(4)
その夜、雛姫は40度の高熱を出して寝込んだ。
「ごめんね、ヒロ兄。昼間、クーラーにあたりすぎちゃったかなぁ」
定期的に額や腋の下を冷やすタオルを替える真尋に、雛姫は熱で潤んだ瞳を申し訳なさそうにさらに潤ませた。
「気にしなくていい。
「うん……」
弱々しげに頷いて、雛姫はすぐに深い眠りに落ちた。
高い熱を発する躰に
「雛、雛っ。大丈夫か!? しっかりしろっ!」
「痛い、痛いよぅ。おでこが灼ける……っ。ヒロ兄、頭痛いよォ…ッ!」
「待ってろ! いま病院に連れてってやるっ」
タオルケットで雛姫の躰を包んで抱きかかえた真尋は、そのままアパートを飛び出してすぐ近くの個人病院に駆けこんだ。
「すみませんっ! 急病人なんです! お願いします、開けてくださいっ!!」
寝静まった住宅街に、切迫した若い男の声と繰り返しガラス戸を叩く音が響きわたる。真尋は近所迷惑も顧みず、扉を叩きつづけた。真っ暗だった玄関にほどなく明かりが
「はいはい、どちらさま?」
深夜に突然押しかけてきてインターホンを連打し、何度もガラス戸を叩く人騒がせな来訪者に、パジャマ姿の初老の男性が辟易した様子で眼鏡をかけながら薄く開けたドアの向こうから顔を覗かせた。
「夜分にすみません。妹が高熱を出して苦しんでるんですっ。診察をお願いします!」
「あー、急患ね。うちは救急の患者は扱ってないんだけどな。まあいいや、来ちゃったものはしかたない。とにかく入りなさい」
頭が痛いと先程まで泣き叫んでいた雛姫は、いまは真尋の腕の中でぐったりと意識を失っている。躰の熱さと呼吸の速さは相変わらずで、真尋には、これ以上どうしたらいいのかわからなかった。
言われるまま診察台に雛姫を寝かせた真尋は、いったん奥に引っこんで聴診器を首にかけ、白衣を羽織って戻ってきた医師に雛姫の症状をくわしく説明した。医師は、真尋の説明に耳を傾けながらひと通りの診察を済ませると、点滴の準備をしながら言った。
「夏風邪はこじらせると厄介だからね。でも、肺炎も起こしてないようだし、そんなに心配することもないでしょ。小さな子は恢復するのも早いから大丈夫。解熱剤と鎮痛剤も入れておくから、薬が効いてくればすぐに落ち着くでしょう。あとは滋養のあるもの食べさせて、2、3日安静にしてればすぐ元気になると思うから」
「ありがとうございます。お休みのところ、本当に申し訳ありませんでした」
「いやいや、これも医者の努めだからね、しょうがない。お兄さんも随分と慌ててたようだ」
言われて、医師の視線をたどった真尋は、自分が裸足のまま家を飛び出してきていたことにそこではじめて気がついた。顔を赤らめる真尋に、医師は笑いながら立ち上がり、診察室の奥から簡易スリッパを出してきた。
「よかったら使いなさい。使い捨てだから、わざわざ返しにくる必要はないから」
真尋はもう一度深々と頭を下げ、医師に礼を言った。
「点滴は40分くらいで済むから、私はその間、少し休ませてもらうよ。なにかあれば、遠慮なく声をかけてくれてかまわないから。また終わるころに降りてくるけど、よかったらそれまで君も、そっちの隣のベッドで休んでいくといい。妹さんはもちろんだが、君も相当ひどい顔色だよ。なんだったら、あとで君にも栄養剤を打ってあげよう」
医師は、そう言い置いて、病院スペースの奥にある自宅のほうへと引き返していった。
照明をやや落とした診察室に、静寂が訪れる。
静まりかえった室内に、雛姫の寝息だけが小さく響いた。その呼吸は相変わらず浅く速いままだったが、頬の赤みも先程よりはいくぶんやわらぎ、苦痛に歪んでいた表情も穏やかな寝顔に変わっていた。
深い吐息をゆっくりと漏らして、真尋は診察台の枕元に置かれた椅子に座りこんだ。
軽く開いた両足の上に肘を載せ、
雛姫のことでこんなにも取り乱し、動揺している自分が情けなかった。
――おでこが灼ける……っ。ヒロ兄、頭痛いよォ…ッ!
顔を上げるのが恐い。
雛姫の額を見るのが怖ろしい。
目を逸らしても、しっかりと蓋をして
なぜ、雛姫なのだろう。
なぜ、雛姫でなければならなかったのだろう……。
閉め切った室内に、ふわり、と風が流れる。ゆるく、せわしなく、真尋の心を映しだしたかのようにひどく不安定に。
――俺に、いったいなにがしてやれる?
空調のものとはあきらかに異なる不自然な微風に髪を弄ばれながら、真尋は、いつまでもその場に
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