第4話 真実の囁き

夜の静寂――二つのバッグ

夜の山荘「霧ヶ峰ロッジ」。寝室の空気は張り詰め、探偵・橘 透は床に置かれたブランドバッグをじっと見つめていた。

鈍く光る革と、金色に輝く「ヴィルティエール」のロゴ。だが橘の目には違和感が宿っていた。


橘はバッグを拾い上げ、表面に触れながら呟く。


「……黒いクラシックデザイン。旧型のモデルだな」


宮沢 陽菜が懐中電灯でバッグを照らし、首を傾げる。


「確かに、最近の新作とは違いますよね。新作はもっと明るい色で、柄も華やかだったはず」


橘はメモ帳に何かを書き留めながら、宮沢に問いかける。


「宮沢、バッグの中をもう一度調べろ」


宮沢はバッグの内ポケットに手を入れ、小さな紙片を引き出した。


「……これは、保証書ですね」


橘はそれを受け取り、目を細めた。


『購入者名義:株式会社◯◯』


「会社……名義?」


橘は声に出して読み上げ、眉をひそめた。


「個人の購入ではなく、会社名義で買われている?」


宮沢が驚いた表情で橘を見つめる。


「高級ブランドのバッグを会社名義で? 経費で落とそうとしたんでしょうか?」


「普通に考えればそうだが、なぜそれがここに残された? しかも、“現場に”だ」


橘は一呼吸置き、目を細めながら保証書を見つめ続けた。



頭に響く“作者の声”

その時――橘の頭に、再び遠くから声が届いた。


<<なんで新作のアイボリーにゴールドの刺繍のバッグが家にあるんだよ……。しかも、見知らぬ会社名義の保証書が入ってたんだよ……どういうことだ?>>


橘の指がピクリと止まる。保証書を見つめる手が微かに震えた。


「……見知らぬ会社?」


その声が、今手にしている保証書の違和感と不気味に重なる。


宮沢が不安げに声をかける。


「橘さん、どうしたんですか?」


橘は小さく首を振り、冷静さを取り戻そうとした。


「いや……この保証書だ。購入者が会社名義――しかも、それが“誰の会社”なのか分からない」


「……現場に残っていたバッグが会社名義? それって――」


「何かが繋がっている」


橘の声には確信が滲んでいた。



二つのバッグ――違和感の正体

橘は再び保証書を凝視し、深く考え込んだ。そして口を開く。


「このバッグは“クラシックブラック”。だが、今の声が言ったのは――“アイボリーにゴールドの刺繍”の新作だ」


「じゃあ、別のバッグがあるってことですか?」


「ああ。どこかに“新作”が存在する。そして、その新作にも、同じ“会社名義”の保証書が関わっている可能性が高い」


橘は手帳を取り出し、被害者・高木のメモを広げた。


『ミサキ CLUB Rouge バッグの件で話す』


橘の表情が硬くなる。


「ミサキ……高木はこのバッグに何か“特別な意味”を見つけていた。そしてそれが――“CLUB Rouge”と繋がる」


宮沢が呟く。


「ミサキって、誰なんでしょう?」


「……今は分からない。ただ、“新作のバッグ”とこの現場のバッグ、そしてミサキという名前――これらが繋がれば、事件の真相に辿り着く」



探偵の決意

橘は保証書を握りしめ、静かに立ち上がった。


「宮沢、全員を大広間に集めろ。そろそろ、事件の幕を引く時だ」


宮沢が頷き、部屋を飛び出していく。


橘は一人、虚空を見つめながら呟いた。


「もう一つのバッグ――お前の生活の片鱗が、この事件に絡んでいるようだな……」


遠くの“声”はまだ微かに聞こえていた。


<<見知らぬ会社名義……何でこんな物が家に?>>


橘はゆっくりと息を吐き、虚空に言葉を投げかけた。


「だが、真実を暴くのは――俺たちだ」

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