第3話 探偵の反抗

静寂に包まれた山荘「霧ヶ峰ロッジ」。寝室の空気は冷え切っていた。


探偵・橘 透は、証拠品のブランドバッグと床に残された滑車を見つめながら腕を組んでいた。手袋越しに触れたバッグの革は妙に生々しい。


「……不可解だ」


助手の宮沢 陽菜がため息をつく。


「橘さん、バッグが気になりますか? ただの“異物”にしては不自然ですよね」


「ああ。高級ブランド品だぞ、こんなものを“うっかり”残す犯人はいない。必ず理由がある」


橘の目が鋭く光る。


<<先月のガス代も滞納していて払えないのに、一体どうしたら良いんだ…。>>


突如として、遠くから聞こえてくる重苦しい男の声。


橘は肩を震わせた。額にじわりと汗が滲む。


「まただ……この声は誰だ?」


宮沢が怪訝な顔を向ける。


「橘さん、どうしました?」


「何でもない。……気のせいだ」


橘は自分に言い聞かせるように答えたが、声はさらに強く耳に刺さる。


<<ガス代の督促状がきやがった。期日までに支払えなかったらガスが止まるってさ。どうしてこうなったんだ……?>>


橘の表情が険しくなる。


「……ふざけるな」


「え?」


宮沢が驚くが、橘は虚空に向かって低く呟いた。


「誰だ、勝手にこの世界に介入しているのは? 俺たちは事件を追っている――お前の生活苦なんか知ったことか!」


物語の抵抗――探偵の抗議

「いいかげんにしろ!」


橘の怒声が部屋に響き渡った。


「このバッグもトリックも――すべては事件のために存在する! どうしてお前の愚痴に引きずられなきゃならないんだ!」


宮沢が橘を不安げに見つめる。


「橘さん、誰に向かって話してるんですか?」


「……分からない。だが、俺たちは“誰か”の意志で動かされている気がする」


橘はバッグを床に叩きつける。


「貧乏だろうが借金があろうが、そんなことは俺たちには関係ない! 俺たちは、事件の真実を追うために存在しているんだ!」


現実への反発――物語の自律

橘はバッグの中からレシートを引き抜いた。「ヴィルティエール 48万円 リボ払い」 と記されたその紙片を睨みつける。


「こんなもの、事件に必要ない! 事件の真実だけを追わせろ!」


橘は叫ぶように吐き捨て、レシートを丸めて床に投げた。


だが、次の瞬間――。


<<どうしろってんだよ……もう払えないんだ……!>>


その声が、壁の隙間から漏れるように響いた。


橘の目が怒りで燃える。


「聞きたくないんだよ、そんな話は!」


宮沢が橘に手を伸ばす。


「橘さん、落ち着いてください! 何が起きているんです?」


「分からない……だが、この世界に歪みが生じ始めている。誰かの生活苦が、俺たちに影響を与え始めているんだ!」


探偵の覚悟――事件への回帰

橘は深呼吸し、落ち着きを取り戻した。


「いいか、宮沢。俺たちは探偵であり、登場人物だ――だが、物語の主役でもある」


宮沢が頷く。


「はい」


「ならば俺たちは、事件の真実を解き明かす。それ以外のことに振り回されるつもりはない」


橘は床に叩きつけたバッグを拾い上げ、虚空に向かって力強く呟く。


「お前の愚痴に負けるつもりはない。俺たちは、俺たちの意志で動く!」


探偵の反抗――宣言

部屋には静寂が戻った。だが、橘の叫びは確かに何かを突き破ったように思えた。


「もう一度現場を調べる。真実は必ずここにある――お前の生活とは関係なくな!」

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