第6話 最初の一撃

 黒田の眉がわずかに動いた。虎太郎の全身が黄色の光に包まれ、エネルギーが溢れ出しているのを感じ取った。その瞬間、彼はあることに気づき、内心で舌打ちする。


(しまったーーーーーー)

 肝心なことを教えていなかった。

 間抜けもいいところだ。あまりにも基本的で体にしみ込んでいた事なので、すっかり忘れていた。


 虎太郎は、デバイスが発する機械音声に応えようと必死になりながらも、焦りを見せていた。力が確かにそこにあることは感じている。しかし、それが完全に発現する感覚には至っていない。


「なんでだよ!動けよ……!」


 虎太郎の声が震える。両拳を握りしめ、懸命にエネルギーを引き出そうとしているのがわかる。しかし、まだ何かが足りない。


 黒田は息を深く吸い込み、虎太郎に向かって叫んだ。


「呼べ!!!」


 その声は、これまでにないほど力強く、虎太郎の耳に突き刺さった。虎太郎が顔を上げる。その目には、焦燥と希望が入り混じった感情が宿っている。


「あとは石の名前を呼ぶんだ!その、石の名前は―――!」


 黒田が続けざまに言い放つ。虎太郎の表情が一瞬で変わった。黒田の言葉が、彼の中で燻っていた答えに火をつけたかのようだった。


 彼は深く息を吸い込むと、目を閉じて全身を震わせる。その瞳には、確信と覚悟が宿っていた。


「タイガーアイッッ!!!」


 その叫びは、戦場に響き渡った。まるでその声そのものが適合石に命を吹き込むかのように、虎太郎の体から黄色いエネルギーが一気に噴き出す。オーラが爆発するように広がり、周囲の空気が揺れた。


 黒田は、虎太郎の姿を見つめながら短く息を吐いた。


「やれるもんだな……間に合ったな。」





 虎太郎の叫びに呼応するように、黄色い光が彼の体から溢れ出し、全身を包み込んだ。背中のあたりに妙な感覚が走る。


「……なんだ?」


 振り返ろうとすると、黄色い光が集まり、何か長いものがゆらゆらと揺れているのが見えた。それが自分の体の一部のように自然に動いていることに気づき、思わず声を漏らす。


(これ……もしかして、尻尾なのか?)


 次に、頭のあたりがむずむずし始めた。


「今度は頭か……?」


 虎太郎には、虎の耳のようなものが生えていた。耳の先端が微かに動き、周囲の音を拾っている感覚が伝わる。


「……頭に何か生えてる? 変な感じだ……!」


 体全体に力が満ちていくのを感じた。折れていたはずの足はもう気にならない。むしろ今なら、すぐにでも飛び掛かれそうなほど軽く、強い。


「これが……タイガーアイの力なのか……?」


 息を整えながらも、虎太郎は自分の体に起きた変化を確かめていた。しかし、ふと顔を上げた瞬間、目の前に立つ手力の姿が視界に入る。


 その瞬間、胸が凍るような感覚に襲われた。全身が震え、足元が揺らぐような錯覚さえ覚える。


 今まで感じていた恐怖とは違う――これが「強さ」そのものを前にした感覚なのだろうか。


 肌で感じ取れる圧倒的な力。適合者になったことで、手力の存在がより明確に見えるようになってしまったのか。その恐怖は鋭く、深く突き刺さるようだった。


(これじゃ……どうしようも……!)


 そう思った瞬間、虎太郎の意志はぐらりと揺らぎかけた。足がすくみ、拳を握りしめた手がわずかに力を失う。


 だが、その時、光に包まれる自分を意識した。全身を駆け巡る力――この「タイガーアイ」が、自分を選んだのだ。尻尾が微かに揺れ、頭の耳が動く。それがまるで、自分を支え、背中を押してくれているように思えた。


(信じてみよう……この力を)


 虎太郎は静かに目を閉じ、光の中で深く息を吸った。そして、次の瞬間、目を見開いた。


「いや……あれこれ考えても仕方ない!」


 拳を握りしめ、地を蹴る。


「むしろ考えないほうがいい! まずはあいつを――――!」


「ぶん殴るっっ!!!」


 拳が手力の腹に叩きつけられ、衝撃が鈍い音を響かせた。

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