第4話

その当主である天逆海 深紅(あまのさまこ しんく)には謎が多い。

わかっていることといえば誰も逆らうことが出来ないということだろうか。

圧倒的な力とカリスマ性でトップに立ち続けているらしい。

各家の当主しか会えないようだが、風也はずっとその呼び出しを病を理由に応じてはいなかった。


代わりに風雅が出席していたが、今回は当主である風也が出席するようだ。

そして風雅も連れて行くということで、五十鈴は嫌な予感をヒシヒシと感じていた。


(お母様がいなくなってから、旦那様が何かに出席して一日中、外出するのは初めてじゃないかしら)


五十鈴がチラリと朱音の表情を盗み見ると真っ赤な唇が微かに歪んでいるような気がした。

風也がいなくなれば、朱音がやりたい放題するのだろう。

風美香も残るとなれば尚更だ。

しかし何の力も持っていない五十鈴に抵抗する術はない。

いつも何気なく庇ってくれる風雅もいなくなれば五十鈴の立場は……。


(何をされるのだろう。怖い……)


五十鈴は震える腕を握りしめた。



「朱音、私が留守の間……天狗木家を頼む」


「勿論ですわ。旦那様」



朱音は任せてとでも言うように胸に手を当てて頷いている。

五十鈴はゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。

すると風也から深いため息が聞こえた。

そして次の台詞で空気が凍りつく。



「それから、五十鈴に手を出すことは許さん」


「……っ!?」


「任せるとは言ったが、勝手はするな」



その言葉に顔を上げて驚き目を見開いた。



「…………。お言葉ですが旦那様、わたくしは何もしておりませんわ」


「私が何も知らないと思っているのか?」


「……!」


「風美香もだ。分かっているな」


「も、もちろんですわ。お父様」



朱音の握られた手のひらが怒りからかブルブルと震えているのが見えた。

五十鈴は再び下を向いた。じんわりと手のひらに汗が滲む。

火が風で煽られて燃え上がるように朱音の中で何かが膨らみ大きくなっているのを感じていた。

風也達がいなくなった後、何が起こるのか安易に想像出来たからだ。



「出発は明日だ。いいな?」


「はい」



風雅は静かに成り行きを見守っていたが、風也の問いかけに頷いた。



「五十鈴、話がある。来なさい」


「…………。はい」


「お前達はもう下がれ」


「……っ、かしこまりました」



風也に言われるまま頷いた。

風雅や朱音、風美香が立ち上がるのを見て五十鈴も慌てて立ち上がる。

早く扉を開けなければならないのに震える足がもつれてうまく動かなかった。

朱音と風美香からは憎しみと軽蔑のこもった視線が向けられていた。

風雅とは視線も交わることもなく横を通り過ぎていく。


隣から「何様のつもり」「わたしが一番なんだから」そんな声が聞こえた気がした。





三人を見送った後、五十鈴は風也の後に続いて歩いていた。

風也が足を止めるのと同時に五十鈴も動きを止めた。

風也の緑色の瞳が細められる。



「アレの言うことは全て無視しろ」


「……っ」


「それと絶対に離れから出るな」


「え……?」



五十鈴はその言葉に大きな違和感を持った。

離れから出るな、と言う指示ははじめてだったからかもしれない。



「絶対だ」


「…………はい」



アレというのは朱音の言うことだろうか。

今までは何を言われても黙っていたが何故今更こんなことを言うのか理由がわからなかった。



「使用人達にもそう伝えておく。ここから絶対に出てはならない……私が帰ってくるまでは」


「はい」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る