第3話
この力を使うことはよくないことなのかと思ったが、風也はそれを喜んだ。
『ああ、やはりな』
同じ言葉でも意味合いは大きく違うような気がした。
母の鈴華は天狗木家の血縁ではないことは明らかだった。
練色の髪に金色の瞳は天狗木家の特徴である黒髪と緑の人見とは真逆なものだったからだ。
不思議なことに、五十鈴も天狗木家の特徴を一切継ぐことはなかった。
それが何故なのか理由まではわからない。
何も見せないように五十鈴はこの地獄のような離れの中で囲われていた。
呼び出されたら金色の光を風也の胸元に当てるだけ。
それだけでも体には疲労感が押し寄せる。
この力は口外してはならない……まるで脅迫のように何度も何度も五十鈴に言った。
こんな生活から抜け出したくとも、いつも風也に見張られているのはわかっていた。
生まれた時からずっとそうだったと思う。
母は何度も逃げようとしたそうだが、ここから出ることも、五十鈴に大切な何かを伝えることも出来なかった。
いつも喉を押さえて何かを伝えようとする母を見ていた。
朱音はその事実を知らない。
故に二人は大切にされているように見えていただろう。
五十鈴が逃げようとしたら果たしてどうなるのだろうか。
風也が五十鈴の力を必要としている以上、殺されることはないだろうが、見えない何かに縛られたまま五十鈴は動けなかった。
(ここは異常だ……)
そう気付いたのは最近になってからだ。
もう普通がなんなのか、五十鈴にはわからない。
ただ時折、どうしても寂しくて苦しくてここから消えてしまいたいと思ってしまう。
(どうやって、蛇を呼べばいいの……? わからないよ。お母様)
硝子の破片を指で摘んで、お盆に乗せながら考え込んでいた。
もう涙も出てこない。
そんな時、ふわりと食器の破片が浮いて次々とお盆に積み上がっていく。
(この力は……)
五十鈴が顔を上げると、そこには天狗木の長男である風雅の姿があった。
一瞬だけ目が合ったが、眼鏡をカチャリと鳴らした風雅はそのまま無言で去っていく。
「あっ……」
五十鈴は立ち上がり御礼を言おうとするものの、背を見送ることしかできなかった。
破片が積み上がったお盆を持って、五十鈴は母屋の使用人の元へと向かった。
離れと母屋が繋がった廊下で用を告げる。
ここまでが五十鈴の踏み出せない小さな世界だ。
淡々と事情を説明してから頭を下げた。
風也の食器を再び取り寄せてもらうためだ。
「申し訳ございません。宜しくお願い致します」
「かしこまりました」
五十鈴は背を向けて歩き出す。
「可哀想に……」「不気味ね」「涙一つ流さないなんて」
そんな声が聞こえた気がしたが、五十鈴はそのまま部屋に戻るために歩き出す。
「戻りました」
五十鈴が頭を下げて言葉を待っていると「入れ」と風也から声が掛かる。
部屋には座って無表情でこちらを見つめる風雅と不機嫌そうに顔を歪める朱音。
そして濃い茶色の髪をくるくると指で遊んでいる風美香の姿があった。
「天逆海(あまのざこ)様から、各家々の当主が呼び出された」
「今回も風雅が旦那様の代わりに出席されるのですか?」
「今回は私も出席するように言われている」
「……!」
「そうですわよねぇ。あの女が死んでから参加してないんですもの。天逆海様だって不思議に思われているはずだわ」
嬉しそうに手を合わせる朱音の仄暗い瞳はこちらに向かう。
天逆海家……アヤカシの力を引き継ぐ家々をまとめる大元だった。
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