第5話 二重の真相
探偵・橘 透の最後の推理
山荘「霧ヶ峰ロッジ」の大広間は、まるで時間が止まったかのように静まり返っていた。
探偵・橘 透はテーブルの上に置かれたブランドバッグを見つめ、ゆっくりと立ち上がった。全員がその視線に引き寄せられる。
「これで全てのピースが揃いました」
橘の声は冷静そのものだ。彼の手にはバッグの中から見つけた保証書が握られている。
「古谷さん、あなたが会社の経費を横領して購入したこのバッグ――これが事件の始まりです」
助手の宮沢 陽菜が驚いた表情で問いかける。
「どうしてですか? 会社の経費が、どう関係しているんですか?」
橘はテーブルに保証書を広げると、静かにその文字を指し示した。
『購入者名義:株式会社◯◯』
「このバッグは会社名義で購入されたものです。古谷さん、あなたはキャバクラに通い詰め、その店で働く女性――美咲にこのバッグを贈ろうとした」
部屋が一瞬静まり、続いて驚愕のざわめきが広がった。
宮沢がさらに問う。
「美咲って……誰なんですか?」
橘はため息を一つつき、淡々と答える。
「美咲――彼女は筆者の妻です」
大広間に一気に重苦しい空気が満ちる。犯人・古谷は顔面蒼白になり、椅子に力なく崩れ落ちた。
作者の愚痴から真実へ
橘は虚空に向かって言葉を紡ぐように呟いた。
「私は気づいたんです。どこか遠くから聞こえてくる“声”――その声が、この保証書の意味を教えてくれた」
<<妻が持って帰ってきたバッグ、保証書を見たら“会社名義”だったんだよな……。こんなの誰が渡したんだよ…。誰か他の男に横領でもさせて貢がせたのか?>>
<<妻のバッグの中に、『CLUB Rouge 美咲』なんて名刺が入ってた。あいつ、俺に内緒でキャバクラで働いていたのか?>>
橘は自分の推理が、いつの間にか“その声”に導かれていたことを自覚し、静かに虚空を見つめる。
「だが、事件の真実を明らかにするのは――俺たちだ」
事件の真相と犯人の告白
橘は再び古谷に目を向け、鋭く言い放つ。
「古谷さん、あなたは会社の金を横領し、そのバッグを美咲――筆者の妻に贈った。だがそれを被害者・高木祐一に掴まれ、脅迫された」
古谷は震える声で反論する。
「違う! 俺は……俺はただ、彼女に喜んでほしかっただけなんだ!」
「あなたの“虚栄心”と“不正”が、この殺人を引き起こした。そして――その事実はもう隠せない」
橘はブランドバッグを古谷の目の前に突きつけた。
「このバッグこそが、あなたを追い詰めた“証拠”なのです」
古谷はついに崩れ落ち、犯行を認めた。
作者の視点――妻の真実と対峙
同じ頃、筆者は原稿を書き終えた後、リビングで妻と向き合っていた。
「……お前、美咲って源氏名で働いてたのか?」
妻は驚きつつも、すぐに目を伏せる。
「ごめん。でも、家計が苦しくて……私が少しでも稼げればと思って」
筆者は深く息を吐き、妻の手を取った。
「隠し事はもうやめよう。俺も、ちゃんと書き続けることで稼ぐ。だから、お前も無理するな。 高い買い物もなるべくやめてくれ。」
妻は涙ぐみながら、静かに頷いた。
物語の評価――現実が動き出す
数週間後――。
筆者の電話が鳴る。編集者の興奮した声が響いた。
「読んだよ! これは傑作だ! ミステリーとしても新しいし、現実と虚構が交錯するテーマが力強い!」
筆者は震える手で電話を握りしめる。
「……本当に?」
「本当だ! 書籍化が決まった。君はもう一度、作家として世に出るんだ!」
筆者は天井を見上げ、深い息を吐いた。
「やっと……やっとだ」
エンディング――物語が現実を救う
筆者の作品「虚実の名探偵」は話題となり、ベストセラーの一角を占めた。印税収入が入り、生活は一気に安定する。
妻はキャバクラの仕事を辞め、二人の時間が戻ってきた。
筆者は机に座り、虚空に語りかけるように呟く。
「お前がいなければ、この物語も、俺の人生もここまで来なかった」
探偵・橘 透の姿が脳裏に浮かび、どこか遠くから言葉が返ってくるような気がした。
「物語を書き続けろ。それが現実を救う力になる。俺たちも物語の登場人物として力になってやる。」
筆者は笑いながらキーボードに手を置いた。
「ありがとう、橘。次はもっと面白い物語を書いてやるよ」
- 筆者が物語を救ったのではない。物語が筆者を救ったのだ。
虚実の名探偵 三坂鳴 @strapyoung
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