第6話
「……痛っ」
「今日から一週間、別邸で働きなさい」
「奥様!おやめ下さいませ」
「旦那様がこれを知ったら……」
「うるさいっ!」
朱音が怒りに任せて火を放ったのを見て五十鈴は目を見開いた。
その火が使用人の一人のシャツの袖に燃え移る。
「いやっ、火が……!」
「キャアアァ、水、水を……」
「熱いっ、だれか助けて」
騒ぎ出す使用人達を横目に、クスクスと風美香が口元に手を当てて喉を鳴らす。
五十鈴も水を持ちに行こうとするが、髪を掴まれるような形で引き止められてしまう。
「フフッ、お母様の火が簡単に消えるわけないじゃない」
「……!」
「わたしの邪魔をしたら、あの女のようになるから覚えておきなさい」
朱音の言葉に周囲の使用人達からゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。
先程の使用人がどうなったのかは分からないが、あのままだと火傷を負ってしまうだろう。
「旦那様に告げ口をしたら……ただで済むと思わないことね」
あまりの恐怖に周囲が静まり返っていた。
朱音に髪を無理矢理引かれて、引き摺られるようにして歩き出す。
こちらが躓いてもお構いなしである。
頭を押さえながら五十鈴は顔を歪めて母屋へと続く廊下を歩いていた。
まるで今までの我慢をぶつけるように朱音は五十鈴に辛く当たるつもりなのだろう。
しかし風也という盾が取り払われた今、五十鈴に抵抗するすべはない。
わざわざ証拠が残るような傷をつけるようなことはしないだろうが、酷い目に遭うに決まっている。
自分の無力さをこれほど呪ったことがあっただろうか。
(やっぱり、こうなってしまった……)
母も朱音から五十鈴を守ろうとしてくれたのだろうか。
こうして抵抗も出来ずに苦しんだのだろうか。
だから母もあの部屋から絶対に五十鈴を出さなかったのだろう。
そのことを思い出すだけで涙が出そうになった。
髪を掴んでいた手が離れると、別邸の廊下で五十鈴は崩れ落ちるように倒れた。
前髪を掴み直して頭皮を強く引かれる感覚に顔を歪めた。
そして、朱音の茶色の瞳と視線が交わった。
「ああ……その気持ち悪い金色の目。呪われた目だわ。あの女にそっくりで吐き気がする」
母を馬鹿にするその言葉が許せなかった五十鈴は朱音を睨み返す。
そして珍しく反抗するように口を開いた。
「…………は、なして」
「出来損ないの分際でお母様に命令するなんて信じられないわ。本当、何でこんな女をお父様はお側に置くのかしら…………わたしの方が絶対に可愛いのに」
「ああ、風美香さん。あなたの方が美しく素晴らしいのは当然のことだわ」
「えぇ……お母様の子ですから」
無理矢理、髪を引き上げられて痛みから声を上げる。
グッと近づく顔、殺意がこもった視線が突き刺さる。
そのまま廊下から縁側に引き摺っていき、外に放り出されるようにして体は投げ出された。
ドサッという重たい音と共に体に鈍い痛みが走る。
しかし誰も声を掛けることはなかった。
先程、朱音に傷つけられたのを見ていたからだろう。
まるで汚いものに触れてしまったと言わんばかりに朱音は濡れたタオルを要求してから手を拭った。
五十鈴は地面に突っ伏したまま動けなかった。
「夕方までそこの草を抜いて全部綺麗になさい」
「……!」
「あははっ、いい気味」
朱音と風美香の笑い声が響く。
「せめて、靴を……」
「靴……? いらないでしょう?」
「ふふっ、惨めね」
そう言って二人は去って行った。
生い茂った草は辺りを見回してもかなりの量あるような気がした。
(やっぱりこうなってしまった……)
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