優等生の答案に潜む謎 解決編

藤堂は改めて椅子に腰掛け、慎吾たちを見渡しながら話し始めた。

「さて、ここまで集めた情報を基に考えてみよう。篠原さん、三浦さんが答案返却の際に何を言われていたか覚えているかい?」

篠原は頷きながら答えた。

「ええ。先生が『名前を書き忘れてた』って咎めていました。」

藤堂は薄く笑みを浮かべた。

「そこが今回の事件のポイントだと思う。教師が答案をマークシートの読み取り機にかける際、集められた答案を氏名欄をもとに出席番号順に整理する。つまり、裏を返せば、答案は教師のもとに集められて、教師が名前を確認する時点では、出席番号順にはまだなっていない。だから順番からその答案を誰のものと判断することはできない。じゃあ、どうしてその三浦さんの答案は三浦さんのものということになった?」

慎吾が頭を捻りながら答える。

「ええと…名前がないんだからその答案で判別するわけにはいかないから…あ、そうか、消去法ですね。テストを受けた他の人全員が名前を書いていたとすれば、テストを受けたのに答案がない人が必然的に名前のない答案ってことになる。」

藤堂は満足げに答える。

「そう、確かにそれは有効な推論だ。ただし、名前を書いた全員が正しく自分の名前を書いたという前提のもとであればだけれども。もし三浦さんが、自分の答案に真鍋くんの名前を書いていたとしたら、どうなるだろう?」

慎吾は驚いた顔をした。

「自分の答案に真鍋くんの名前……? そしたら、でも…それだと真鍋くんの答案が2通あって、三浦さんの答案がないっていう状況になるんじゃ…」

藤堂は説明を続ける。

「そう、そのとおりだ。逆に言えば、そうしたうえで、真鍋くんが答案に書いた名前を何らかの方法で消すことができれば? その三浦さんという女の子の書いた、真鍋くんの名前の書かれた答案が1通と、真鍋くんの書いた、名前が白紙の答案が1通できる。白紙の答案は、慎吾くんのいう消去法で三浦さんのものとされる。」

篠原が納得した表情を浮かべた。

「確かに……それなら三浦さんが高得点を取るのも説明がつくわね。」

慎吾がさらに考え込む。

「でも、試験中にそんなことをする余裕があったんでしょうか? 試験中は先生の目もあるし、答案の管理は厳しかったはずです。」

藤堂は頷きながら、慎吾をじっと見つめた。

「その通り。試験中に名前を消すのは非現実的だ。むしろ注目すべきは答案回収のときだよ。」

篠原が眉をひそめた。

「答案回収のとき……? でも、集めるのは後ろの席の人で、それを先生に渡すだけでしょ?」

藤堂は指を立てて篠原を制しながら答えた。

「ここで思い出してほしいのは、答案を集めたのが三浦さんだったという点だ。真鍋くんは自分の答案を三浦さんに渡した。そのとき、彼女が何らかの方法で真鍋くんの答案の名前を消した可能性がある。」

慎吾が驚いた顔をした。

「でも、名前を消すなんて、どうやったら……?」

藤堂は冷静に答えた。

「例えば、消えるボールペンを使えば、簡単に名前を消すことができる。消えるボールペンは、加熱でインクが透明になる仕組みだから、三浦さんが回収の間に熱を加えて消した可能性は十分にある。」

慎吾はそこで藤堂を制し、力強く言った。

「ちょっと待ってください。それは違います。真鍋くんが三浦さんからボールペンを借りたのは、真鍋くんの方から頼んだんです。三浦さんが消えるボールペンを渡したなんて考えにくいですよ。」

藤堂は慎吾の指摘を聞いて、少し驚いたように目を細めた。

「ほう、それは興味深い事実だね。だが、それでも消えるボールペンが使われた可能性は消えない。むしろ、僕が感じていた矛盾がかえって解決するかもしれない。」

篠原が疑問の表情を浮かべた。

「矛盾……ですか?」

藤堂は頷きながら続けた。

「その通りだ。考えてみてほしい。すり替えられた真鍋くんの点数は68点ということだったね? つまりは、彼女は、どのみち真鍋くんと答案をすり替えるつもりなのに、ちゃんと勉強はしていた。そこが不自然だと思ってたんだよ。だけど、もともとすり替えに偶然性が伴うとしたら、説明はつく。」

「それって……すり替えができない可能性もあって、だから自力で受けてもそこそこの点数は取れるようにはしてたってこと?」

藤堂は微笑を浮かべた。

「その通り。」

慎吾は少し考え込んでから答えた。

「もしそうだとしたら、三浦さんは、勉強するのが嫌で計画的にすり替えをしたわけじゃない。ちゃんと勉強したうえで、それでもなおもっと高い点数を取りたくてカンニングを実行した。」


篠原が考え込む。

「でも、カンニングがバレるかどうかは別にしても、そもそも自分の答案が名前書いてないせいで0点にされる可能性もあった。なのにここまでする必要なんて本当にあったんでしょうか……。」

藤堂はいう。

「そのとおりだね。例えば赤点を避けるとか、大学の推薦で重要とかそんな理由だったら、0点になるリスクは致命的だ。少なくとも平均点取れるくらいの実力はあるのにやるようなことじゃない。じゃあ、仮に公式の点数が0点でも、外見上めちゃくちゃに高得点を取って見せたいとしたらどんな理由が考えられる?」

「たとえば、家族から成績のことでプレッシャーを受けていたとか……。」

藤堂は頷いた。

「それも一つの可能性だね。家庭の事情や環境から来るプレッシャー。だが、それは考えにくいね。」

慎吾が首をかしげた。

「どういうことですか?」

藤堂は慎吾を見つめながら続けた。

「そりゃ赤点になるような成績ならともかく、平均点くらいは取れるなら親がそこまですごいプレッシャーをかけてくるようなことは少し考えにくいよね。仮にそんな成績気にするような親というのは、往々にしてどうせ結局は数字が全てになるんだから、本当は高得点だけど名前を書き忘れて0点ならしょうがないねなんて物わかりの良い話にはならないさ。」

篠原が眉をひそめた。

「じゃあ、やっぱり真鍋くんと三浦さんの間に何かあったの?」

藤堂は黒板に名前をいくつか書き出しながら答えた。

「おそらく、真鍋くんを選んだのは単なる偶然だろう。彼女の狙いは、学年トップクラスの点数を取ることで、自分の優秀さをクラスの皆にアピールすることにあったんじゃないかな。だが、ここで慎吾くんに考えてほしい。彼女は、なぜそんなアピールをする必要があったのか。」

慎吾は答えに詰まった。

「それは……分かりません。」

藤堂は椅子を揺らしながら、飄々とした口調で続けた。

「ヒントを出そう。三浦さんは一見、明るくてお調子者だけど、そういう人に限って、コンプレックスを抱えていたり、複雑な思いを押し殺していたりするものさ。」

「でも、それとこの件が何の関係が……?」

藤堂は微笑みながら答えた。

「それを確かめるのは君たちの役目だよ。篠原さんと浅井くんで三浦さんに直接話を聞けば、きっと全貌が見えてくるはずだ。」


慎吾と篠原は放課後、三浦を校庭の隅に呼び出した。普段は明るくお調子者な三浦も、慎吾たちの真剣な表情を見て、少し不安そうにしている。

「三浦さん、ちょっと聞きたいことがあるんだ。」慎吾が切り出した。

三浦は首をかしげながら答える。

「え、なになに?そんな改まって……私、なんか悪いことでもした?」

篠原が軽く息を吸い込み、慎吾に代わって言葉を続けた。

「三浦さん、この前の世界史の試験のことなんだけど……。あなた、自分の答案に真鍋くんの名前を書いて、すり替えたんじゃない?」

その言葉に、三浦の顔色が変わった。彼女は目を見開き、わざと笑みを浮かべた。

「何言ってるの?そんなこと、できるわけないじゃん!」

慎吾は一歩前に出て、真剣な目で三浦を見つめた。

「でも、三浦さん。答案を回収する際に真鍋くんの名前を消して、真鍋くんの名前を自分の答案に書けば、それが可能だって分かってる。」

三浦は肩をすくめながら首を振った。

「名前を消すなんて、どうやって?そんなの無理でしょ。」

篠原が少し間を置いて、冷静に答えた。

「真鍋くんに消えるボールペンを貸して使わせれば、書かれた名前を消すのは簡単よ。インクが熱で消える仕組みだから、例えば回収中に少し擦るだけで透明になる。」

三浦の表情が一瞬固まるが、すぐに言い返す。

「だとしても、証拠なんてないでしょ?証拠がなきゃ、私がやったなんて言えないよね。」

慎吾は静かに首を振った。

「証拠ならあるよ、三浦さん。真鍋くんの答案に書かれた名前の筆跡を確認すればいい。筆跡はごまかせない。それに、真鍋くんが自分で書いた名前じゃないことはすぐに分かるはずだ。」

三浦は目を見開き、言葉を失ったように俯いた。

「……そこまで考えてたんだ……。」

篠原が追い打ちをかけるように言った。

「だから、正直に話してほしい。これ以上嘘をついても、もっと状況が悪くなるだけよ。」

三浦はしばらく沈黙していたが、やがて俯き、小さな声で話し始めた。

「……私、ずっと勉強ができる人に憧れてたの。」

篠原が驚いたように眉を上げる。

「勉強ができる人に?でも、どうしてそんなことを……?」

三浦はぎこちなく笑いながら言葉を続けた。

「私、全然頭が良くないでしょ?それに、家でも誰も私のことを期待してない。だから、せめてクラスのみんなの前では明るく振る舞って、勉強なんて気にしてないフリをしてたんだ。けど、本当はずっと、勉強ができる人になりたかった。篠原さんみたいに、何でもできる人に憧れてたの。」

慎吾は三浦の言葉を真剣に聞きながら問いかけた。

「でも、三浦さん、君は十分努力してたはずだよ。68点取れたってことは、勉強の成果だと思う。それでもすり替えをしてまで高得点を取ろうとしたのは、どうして?」

三浦はしばらく沈黙した後、決心したように口を開いた。

「……最初は、本当にやるつもりなんてなかったの。ただ、試験の前に偶然、このトリックを思いついたの。でも、それを実際に使うかどうかは決めてなかった。」

慎吾が首をかしげる。

「それなら、どうして実行したの?」

三浦は視線を落とし、答えた。

「真鍋くんがペンを借りる相手に私を選んだ瞬間、これは『やれる』って思っちゃったの。もし他の誰かにペンを借りてたら、普通に自分の力で受けるつもりだった。だけど、あのとき偶然が重なって……やってしまったの。」

篠原は驚いた表情で問いかけた。

「じゃあ、本当に成り行きで決めたってこと?」

三浦は小さく頷いた。

「うん。でも、成り行きでやったとしても、私が悪いことをしたのは分かってる。真鍋くんの答案を使って、彼の努力を台無しにしてしまった。」

慎吾は少し考え込み、静かに言った。

「三浦さん、その気持ちは分かった。でも、一番先に謝らなきゃいけないのは真鍋くんだと思う。」

三浦は驚いたように顔を上げた。

「……真鍋くんに?」

篠原が優しい声で言葉を添える。

「そうよ。彼の答案を使ったことで、真鍋くんは不本意な点数を取らされたの。彼の努力を無駄にしてしまったことを、まずちゃんと謝るべきだと思う。」

三浦はしばらく考え込んだ後、深く息を吐き、頷いた。

「分かった……私、真鍋くんに謝る。」



翌日、三浦は真鍋を校舎裏に呼び出した。真鍋は少し困惑した様子だったが、三浦の沈んだ表情に気づくと、真剣な顔つきになった。

「真鍋くん……あの、昨日の世界史の試験のことなんだけど……。」

三浦は視線を落とし、しばらく言葉を探していたが、やがて深く頭を下げた。

「ごめんなさい。私、真鍋くんの答案をすり替えたの。勝手に名前を書いて……本当にごめんなさい!」

真鍋は驚いた顔をしたが、すぐに柔らかい声で言った。

「……そうだったんだ。正直、なんでこんな点数だったのか不思議だったけど……でも、三浦さんが謝ってくれたから、もういいよ。」

三浦は涙をこらえながら顔を上げた。

「許してくれるの?」

真鍋は小さく笑いながら頷いた。

「うん。確かにショックだったけど、君も何か悩んでたんだろう?もう大丈夫だよ。先生には話すんでしょ?」

三浦は頷き、涙ぐみながら答えた。

「うん……ちゃんと話す。」

真鍋は安心したように微笑み、最後に一言添えた。

「次からは自分の力で頑張ればいいよ。きっと君ならもっといい点数が取れる。」

その言葉に、三浦は初めて少しだけ笑顔を見せた。

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