僕は希望を持つから、栄光を埋めるんだ

 自らを内省し続けながら帰路についていたら、いつの間にか夜になっていた。


「今日も、眠れないんだろうな…」


 最近はベッドに入ろうとすらしなかった。


 それでも、今日は早朝に無理して起きたからか、予想と反してぐっすりと眠れた。


 いつもは夢を脳が嫌がるのだが、今日は後悔が夢を見せたためため、朝起きたらなぜか涙があふれてきて、


「学校に行こう」


 と、強く決心した。




 下に降りると、久しぶりに母さんの顔。


 思い返してみれば、ひどい親だった。


 子役時代の稼ぎは母さんの贅沢に流れていた。


 それでも、今は僕に責任を感じたからか、父さんに離婚届を突き付けられたのか、朝からパートに励んでいる。


「あら、珍しいわね。今日は学校に行くの?」


 見るからに、僕の機嫌を損なわないように優しく強制の意思を見せないように気遣っている声だった。


 やめてくれ、そんな声で聴かれたらどうしても逃げるだろ。


 同時に、その気遣いが精神患者をなだめるような声だったからか、腹も立つ。


 反抗期の最中だったのだ。しょうがないだろう。


 しかし、朝の涙を僕は許すつもりはないらしい。


「今日は、行くよ」


 そういって歯磨きをしに行った。


 久しぶりにまともに鏡を見る気がする。いつもは鏡なんか見たくなくて、ずっとスマホで動画ばかり見ていたから…


「ひどい顔だな」


 その再認識さえして、学校に行った。


 少しだけ、自己愛が薄れた、清々しい気分だった。


 学校についても、僕に対する蔑みはなぜか聞こえなかった。


 今までは、精神患者を見る目で気分が悪く、幻聴すら聞こえていたのに、結局はそれも清々しい気分が打ち消してくれた。


「久しぶりじゃん。今日は学校に来たの?」


 周りの女子が話してくれる。ただ、舞い上がることはなかった。


「うん。今日からは、また学校に行かないとなって思って」


 まるで生まれ変わったような自分に驚きながら、また周りも目を見開く。


「ふーん」


 そうそっけない返事だったけれど、十分だった。


 貶されないだけ、マシだった。


 次第に、僕の心は少しずつ、承認欲求と似ているようで違う何かに満たされていった。


 それから、僕はまた学校に通うようになった。


 秋の匂いと共に感情が豊穣に実ってゆく。


 まるで生まれ変わったようで、子役の栄光などどうでもよくなったし、コンプレックスも気にしなくなっていった。


 しかし、僕にはまだ心残りがある。


 彼女の誘いだ。


 いまなら、僕は連絡することができる。


 自らの精神さえ回復したのなら、僕はまた咲きほこれるだろう。


 そんな空っぽな自信が個性の渇きを潤すために突発的に行動する。


 深呼吸をして、ゴミ箱から拾った名刺を入力する。


「もしもし?橋本です」


「あの…」


 声が詰まる。あの時と同じだ。


「はい?あの、用件は…」


「ええっと。ごめんなさい。あの、小栗です」


「ああ、んで?なに?」


 あからさまに口調が変化する、声も低くなる。僕は委縮する。


「えっ、いや」


「いたずら電話なら切るわよ?」


 決断は迫る。


「いや、待ってください。あの、ユーチューブ!youtubeやりたいんです」


「…そう。やっとね」


 彼女はそういって深いため息をつく。


「はぁー。もう、なんでこんな時間がかかるかなぁ。まあでも、もう返事は来ないと思ってたからよかったわ。んじゃ、来週の日曜ここ集合ね?」


 彼女の口調が柔らかくなって、またなつかしさがよみがえる。


 あの時と違って、今の自分には心地よいものだった。


「はい!」


 そういって、僕は栄光をまた白楊に封じ込んで、鞄にしまう。





 後日。


「じゃあ、この栄光を種にしてください」


 栄光は、見せびらかすものではない。彼らは栄光を紡ぐのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白楊に栄光 ホランちゃん @Horanchann

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ