優等生の答案に潜む謎 エピローグ

慎吾と篠原は放課後、藤堂がいる図書委員の部屋を訪れた。藤堂は椅子に座り、薄い微笑みを浮かべながら二人を迎えた。

「やあ、どうだった?事件の顛末を聞かせてくれるかい?」

慎吾は一歩前に出て、深く頭を下げた。

「藤堂先輩、三浦さんがやったこと、全部話してくれました。すり替えの動機も、実際にどうやったのかも。」

篠原が続けて説明を始める。

「結局、三浦さんは、トリック自体は思いついていたけど、実際にやるとは決めてなくて、試験中に真鍋くんがボールペンを借りに来たから、トリックを使う決心をしたみたいです。」

藤堂は頷きながら、三浦の告白から真鍋への謝罪に至る慎吾と篠原の話を聞いていた。

「最後に、三浦さんはちゃんと真鍋くんに謝りました。それから先生にも話すって言ってました。」

藤堂はその言葉に少し目を細めて微笑んだ。

「そうか。彼女なりのけじめをつける覚悟を持てたんだな。それはいいことだ。」

「ただ、ひとつだけ、君たちが見落としていることがある。」

「なんですか、先輩?」

藤堂は椅子の背もたれに体を預けながら、軽い調子で話し始めた。

「今回のトリックには消えるボールペンが不可欠だったよね。でも、試験中にそんなものを持っていること自体、偶然にしては妙だと思わないかい?」

篠原が考え込むように眉を寄せた。

「確かに……普通、試験には普通のボールペンを持ってくるものよね。消えるボールペンをわざわざ用意していたのなら、それだけで計画性があったと考えられるわ。」

藤堂はさらに続けた。

「もうひとつ。インクを消すには熱が必要だ。答案を回収した後、提出するまでは机の間を抜けていくわけだから、そんな短時間に摩擦熱が出るくらい答案を擦るような不自然な仕草をすれば、周囲の誰かが気づくはずだろう?」

慎吾はその言葉に驚いた表情を見せた。

「そういえば……確かに。消すところを誰も目撃していないなんて、不自然ですね。」

藤堂は視線を窓の外に向けながら、軽く椅子を揺らした。

「おそらく、三浦さんは摩擦ではなく、別の方法でインクを消したんだろう。例えば、カイロのような熱を発生させるものを使ってね。」

篠原は驚きながら口を挟んだ。

「カイロって……でも、今は5月の下旬ですよ。カイロを持ち歩く時期じゃないわ。」

藤堂は満足げに微笑んだ。

「その通り。だからこそ、三浦さんがあらかじめ準備していた可能性が高いということになる。」

慎吾はその言葉に目を見開いた。

「じゃあ、試験当日に思いついたっていうのは……嘘だったんですか?」

藤堂は軽く首を振った。

「嘘ではないさ。だって、君が教えてくれた、彼女のセリフをもう一度思い返してごらんよ。」

慎吾は昨日の彼女の台詞を思い出す。

「……最初は、本当にやるつもりなんてなかったの。ただ、試験の前に偶然、このトリックを思いついたの。でも、それを実際に使うかどうかは決めてなかった。」

「真鍋くんがペンを借りる相手に私を選んだ瞬間、これは『やれる』って思っちゃったの。もし他の誰かにペンを借りてたら、普通に自分の力で受けるつもりだった。だけど、あのとき偶然が重なって……やってしまったの。」

藤堂は続ける。

「彼女が真鍋くんのボールペンをインクの切れたものにすり替えるくらいまではできたとしても、真鍋くんが誰からペンを借りようとするかは運任せだ。まあ、試験前で集中してる時にペン貸してとかいわれたら人によっては迷惑だろうし、わざと試験に興味ないように振る舞って自分が一番ペンを借りやすいように思わせるくらいのことはしたかもしれないけど、だとしても100%じゃない。」

篠原は慎吾を見やり、慎吾は複雑な表情を浮かべた。

「……先輩、それって…」

藤堂は頷き、飄々とした口調で答えた。

「そういうこと。彼女は一切嘘はいっていない。彼女は、『試験の前に思いついた』といっただけで、直前に思いついたとはいってない。別にそれが前日だろうが試験の前には違わないさ。」

慎吾と篠原は顔を見合わせた。見事に解決したつもりが、詰めが甘かったらしい。

藤堂は手を軽く振り、柔らかい声で続けた。

「とはいえね、慎吾くん、篠原さん。彼女が既に自分の行動を認めて、先生にも話すと言っているのに、これ以上『計画的だ』と責め立てる意味はないんじゃないかな?」

篠原が少し眉をひそめて問いかけた。

「でも、藤堂先輩。計画的だった可能性を見逃すのも、なんだか腑に落ちません。」

藤堂は飄々とした笑みを浮かべながら首を振った。

「いや、むしろそこに彼女自身の後悔が表れているように思えるんだよ。篠原さん、もし君が彼女の立場だったとして、本当に計画を隠し通すつもりだったらどうする?」

篠原は考え込んだ後、慎重に答えた。

「……私が『名前を擦って消した』って言った時点で、周りに人がいたんだからそんなことできるわけがない、って主張します。実際に他の人にも聞いてみてほしい、って言い逃れることもできますね。」

藤堂は満足そうに頷いた。

「そうだろう?でも彼女はそれをしなかった。むしろ自分の罪をあっさり認めた。これは彼女自身が後悔していて、告白するきっかけを欲しがっていたからだと考えられるよ。」

慎吾が驚いたように目を見開いた。

「つまり、三浦さんは、自分を許してほしいと思っていたってことですか?」

藤堂は慎吾をじっと見つめて、静かに言った。

「その可能性は高い。彼女は責められることで初めて罪を償えると思っていたのかもしれない。そして、君たちが話を聞いてくれたことで、それが実現したんだよ。」

篠原が腕を組みながら小さく笑った。

「先輩、慎吾が甘やかされて成長しなくなっちゃうかもしれませんよ。」

藤堂は椅子を揺らしながら飄々と答えた。

「それも含めて面白いじゃないか。慎吾くんの成長は君がしっかり見届けてやればいいさ。」

慎吾は苦笑しながら感謝の言葉を伝えた。

「藤堂先輩、ありがとうございました。」

藤堂は満足げに微笑み、二人を見送る。

「また面白い事件があったら、ぜひ僕に教えてくれ。楽しみにしてるよ。」

慎吾と篠原は図書委員の部屋を後にした。事件の結末を胸に、それぞれが新たな一歩を踏み出す気持ちを抱いていた。


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放課後の善意探偵 やすたか @yasu2629

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