優等生の答案に潜む謎 推理編
慎吾は教室の隅で立ち話をしている篠原のもとに歩み寄った。
「篠原さん、少し話を聞いてほしいんだけど……」
篠原は振り返り、慎吾の顔を見るなり少し眉をひそめた。
「どうしたの、慎吾?」
「真鍋くんの件なんだけど、何か変だと思わない?あんなに几帳面な人が、大量のマークミスをするなんて考えにくいんだ。」
慎吾の言葉に、篠原は一瞬考える素振りを見せたものの、すぐに肩をすくめた。
「それ、本気で言ってるの?ただのマークミスでしょ。」
「でも、真鍋くんは何度も確認したって言ってたし……」
「さすがに、本人の勘違いを疑うべきじゃない?」
篠原は呆れたような顔で、慎吾をじっと見つめた。
「人がいいのは分かるけど、さすがにちょっと純粋すぎない?少しは現実的になりなさいよ。」
その言葉に、慎吾は一瞬口をつぐんだ。
「……でも、何か違う気がするんだ。真鍋くんがこんなにこだわるのには理由があると思う。」
篠原はため息をつくと、軽く肩をすくめた。
「はぁ……慎吾がそこまで言うなら付き合うわよ。正直、興味ないけど、放っておくと何かしでかしそうだし。」
「篠原さん……!」
慎吾は驚きと喜びが入り混じった表情を浮かべた。篠原はそんな慎吾の様子を見て、少し呆れながらも微笑んだ。
「まったく、しょうがないわね。じゃあ、どうするの?具体的に調べるって言っても、どこから手をつけるつもり?」
「とりあえず、真鍋くんの解答と返却された答案を詳しく照らし合わせてみたい。そこから何か手がかりが見つかるかもしれない。」
「分かったわ。でも、調べるなら休み時間のうちに片付けるわよ。次の授業に響くのはごめんだから。」
篠原は時計をちらりと見ながら言い、慎吾と一緒に真鍋の席へ向かった。
休み時間の教室で、慎吾と篠原は真鍋の席を訪れた。真鍋は机の上に解答を控えた問題用紙と返却されたマークシートを広げ、深く眉を寄せてそれらを見比べていた。
「真鍋くん、もう少し詳しく見せてもらえるかな?」
慎吾が声をかけると、真鍋は顔を上げて小さく頷いた。
「これが僕が試験中に控えた解答。そして、これが返却されたマークシートだよ。見て分かる通り、答えが一致していないんだ。」
慎吾は真鍋から問題用紙とマークシートを受け取り、篠原と一緒に目を通した。
「本当だ……例えば、この10問目。君の控えた答えは『C』なのに、マークシートでは『B』になってる。」
「しかも1問だけじゃなくて、こういう違いが何問もあるのよね。」
篠原が指摘する。
真鍋は静かに頷いた。
「そうなんだ。僕は時間に余裕があったから、解答を書き終えた後に何度も見直して確認したんだ。それでもミスがあったなんて、どうしても信じられない。」
慎吾は腕を組んで考え込んだ。
「……誰かがマークシートに手を加えた可能性は?」
その言葉に、篠原は呆れたように口を開いた。
「慎吾、さすがにそんなことはないでしょ。誰がそんな手間をかけるのよ。それに、試験中は教師がずっと監督してるんだから、不正なんて無理よ。」
「でも……。」
慎吾は諦めきれない様子で、真鍋の問題用紙を見つめた。
「少なくとも、真鍋くんがわざと控えた解答と違うマークをするなんて考えにくいよ。普段の彼を見てれば分かるだろ?」
篠原はため息をつきながらも、慎吾の真剣な目を見て言葉を飲み込んだ。
「分かったわ。じゃあ、私も一緒に考える。でも、まずはこの状況を整理する必要があるわね。」
「ありがとう、篠原さん。」
真鍋も感謝の意を込めて軽く頭を下げた。
「具体的には、試験が行われたときの状況をもう一度確認したい。真鍋くん、試験中に何か変わったことや気づいたことはなかった?」
慎吾が問いかけると、真鍋は少し考えてから答えた。
「特に変わったことはなかったと思う。でも、強いて言えば、名前を書く時に使ったボールペンのインクが突然切れてしまって、少し手間取ったくらいかな。」
篠原が眉を上げた。
「切れた?じゃあ、その時どうしたの?」
真鍋は少し思い出すようにして答えた。
「えっと……確か後ろの席の三浦さんに借りたんだ。『悪いけどボールペンを貸してくれないか?』って頼んだら、快く貸してくれたよ。」
慎吾と篠原は顔を見合わせた。
「三浦さんがボールペンを貸してくれた……慎吾、それって何か関係してると思う?」篠原が問いかける。
「分からないけど、何か手がかりになるかもしれない。」
篠原は腕を組んで首を振った。
「慎吾、それはただの考えすぎよ。試験が始まる前の話だし、名前を書くためだけに使ったボールペンは、答案の中身と何の関係もないでしょ?鉛筆で書いた解答には影響ないんだから。」
「でも……。」
慎吾は考え込むように視線を下げた。
篠原はため息をつきながら、慎吾の肩を軽く叩いた。
「分からないことを考えても仕方ないわ。それより、次に何を調べるべきか考えましょう。」
慎吾は頷きつつも、何か引っかかるものを感じていた。
「もし答案がすり替えられたとしたら、それができるタイミングは答案を回収したときくらいだよね。」
慎吾が言うと、篠原は少し首を傾げた。
「でも、答案を集めて回っただけで、すり替えなんてできるの?回収する間はずっと他の人が見てるし、そんな余裕があるようには思えないわ。」
「確かに……。」
慎吾は考え込みながら口を閉じた。しかし、どうしても引っかかるものがあった。
「でも、回収して教卓に置くまでの間に何かがあった可能性を考えるべきだと思う。」
「それと……。」
慎吾は言葉を続けた。
「三浦さん、98点だったよね。あの高得点も気にならない?」
篠原は慎吾の言葉に少し驚いたような顔を見せた。
「確かに……あの最後の5点問題、あれを正解してるのよね。あの問題って、教科書にも載っていなくて、授業中に先生が口頭で説明したことを覚えてないと解けない難問だったわ。」
慎吾は目を見開いた。
「篠原さん、それがわかるってことは……もしかしてその問題を間違えたの?」
「ええ、間違えたわ。だから95点だったのよ。」
篠原は苦笑いを浮かべながら続けた。
「それを考えると、三浦さんが正解してるのは確かに意外ね。授業中の態度を見ても、あの問題を解けるほど真面目に聞いていたとは思えないし。」
慎吾は篠原の話に真剣に耳を傾けたが、少し考え込むように首を傾げた。
「でも、マークシートの試験だし、たまたま正解した可能性もあるんじゃない?」
篠原はその指摘に少し考える素振りを見せたが、すぐに首を振った。
「そうかもしれないけど、あの問題は5個の選択肢の中から正解の選択肢を2つ選ぶものよ。当てずっぽうで答えて両方ともたまたま当たる確率なんて低いと思うわ。それに、他の問題の正解率も高いからこその98点なのよね。」
「実は……この問題については僕も正解してるんだ。問題用紙に控えた答えだけどね。」
その言葉に篠原が驚いた顔を見せた。
「え?じゃあ真鍋くんも、ちゃんと授業中に聞いてたのを覚えてたってこと?」
「そういうことになるね。でも、返却されたマークシートではその問題は間違ってるんだ。」
篠原は腕を組み直し、慎吾を見た。
「それじゃ、結局この問題のことも含めて何も結論が出ないわね。ボールペンの件にしても、真鍋くんの方から三浦さんに頼んで借りたんだから、偶然の要素が強すぎる。そうなるとトリックの余地は少ないわ。」
慎吾は篠原の言葉を噛み締めるように頷いた。
そのとき、チャイムが鳴り、休み時間が終わったことを告げた。
放課後の教室。慎吾と篠原は試験の謎について再度話し合おうと残っていた。
「でも、どうしても分からないな……。本当に誰かがすり替えたのか、それとも別の原因があるのか。」
慎吾が机に突っ伏しながら呟くと、篠原が考え込むように口を開いた。
「慎吾、私たちだけで考えていても限界があると思うわ。この件、藤堂先輩に相談してみるのはどう?」
「藤堂先輩?」慎吾が顔を上げた。
「ええ、図書委員でもある藤堂修司先輩よ。先輩はミステリ作家としても活動していて、事件や謎解きの話には興味津々なの。彼ならきっと、何かヒントをくれると思うわ。」
慎吾は少し迷うように視線を落としたが、篠原の説得力ある提案に頷いた。
「分かった。篠原さん、藤堂先輩に連絡を取ってもらえないかな?」
「もちろんよ。だいたいあの人、放課後は図書委員の部屋にいるらしいから、行きましょう。」
篠原が立ち上がり、慎吾を促して教室を出る。静まり始めた校内を進み、図書委員の部屋へと向かった。
図書委員の部屋のドアをノックすると、中から落ち着いた軽快な声が聞こえた。
「どうぞー、入っていいよ。」
篠原がドアを開けると、そこには椅子を倒して足を伸ばし、くつろいでいる藤堂修司の姿があった。二人が入ってくるのを見ると微笑んだ彼は薄く笑いながら、慎吾たちを見上げた。
「おやおや、珍しいお客さんだね。何か面白い話でも持ってきたのかな?」
篠原が簡単に状況を説明すると、藤堂は真剣な興味津々といった表情で頷いた。
「なるほど。試験の点数に不自然な部分があったというわけね。」か。それで、君たちはその謎を解こうとしてる?」
慎吾が深く頷きながら言った。
「はい。返却されたマークシートの解答が、真鍋くんが控えた答えと違っていたんです。それに、篠原さんも指摘していたんですが、三浦さんの高得点も少し不思議で……。」
藤堂は静かに話を聞きながら、手元のノートを取り出し、簡単なメモを取り始め軽く椅子を揺らしながら口元に手を当てた。
「ふーん、なかなか興味深いね。まずは、答案がどう管理されているのか、試験が終わってから返却されるまでの流れをもう一度整理する必要があるね。篠原さん、君はクラス委員だったかな?そのあたりの情報を引っ張ってきてもらえると助かる。」
藤堂は微笑みながら慎吾を見た。
「で、慎吾くん。君はどうする?この事件、君自身が一番面白いと思ってるんじゃないのかい?」
慎吾は少し驚きながらも、真剣な表情で答えた。
「はい。どうしても、真鍋くんの点数の謎を解きたいです。」
藤堂はその言葉に満足そうに頷いた。
「よろしい。じゃあ、僕も協力しよう。君たちの話を聞いてると、これはなかなか興味深い事件みたいだからね。ただし、僕が動くのはあくまで『脇役』としてだよ。主役は君たちさ。」
そう言うと、藤堂は笑みを浮かべたまま、椅子を立ち上がった。
翌日、またも慎吾と篠原が藤堂を訪ねると、藤堂は椅子を倒して足を伸ばし、薄く笑いながら慎吾と篠原を見ていた。
「それで篠原さん、例の管理方法について調べてきたんだろう?」
篠原はメモを取り出し、机の上に広げた。
「はい、調べてきました。試験の終了後、答案用紙はすぐに教員室に回収され、マークシート専用の採点機に通される形です。」
慎吾が少し首をかしげながら質問する。
「でも、マークシートなら名前を書いたところも機械が読み取るんじゃないんですか?」
藤堂が軽く笑いながら割って入った。
「いや、そこがポイントだよ。マークシートの機械は、名前を書いた部分は感知しない。名前は単なる手書きだからね。」
篠原が頷きながら補足する。
「そうなんです。だから、先生たちは回収した答案を出席番号順に並べかえて機械にセットします。こうすることで、機械が読み取ったデータはそのまま出席番号順に点数が並ぶようになる仕組みなんです。」
慎吾が驚いた顔をした。
「出席番号順……それなら、誰の答案かを確認するのは先生が並べ替える段階ってことですね。」
「その通り。」
藤堂は頷きながら指をトントンと机に当てた。
「つまり、並べ替えの段階や、機械に通すまでの間に何かが起きた可能性がある。もしくは、その後のデータ処理で何らかの手が加わったかだ。」
篠原は藤堂の意見に同意しながら続けた。
「ただし、答案自体が返却されている以上、最終的な答案用紙の中身に間違いがないことも確認されているはずなんです。」
藤堂が椅子を揺らしながら、慎吾を見た。
「慎吾くん、ここで君に考えてほしい。誰かが意図的に手を加えたとしたら、その目的は何だと思う?」
慎吾は考え込んだ表情を見せた。
「目的……真鍋くんの点数を改ざんすることが目的だとしたら、真鍋くんに何らかの不利益を与えたかったのかもしれません。」
藤堂は慎吾の答えに目を細めた。
「真鍋くんの点数を改ざんすること……本当に目的はそれだと思ってる?」
慎吾はその問いに言葉を詰まらせた。
「えっと……。」
藤堂は椅子から身を乗り出し、慎吾をじっと見つめた。
「慎吾くん、君は人を疑うことをしない。でも、考えてみな。もし誰かが人為的にやったなら、その目的は単に彼を困らせるだけじゃないはずだ。得をする人間がいないと、こんな手の込んだことはしないんじゃないか?」
篠原も慎吾の顔を見ながら続けた。
「私は、三浦さんが怪しいと思っているわ。真鍋くんの点数を下げることが目的じゃなくて、自分が良い点を取ることが目的だったんじゃないかしら。例えば、真鍋くんの答案と自分の答案をすり替えて、真鍋くんの点数を自分のものにしたとか。」
慎吾は驚き、すぐに首を横に振った。
「そんなのあり得ないよ!こう言ったら何だけど、成績のことなんて気にしてなさそうな三浦さんがそんなことをするはずがない。」
篠原は慎吾の強い否定に少し困った表情を見せた。
「慎吾、私はただ可能性を言ってるだけよ。誰かを疑いたいわけじゃないけど、この状況で考えられることを全部挙げていかないと、何も解決しないわ。」
「よろしい。もう、ほぼ必要な情報は出揃ってるんじゃないかな。一個一個考えていけば大まかな方向性くらいは見えてくる。」
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