第7話


分かっていたことだったが、まさか強引に母屋に引き摺られてまで、こんな扱いを受けるとは思っていなかった五十鈴は悔しさから唇を噛んだ。


(……こんなところ、大っ嫌い)


土に汚れた顔を拭いながら五十鈴は心の中で呟いた。

一番嫌いなのは誰にも必要とされず、何もできない自分自身だった。


(私は、何のためにこんなところにいるの……?)


声を上げることなく、ポタポタと頬に伝う涙を拭うことも忘れて雑草に手を伸ばして引き抜いていく。

結局、こうして従うことしかできない自分が嫌になる。


朝から何時間そうしていただろうか。

使用人が縁側に水や軽食を置いては一言声を掛けてから足早ゆ去っていく。

結局、肌寒くなり朱音に「もういいわ」と声を掛けられるまで五十鈴は草取りを続けていた。


次の日も、また次の日も五十鈴は外に放り出されては母屋の周りの雑草を片付けていた。

どうやら母屋の中には入られたくないようで、こうして外にいる分には乱暴に扱われることはない。

土で汚れていては触れたくはないのか近づいてはこない。

縁側で見て笑われているだけならば、まだマシだろう。


(あと五日……)


だが離れに閉じこもって風也の世話をしているよりは、こうして外の空気に触れている方が気が紛れる気がしていた。

今日は母屋の裏の草や掃除を命令されていた。

時折、別邸の使用人が様子を見に来ては去って行く。

恐らく、朱音に五十鈴が手を動かし続けているか見てこいとでも言われたのだろう。



そんな時、草と草の間に白い影が見えた。

五十鈴は気のせいかとも思ったが、その場所にもう一度視線を送った。

やはり草はカサカサと音を立てつつ揺れている。


よく目を凝らすとそこにはツルツルとした長い体と赤い目をした綺麗な白い蛇の姿があった。



「蛇……?」



五十鈴がそう言うと、蛇はチロリと細い舌を出した。

何故、ここに蛇が居るのかが気になったが、朱音に見つかっては間違いなく殺されてしまうだろう。

蛇はすごい速さで草陰へと身を隠してしまったが、ひょっこりと顔を出して五十鈴の様子を伺っているように思えた。

初めて見る蛇に興味津々だった。



「こんな所にいたら見つかってしまうよ。早くお逃げ」



話しかけても答える訳もないと分かってはいたが、可愛らしい姿に癒されていた。

蛇を観察しながら和んでいた五十鈴だったが、ふと記憶の中にある母の言葉を思い出す。


『五十鈴……蛇を呼んで』


しかし五十鈴は蛇を呼んだ覚えはない。

もしかしたらこの蛇が五十鈴を助けてくれる蛇なのだろうかと考えている時だった。

舌を出しながらこちらに近寄ってきた白蛇は五十鈴の側に駆け寄ってムクリと顔を上げた。


(私の言葉がわかったの……?そんな訳、ないわよね)


しかしつぶらな瞳は真っ直ぐにこちらを見つめていた。

五十鈴は恐る恐る土だらけの手を伸ばした。

すると手のひらの上にちょんと蛇が乗る。

ひんやりとした鱗の感覚が肌を滑る。

少し擽ったくて不思議な感触に笑みが溢れた。



「あなたが私を助けてくれる蛇なの?」



ただじっとこちらを見つめている蛇は何も答えてはくれない。



「ふふっ、こんなに可愛い君には無理だよね」



蛇はチロチロと舌を出し入れしている。



「誰か、私を助けて……お願い」



祈るように呟くと、白蛇は両手から落ちるように地面に向かい、振り返ることなく去って行ってしまった。



「……ばいばい」



とても不思議な蛇だったが、一瞬だけでも友達が出来たようで嬉しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【カクヨム10 短編用作品】蛇と鈴 やきいもほくほく @yakiimo_hokuhoku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画