内省は大事。いやな気分にしかならないけど…

 少し早めについたが、彼女は既にそこにいた。


 見たところ、綺麗で細身だけど、何か見覚えのあるような姿をしていた。


 念のため、DMで確認してもどうやら彼女のよう。


「あの、小田さんですか?」


「はい。そうですが、なぜ名前を?」


「え、いえ。私が小栗。あの子役です」


 何故か、僕は自信満々にそう答えた。


「えっ、嘘。本当に?」


 彼女はなぜか急にため口になった。


「え、僕たちって、いつかあったことありましたっけ」


「ああ、覚えてないか。あんたあれだもんね。ネットでさんざん過去の栄光掘り返して。芸能活動も停止したし、でもまさか、こんだけとは思わなかったわ」


 そんなことを初対面で言われた僕は動揺する。


 それだけでは終わらず、じきに必至に考えたファンサも、すべて忘れて怒りに代わってゆく。


 瞬時に、ネットと現実が混合したような気がした。


「え?初対面ですよね?やっぱり、貴方も僕をオワコンだって言うんだ。ごめんなさいね!こんなに豹変して、がっかりしましたよね!もうほっといてください。こんなデブで惨めで不細工な僕なんか…」


 でも、言ってしまうと。自分でも、何故か恥ずかしくなって、無性に死にたくなってしまった。


 それは、自らの不甲斐なさと惨めさもあってのものだろう。


「ああ、ごめん。質問に答えてなかったわ。あたし本名は橋本っていうのよ。ほら、あの子役の、あの作品で一緒に恋人役やったでしょ?」


 僕は表面だけを汚した栄光の箱の中身を探る。


 すると、顧みた瞬間、様々な記憶と経験があふれ出し、それとのギャップに、彼女どころではなくなってしまう。


 自然と、死にたい気持ちとなつかしさで涙が出るが、彼女の記憶を優先した。


 すでに精神が参っていた僕にとって、逃げずに会話を試みたことをほめたい。


 怒りなれたからか、瞬時に声は聞こえないほどに小さくなって。


「あ、ああ。そうだった。貴方に似ていると思っていたんだ。そうか…」


 言葉が詰まる。でも、精神が参っていた中で、初めてまともな会話をした気がする。


 自己愛にまみれず、承認欲求と性欲にあらがえた気がする。


 心境の変化が激しすぎて、僕の口は空いたまま。


「あんた、泣いてるの?てっきり怒って帰るのかと思ったのだけど。よかったわ。精神科に入院する必要はなさそうね。」


 彼女はさっきまでの呆れた表情を、元には戻してくれなかったが、少しだけ視線が暖かくなった気がした。


「それで、今日会った理由なんだけど。あたしさ、やっぱ芸能活動が子役からうまくいってなくて。そこでね、あたしも結構トラウマとか、コンプレックスとかあってね。趣味も特技もないから、もう芸能活動を続けることができなくて。そこで、あんたを思い出して、ネットで検索してみると結構暴れてるみたいじゃない。」


 僕はしばらく固まっていたが、時間差で反応する。


「え?僕はサブ垢で…」


「バレバレよ。ファンが減ったのも、アンチが増えたのもそのせいでしょ?馬鹿なの?」


 少し、またイラっとした。それでも、今はすぐに感情に塗りつぶされる。どうせ、また恥ずかしくなるだけだ。


「そこで、あんたほどじゃないけど、私も結構人生生きていける気がしなくて、そこでね。一緒に芸能界に復活するためにコンビを組まない?っていう話。どう?」


「どうって、何をするのさ」


「具体的には、元子役の人生再構築の努力や日常を記録したエモい感じをテーマにしたやつ」


 僕のだらしなさを肥料にするという事かと、ネット特有の訝しみをもってしまう。


 大勢に自らの状態を出したら、どれだけ叩かれるだろう。


 現代人は砂糖らしい毒は舐めるくせに、毒らしい塩分は異常に嫌悪する。


 それは、ネットにまみれ、現世を自ら拒絶された現代以外に生まれない人種には特に色が出ていた。


「いやだ!」


「はぁ?」


 彼女はあからさまに予想外という顔をする。


「こんな姿を見せたら、僕はいよいよ叩かれる。ただでさえ、僕はもうこんなに死にたい気分なのに…それを貴方はわかっているんですか?」


 しばらく、彼女は考えるしぐさを見せるが、諦めたのか僕に一枚の分厚い名刺を渡してきた。


「じゃあ、これ。私の連絡先渡すから、気が変わったら連絡しなさい。まあ、あんまり時間かけないでね?別の探すかもしれないから」


 そういって、颯爽と背中を見せて駅のほうへ向かう彼女を見ていたのは、栄光をもう一度つかもうと必死に試行錯誤していた少なからず輝いていた彼女を見ていたのは…堕落と共に栄光を掴むことすら億劫になって、そのくせ過去の栄光ばかり語る精神患者だった。


 きっと、こんな惨めな状況を脱却するチャンスをまた自らの保身と堕落でつぶしたことをまた毎晩後悔するのだろう。


 薄々僕にはわかっていたはずだ。本当なら、僕にも少しだけ、ほんの少しだけ彼女を引き留めようとする心持があったはずだ。


 きっと、彼女も僕を選んでくれて、僕に期待して、引き留めてくれることを強く望んでいたはずだ。


 それを、僕は踏みにじった挙句に激昂して、あからさまに情けない姿を見せて、無駄な希望を見させて…

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