推しvtuberを脅して言うことを聞かせる話

らんら

①君の家まで

『ふふっ、気持ちよかった? ……そう、ならよかった。それじゃ、今度は右側しよっか。はいっ、ごろーんして?』



 布がこすれる音が聞こえてから、左側の耳に耳かき棒が入れられる音が聞こえてくる。そしてまた、『かり、かり、かり、かり』という擬音をつぶやきながら、彼女は私の耳の中をゆっくりと掃除し始めた。



 私はその音を聞きながら、目の前にあるノートに参考書の回答を写していく。いつもは重く感じるこのシャーペンも、クルルちゃんの耳かきasmrを聞きながら動かすと羽のように軽くすらすらと動く。



 今勉強のお供に聞いているのは、昨日放送していた私の最推しvtuberである『天王クルルちゃん』の配信だ。


 

 クルルちゃんは去年から頭角を現しているvtuber事務所アップデートの二期生で、一年前。つまり、去年の6月ぐらいにデビューをしたまだ新人といってもいいくらいのvtuberだ。


 

 キャラコンセプトは魔王で、真っ赤な瞳と腰まで伸びた癖一つない白い髪。『まだ生まれて100年しかたっていないから成長期が来ていないだけっ!!』といつも説明しているロリボディが特徴的な可愛い女の子だ。



 そして、そんな見た目にばっちりな少し舌足らずで幼い声が最高に可愛い。本人はいつもコンプレックスだと言うが、このロリボイスがコンプレックスなんて贅沢な女だ。この声の可愛さだけで魔王軍くらい統べれるだろ普通に。



『よしよーし……お姉ちゃんが綺麗にしてあげますねー』



 しかも、もうすでにハイパー可愛いのに性格まで可愛い。普段はまじめで努力家な子だが、ことあるごとに自分が大人なお姉さんだということを証明してこようとする。この耳かきasmrだって、リスナーたちに耳かきする人は大人っぽいという嘘から始まったものだ。



『どう? 気持ちいい? おね』



 突然、キーンコーンカーンコーンとチャイムの音が鳴りクルルちゃんの美声が聞こえなくなってしまった。もうこんな時間かと思いつつ、顔を上げてあたりを見渡してみると、外は夕焼けのせいで赤くなっていた。



「やっぱり。早く帰らなきゃ」



 さっと椅子を引き、数秒前に使っていた参考書と筆記具を急いで鞄の中に詰め込む。そして、さっきまで視聴していたアーカイブをいったん止めて教室から出ようとする。早く出ないと、教室の鍵の返却時刻を過ぎてしまう。



 しかし、近くの扉に手をかけた時。前についている扉がガラガラと音を立てながら開かれた。   



「あ、やっぱりいた。さすが優等生」



 入ってきた女性は、このクラスの担任である八雲咲夜先生だった。そして先生は優しい笑みを浮かべながら、トコトコと私のほうに近寄ってきた。



「いつも偉いね。有栖川さん」

「いやいや、そんなことないですよ。ただ、勉強についていくのが大変で」

「そんなことないでしょ? 入試で満点とったの、歴代で有栖川さんだけなんだから」



 と先生は言っているが、所詮偏差値70もない私立高校の中での一位だ。こんなレベルで満足できるわけがない。

 


「いつも偉い有栖川さんに、先生からのナデナデをプレゼントしますっ!!」



 しかし先生は、私が放課後勉強しているところを見るたびにこんな風に頭を撫でてくる。

 やっと最近慣れたてきたが、ごくまれに抱き着かれながら頭を撫でられるときがある。その時だけは恥ずかしさで死にそうになる。



 そんな距離感が近めな八雲先生はいつも優しく、明るく、それでいて悪いことをしたらしっかりと注意してくれる。まさに教師の鑑のような先生だ。



 母性を感じさせるおっとりとした優しい声が特徴的で、少し垂れ目で実年齢よりも幼く見える可愛い顔に栗色のボブカットが超似合っている。しかも、校内で一、二を争うほど大きな胸。どこを見ても羨ましいと思ってしまう要素しかもっていない。



 そんな完璧な美女として生まれてきたせいで、この前クラスメイトたちがしていた校内エロい女ランキングで一位に輝いていた。ちなみに二位は私だった。あの時はさすがに、クラスメイトがきもくて愛想笑いすら出なかったことを覚えている。



 というか、何で女子校なのに校内のエロい人を決めていたんだろ。それもよくわからないし、私がいるところで私の順位を発表するところも理解できない。



「おーい、有栖川さん!」

「あっ、すいません。ぼーっとしてました」



 変なことを思い出していたせいで、先生の呼びかけに返事するのを忘れてしまっていた。慌てて思考を先生のほうに戻し、話を進めてみる。



「そういえば、何か用事でもありました? もしかして、鍵の返却時間過ぎてました?」

「いや、鍵の時間は大丈夫」

「ん? なら何か用ですか?」

「有栖川さん、周防さんって覚えてる?」



 申し訳なさそうな表情をした先生も可愛いなぁと思いつつ、頭の中にいる周防さんに関する記憶を探ってみる。周防…………



「あ」



 思い出した。周防芽里紗さんだ。うちのクラスの端に机がある子で、あの漢字でメリッサと呼ぶキラキラネームの子。


 

 周防さんはうちのクラス唯一の不登校児で、ごくまれに登校してくる。この前に見た時は、確か今から一か月前の中間テストの日だ。テスト用紙で切った指に絆創膏を貼ろうとして保健室に行くと、保健室でテストを受けている周防さんを見た以来見ていない。



 少しだけ話してみたが、見た目も性格も不登校になりそうだなぁって感じの子だった。顔が見えないほどのぼさぼさヘアーが尾てい骨まで伸びて、サイズ違いのしわくちゃセーラー服。スカートもいじっていないし、スリッパを履いていたため見えていた靴下も穴が開いていた。



 性格は内気で、こっちが話しかけてもおどおどして「あっ……」とか「そのっ……」と言って口ごもる。笑い方も変でザ・オタクって感じだし、声の抑揚や話すスピードも話慣れていない人のものだった。



「周防さん? ってあの周防さん? 不登校の」



 また長い思考のせいで先生を困らせてはいけないと思い、会話のつなぎとして確認を入れてみる。

 そうすると先生は顔を縦に振ってから、肩にかけている鞄の中からファイルを一枚取り出した。その中には、所々赤いしみがついているプリントが入っていた。



「そう、その周防さん。それで、今日は中間の答案用紙を返しに行こうと思ってたの。でも先生、この後会議が入っちゃって……だから、家が近い有栖川さんに届けてもらいたくって」

「……」



 えぇめんどくさ……本当はこの後すぐに家に帰ってご飯を済ませ、7時からあるクルルちゃんの配信をリアタイしたかった。あと私、ああいう性格の子と話すの苦手。オタクちゃんやオタク君は何を言ってもどもるし、ちょっと優しくするとすぐ勘違いするからめんどい。



 これまでの経験上、こういう面倒ごとに足を突っ込むと疲れるだけだと読めている。だから申し訳ないが、目の前に立っている先生の目をしっかりと見て断りを入れようとした。 



「あの」

「だめ?」


 

 私の声と先生の声が重なった時、右手が柔らかく温かいものに包まれた。何が起きたのか理解する間もくれず、先生の顔がぐっと近づいてきた。しかも、私よりも身長が小さいせいで上目遣いになっている。



 そして何故か、両手で私の右手をサスサスと撫でまわしてくる。何そのエロい手つき、勘違いしちゃいそうなるからやめてほしいんだけど。



「面倒だとは思うけど、どうしても今日渡したいのっ!」

「あのっ、先生。その前に手を……」



 本当はそのすべすべおててで一生私の手を触っていてほしかったが、これ以上されると本当に勘違いしそうになるのでいったんやめてもらうことにした。



「あっ! ごめんごめん。有栖川さんの手が気持ちよくて夢中になっちゃった」


 

 …………恥ずかしそうにはにかみながらそんなこと言うなよ!! 本気にするぞ私! というか、狙ってるでしょ先生っ!!


 

 こんな言動をいつもしているせいで、定期的に告白されたりエロイ女扱いされるんだ。そういうとこがダメだってわからせてやらないとな。



 なんて体のいいことを思いつつ、変な気持ちにさせてきた罰を先生に与えてみる。



「先生。いってもいいですよ」

「ほんとっ!? ありがとう!」

「いえいえ、でも、報酬はもらいますよ。ただ働きなんてしたくないので」

「え」


 優等生ぶることが三年間の目標だったが、この人といいことができる可能性があるなら少しくらい目標を甘くしてもいいだろう。それに、先生も言いふらしたりするような性格じゃないし。



「有栖川さんもそんなこと言うの?」

「ん? ほかの子にも言われるんですか?」

「うん。なぜか知らないけど、大抵の子は私の用事を手伝ってくれた後に報酬を求めてくるの。もちろん、そんなのあげたことないけど」



 やっぱり、みんな先生の言動のせいで邪な感情にやられてしまうのか……恐ろしい人だ。あと、報酬はもらえないのか。ただ欲をさらけ出しただけになってしまった。恥ずかしい。

 


「でもそうね……」



 何もくれなさそうだし素直に手伝うかと思っていたところ、先生は何か考えるような素振りをしながらぽつりとつぶやいた。



「いつも真面目に頑張っている有栖川さんには、手伝ってくれたお礼として何か一ついうことを聞いてあげましょう!」

「えっ!?」



 どやっとした顔で堂々と言い張る先生。そんな表情も可愛くて素敵だ。

 それに、なんでも一ついうことを聞くだって? 冗談のつもりだったが、そんなご褒美を貰えるなんて。断る理由がなくなってしまった。



「わかりました手伝います! その代わり、どんなお願いをしても断らないでくださいよ?」

「金品とかは送れないけど、他のことなら断るつもりはないよ」


 

 自分の魅力を自覚していない悪い先生を懲らしめるために、私はプリントの入っているファイルと住所の書いてあるメモを受け取ってから。

 


「それじゃ、渡してきますね」



 と言って、走って行こうとした。



「えっ、ちょっ、ちょっと!! ストップ!」

「あ」



 しかし先生はまだ私の手をつかんでいたため、先生を引っ張られるように廊下まで出てしまった。というか、いつまで触ってるのこの人。



「えへへ、ごめんごめん……離すの忘れちゃってた……」


 

 今日見た中で一番赤く染まっている先生の顔を見て、この人の可愛さにまたやられそうになる。明日絶対に言うこと聞かせてやると思いながら、掴まれていない左手を振って先生に別れを告げる。


 

「それじゃ、行ってきます」

「ありがとうっ! 報酬考えといてね!」


  私の手を二、三回さすってから先生は、手を放して一目散に廊下を走っていった。

 


 そしてその後姿が消えるまで眺めてから、周防さんの家に向かった。


………………


「疲れたあぁ……」


 確かに自宅からは近かった。でもそれは、私の家から近いという意味であって、駅から向かうと歩いて30分以上かかった。

 そしてたどり着いた周防家は想像していたよりも大きく、それでいて新築のような綺麗さを保っていた。



 しかし、二階の一室以外の窓にシャッターが下りていて、人が生活しているような感じはしない。それに、唯一シャッターが下りていない部屋も明かりがついておらず、本当にこの家に周防さんがいるのかどうかわからなかった。



「本当にいるのかな……」



 わからないがとりあえず、インターホンを一度鳴らしてみた。

 しかしやっぱり、人がいないのか家の人が反応してくれることはなかった。

 

 

 こういう時に私は、三回まではチャレンジするタイプなのでもう一度インターホンを押してみる。まぁ誰も出ず失敗。

 三度目の正直でもう一度押してみるが、まぁ案の定失敗。



「えぇ……せっかく来たから周防さんの顔見たかったのに」



 苦手なタイプだけど、どんな顔だったか思い出すために久々に見たいと思っていたのに。この様子だと家から出てくることはなさそうだった。

 残念と思いながらポストにファイルを入れようとした。



「うわっ、なにこれ」



 荷物を入れようとポストにを開けてみるが、ポストの中にはチラシや旅行のパンフレットとかで溢れかえっていて、ファイルを入れられるような状況ではなかった。



 ファイルを玄関の前において帰るわけにはいかないし、チラシやパンフレットを勝手に捨ててスペースを作るわけにはいかないし。今日は帰って後日また来るしかないか……でも、後日来たところで、この様子だとポストが空になっているなんてことはないんだろうなぁ。



「うーん………………」  



 行儀が悪いと思いつつ、歩いた疲れを癒すために扉を背もたれにしてこれから如何しようか考えようとした。



「うわぁっ!!」



 しかし扉にもたれかかった瞬間、私を家の中に誘うように扉が後ろに動いていった。そして。



「お、お邪魔しまーす……」



 扉と共に周防さんの家の中に入ってしまった。



 どうしよう……ファイルを渡せる可能性は高くなったけど、それ以上に不審者として警察に渡される可能性が高くなってしまった。



 いやでも、不法侵入には変わりないけど、ちゃんと戸締りしない周防さんが悪いよね? それにここで私が入ってきたおかげで、この先起きるかも知らない犯罪を防げたと思うと、私は逆に感謝されるべき存在だと思う。



 なんて不法侵入について色々と正当化しながら、とりあえずさっき外から見えた二階の部屋に向かう。玄関とかリビングはちらっと見たけど、どこも電気がついてなかったので今は家族はいないみたいだ。



 なるべく音を殺して階段を上る。そして辿り着いた二階には部屋が四つ存在している。しかもありがたいことに、うち三つは電気がついていなかった。

 そして残りの一つは扉が完全に閉められている。防音に優れているみたいで、中から物音が聞こえてくることはなかった。



「す、すいませーん」



 閉められた部屋の扉をノックし、中にいる人に声をかけてみる。しかし聞こえていないのか、返事が返ってくることはなかった。



「失礼しまーす……」



 さっきみたいに何回繰り返しても出てこないだろうと思い、今回も無断で侵入してみる。

 


 部屋の中は大きくて思っていたよりも綺麗。というより、物が少なすぎて綺麗に見えるだけだった。右手側の壁一面が本棚になっていて、そこに教科書や漫画などがぎっしりと置かれている。

 そして目の前には、大きい白色のゲーミングチェアと木製L字デスク。デスクの上にはデスクトップと、ゲーミングチェアからちらりとはみ出て見えている二枚のモニターが置いてあった。



「おーい。すお」

「あーもうっ!! また負けた!!」

「…………え?」



 入った瞬間、ゲーミングチェアの奥から聞こえてきた声に心が奪われてしまう。



 濁り一つなく透き通っていて、何処の誰が聞いても100%可愛いと答えるほどのロリボイス。しかも少し舌足らずで、発音がままならない所も声の可愛さを更に加速させている。



 そして、私はこの声を聞いたことがあった。いや、聞いたことがあるなんてレベルじゃない。もう脳みそや遺伝子、体に深く深く刻まれるレベルで聞き込んでいる。



 そんなわけがない。こんな事あっていいわけがない。



 衝動に任せて、ゲーミングチェアまで走って行く。そして逃げられないように体で椅子を固定し、のぞき込んでみる。



 モニターには、天王クルルちゃんの立ち絵とゲーム画面、サブモニターには配信画面が映し出されていた。


 

 そしてゲーミングチェアには、何故か天王クルルちゃんに似た少女が座っていた。




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