が端末を通して聞こえてくるだけで、人の気配があるかも分からない。

「おい!」

語気を強めたら何か起きるかもと思ったが、今一つ効果はなさそうだ。このやりとりも、もう数えきれないほどした気がする。精神的に参ってきた。悪戯にしても毎夜かかってくるとストレスが溜まる。

青治は電話を切りスマホをベッドに叩きつけた。

気が立ち過ぎたのか体が熱い。

平常心だ。こんな悪戯にいちいち心を揺さぶられていたら相手の思う壺になる。

もう一度スマホを手に取り、時間を確認する。

無言電話はここ数日前からかかってくるようになった。着信は決まって午前0時で、必ず非通知。初めは間違い電話かと思ったが、どうやらそうではないらしい。

非通知拒否にする考えもあったが、悪戯をしてくる相手に負ける気がして設定はそのままにしている。

青治は椅子に座り、ノートパソコンを起動させる。検索サイトに「悪戯電話 夜中」と打ち込み、ヒットしたサイトを見てみる。

そこには都市伝説だのストーカーだのオカルトじみた話からリアリティーのあるものまで筆者の体験談から知恵袋の相談など色々と載っていた。

世の中には意外と悪戯電話があるらしいということだけは分かったが、それ以上得るものは何も無かった。

パソコンを閉じる。

ふと時計を見ようとした途端、また溌剌とした女の子の声が部屋に響き渡った。

「っ!?」

心臓の鼓動が急激に速くなる。その音は無造作に放り出されたスマホから聞こえてきている。

こんなことは今まで無かったはずだ。

椅子からゆっくりと立ち上がり、スマホを覗く。

非通知。ありえない。

今まで1日に2回も電話が来たことは無かったはずだ。急激に口が乾き始め、喉がゴクリとなる。

スマホを手に取り、画面を見る。

出るべきだろうかと逡巡したが、もう一度相手に伝えられる最後の機会かもしれない。

青治は通話ボタンを押した。

「・・・もしもし?」

「・・・」

やはり何も聞こえてこない。

相手は何を考えているんだ。

「あの、いいかげんやめてもらっても良いですか?迷惑なんですよ。しつこいようなら警察に言いますからね」

警察という単語を言えば相手も怖気づくだろうか。電話越しに反応を伺う。

「・・ぉ・・ろ」

砂嵐のような音に混じって微かに人間の声のようなものが聞こえた。

今までと違う。

相手に何か心境の変化があったのか。

離してしまったスマホをもう一度耳に当てる。動揺を悟られないように乱れる呼吸を整えて、再度問いかける。

「・・なんですか?」

「・・こ・・ら・・げろ!」

今度ははっきりと相手が人間であることが分かった。砂嵐に紛れて完全には理解できないが、何かを話している。そして、荒々しく怒鳴りつけている。

「・・そこ・・・に・・ろ」

徐々に鮮明に聞こえてきている気がする。

何を言っているんだ。分からない。

けれど、分からなければいけない。

何かを知らなければいけない。

何かを忘れている?

思い出せない。

呼吸が乱れる。

聞こえる。


「起きろ!」



**


救急車に運ばれてから、諸々の検査を終えるまで2日ほどかかった。軽度の火傷だけで済んだのは医者や近隣の人たちからも驚かれて、家族は泣きながら、抱きついてきた。どうやら相当危険な状況だったらしい。

あの日、目が覚めたとき、家は火に包まれていた。無我夢中で外に出た時には意識は朦朧とし、あまりよく覚えていない。ただ、一歩遅かったら、死んでいたのだということは分かる。

あの時、見ていたものは何だったのだろうか。

ただの夢と言ってしまえばそれまでだが、あの電話が無ければ火事から逃れることはできなかった。感謝してもしきれない。

ただ、一つ不思議に思ったことがある。

あの声は、スマホで聴く自分の声とよく似ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

午前0時 @totsuki_mio

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ