第5話
風也は何度も言い聞かせるように「ここから出るな」と言った。
その言葉が、まるで呪いのように染み込んでいく。
五十鈴は「はい」と延々と返事を繰り返していた。
その日の晩は長めに胸元に光を当てていた。
恐らく長い時間、出掛けるからか体調に不安を覚えているのだろう。
五十鈴も力を使い果たしたのか体の怠さを感じて早めに寝床に横になった。
布団の中に入っても五十鈴は寒さを感じて震えていた。
風也と風雅が出掛けて帰ってくるまで一週間もある。
それまで五十鈴は何事もなく過ごせるような気がしなかった。
(……嫌な予感がする)
そんな五十鈴の予感は見事に当たることとなるとも知らずに自らを抱きしめるようにして眠りについた。
次の日、風也を本邸の使用人達と共に見送った。
隣からはこちらを鋭く睨みつける朱音と、見下すように見て怪しげに笑う風美香の姿があった。
逃げるように離れに戻ろうとするが、五十鈴を引き止めるように紅くて長い爪が思いきり腕に突き刺さる。
「……お、奥様」
「来なさい」
「…………っ」
低く呟かれた声に五十鈴は肩を揺らした。
露出した肌が白くなるほどに爪が食い込んでいた。
しかし何を言われてもここから出てはいけないと風也に指示を出されていた五十鈴は抵抗するように腕を引いた。
しかし朱音は五十鈴の腕を離すことはなかった。
「昨晩、旦那様に……ここから出るなとキツく言われております」
「そんな嘘をついても無駄よ」
「嘘ではありません……!」
「お母様に逆らうつもり?いいから来なさいよっ!」
「……っ」
強引すぎる朱音の行動に戸惑っていると、離れで五十鈴の見張りと世話を任されたのか使用人が二人前に出る。
「奥様、おやめくださいませ!」
「五十鈴様の言っていることは本当です。離れから絶対に出すなと旦那様から言われております」
「……………」
その言葉に朱音が掴んでいた腕の力が弱まり、五十鈴がホッと息を吐き出した時だった。
「……関係ないわ」
力いっぱい掴まれてから叩きつけるように地面に叩き付けられた五十鈴はバランスを崩して廊下に崩れるようにして倒れ込んだ。
使用人達は朱音の乱暴な行動に目を丸くして動けずにいる。
「奥様!やめて下さいませ」
「旦那様に……!」
「はっ、報告してごらんなさいよ。今すぐあなたの顔面と唇を焼き潰して喋られないようにしてあげるわ」
「ひっ……」
朱音の手のひらには真っ赤な炎が浮かんでいる。
喉を引き攣らせた使用人達はそれ以上、何も言えなくなってしまった。
結局は能力があるものに逆らうことが出来ないのが現状だった。
使用人達は震えながらあっさりと身を引いた。
やはり実害が出るとなれば別だろう。
横から「どうしましょう」「旦那様になんて言えば」と怯えた小さな声が耳に届く。
実際、隠されてはいるが朱音の逆鱗に触れた侍女が顔に火傷を負ったという話を聞いた事があった。
そしてもう一つ厄介なのは……。
「わたし達の悪口を言ったら直ぐに聞こえるんだからね」
「……っ」
「お父様にバレる訳ないじゃない。アンタ達が黙ってれば……本当に馬鹿ね」
風美香の神通力である遠くの音まで聞こえる能力だった。
使用人達はこの能力を恐れている。
二人の愚痴を言おうものなら風美香にすぐバレてしまうし、そこから朱音に伝わってしまう。
立ち尽くす五十鈴の香色の髪を掴んだ朱音が何事もなかったかのように歩き出す。
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