第7話

 翌日早朝に、ラファエルはネーリを駐屯地に送り届けた。

 アデライードがお土産にと用意してあったマフィンを馬車から降りたネーリに持たせてくれた。

「ありがとうございます。いい香り」

「また、いつでもお越しくださいませ」

「ありがとう。ラファエルも」

「うん。また近々連絡する。アデライードがミラーコリ教会を気に入ったようだよ。今度礼拝を見に行くかも」

「僕に声を掛けてください。案内しますよ」

「ありがとうございます。嬉しいですわ。礼拝は好きなので」

 昨日のうちに、駐屯地にはラファエルの屋敷に泊めてもらうということを知らせておいた。別に知らせなくてもいいのだが、自分が怪我をした時のこともあったために、心配させてはいけないと思ったのだ。

「あ~~~~離れたくないなあ」

 ネーリがいなくなった馬車の対面の席に、お行儀悪く足を上げ、ラファエルがぼやいている。隣のアデライードが笑った。

「ラファエル様。あんなに一緒にいらっしゃったのにまだ足りませんの?」

「ずっと一緒にいたいんだもん。神聖ローマ帝国軍だけジィナイースと一緒に寝泊まりして、絵もいっぱい描いてもらって、礼拝もして講義もして、ズルイよ。嫌いになって来た。

ジィナイース。僕も君の絵が欲しいよ」

 唇を尖らせたラファエルに、ネーリは声を出して笑った。

「今の絵が終わったら描いてあげる」

「ほんと?」

「うん。何がいいか、考えておいて」

「分かった! 楽しみにしておく」

「まあ。もう機嫌が直りましたのね」

「うん。もう直ったよ」

「あら」

「ん? うわ怖い」

 振り返ると、この前と同じようにひょこ、と入り口から竜が顔を覗かせている。

「まあ可愛らしい。あの子、ネーリ様が帰ると、いつもああやってお出迎えをするのですか?」

「いつもじゃないんですけど……また来てくれてる。おはようフェリックス」

 笑って手を振ると、金の瞳をぱちぱちさせていた。

「食べられないでね、ネーリ」

「平気だよ。フェリックスはとても優しい子だから」

「見えないなぁ~」

 バササッ、と翼を揺らしている。


「フェリックス」


 声がして、フェルディナントが歩いて来た。

 外に出て、ネーリの姿を見つけると、彼は一瞬笑んだが、すぐにその奥に馬車を見つける。窓辺に頬杖をついているラファエルと目が合うと、何とも言えない表情を見せた。

 フッ、とラファエルは笑んで、御者に合図を送る。

「ネーリ、また連絡する」

「うん。気を付けてねラファエル。アデルさん、ご馳走さまでした」

「はい」

 馬車が向きを変えて、動き出す。

「……あの方は誰です?」

「神聖ローマ帝国軍のフェルディナント・アーク将軍だよ。俺と違って武勲輝かしい軍人殿さ」

「そうなのですか」

 アデライードはもう一度振り返った。

 フェルディナントとネーリは笑い合って、何かを話しているようだ。

「あまりそのように見えませんわね」

「大人しそうな顔をしてても油断できない相手だよ。フランスも無名の若い武将だと侮って、危うくヴェルサイユまで侵攻されかけた」

 ラファエルはアデライードの肩に頭を凭れかけさせた。滅多にしない仕草に、アデライードは目を瞬かせ、笑ってしまった。

「まあ、そんなにジィナイース様とお別れになったのがお寂しいのですか?」

 うん、などと頷いている。

「ラファエル様は本当にジィナイース様がお好きなのですね」

「王妃様に言って、神聖ローマ帝国軍追い出してもらっちゃおうかな~~~いでででで」

 そんなことを言った兄の太腿をぎゅう! とアデライードは抓っておいた。

「そんなことをしたらジィナイース様が悲しまれるでしょう。いくらラファエル様と言えども、ジィナイース様を悲しませるようなことをなさったら、わたくし怒ります」

「分かった分かった僕が悪かったよ。怒らないでアデライード」

 抓られた太腿を擦って痛みを紛らわせる。

「全く君は本当に、僕以上に僕をよく理解してくれてるよ」

 呆れるように、ラファエルは笑った。

「新しいドレスと一緒に、ジィナイースの仮装の衣装を選んでよ。ジィナイースと夜会なんて、久しぶりなんだ。すごく楽しみだなあ」

「【仮面舞踏会】なんて不思議な催し初めてですわ。面白そうです」

 アデライードは初めてのことが社交界ではたくさんあるが、彼女の凄いところは普通の令嬢のように「初めてだから怖い」と怯えない所だった。彼女はいつも、「初めてだから楽しみ」と瞳を輝かせる。ジィナイースもそういう所がある人だった。

「僕は城の人の色んなことを知ってるから君にも教えてあげよう。そうだ、お友達のイアン君も紹介してあげるよ」

「スペイン海軍総司令官の方ですね? 立派そうですわ」

「ううん。全然立派じゃない。いつも元気いっぱい走り回ってて、子犬みたいなやつだから全然緊張しないでいいよ」

「まあ、お兄さま、お口が悪いですよ」

 アデライードは吹き出してしまって、慌てて身を整える。

 向こうから、朝の陽射しが射し込んだ。

 海が黄金色に輝いている。

 美しいですねと話しかけると、ラファエルは優しい声でうん、と頷いてくれた。










【終】

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