第3話:感情の一切をきつく絞って

 「鉢屋先輩!今年はトリュフチョコ作りました!」


 「頑張ったのね。褒めてあげる」


 差し出された手を握り返して、鉢屋は袋入りチョコを俺に手渡す。俺はそれを段ボールに入れた。


 「私は生チョコです!」


 「凝ってるわね。ありがとう、いただくわ」


 またも鉢屋が握手し、俺が受け取り段ボールへ。


 「お、俺板チョコなんですけどいいっすか?」

 

 「良いじゃない、好きよ。美味しいわよね」


 握手、受取、次は紙袋に。

 まるでアイドルの握手会か年貢の奉納。

 しかし、他でもないチョコ受け渡しの光景である。


 中高一貫である我が校には、3年の2月だろうと出校日が普通にあり、俺らもバレンタインの空気を享受できる。


 鉢屋には、自他ともに認める美貌と精神性故の、中高を跨いだファンクラブがある。そのため毎年大量のチョコレートが持ち込まれるのだ。普段は長時間の会話を避ける鉢屋だが、チョコを貰った瞬間は搾取している状態にあたるため、普通に話せるのだとか。


 そして俺は、鉢屋の隣で搾取され続けている。

 具体的には大量に来るチョコレートの手作りor既製品の仕分け、個数及び賞味期限の確認、お返し用の名簿作成を延々と行う。


 「真っ直ぐ並んで名簿に名前を記入してくれよー」


 そう言いながら俺の物じゃないチョコの仕分けをするのは、凄まじい虚無感だ。同級生を推すとか俺には分からない感情なのだが、こうして長蛇の列ができている以上、需要は確かにあるらしい。

 

 それはそうと、作業に忙殺されている事実に苛立ってくる。

 ファンクラブでやれよ、事務作業くらいは。そもそもファンの奴らは、バレンタインの時だけ話す鉢屋に対して、そして隣で搾取されている俺に対して疑問を抱かないのか。

 ふと気が付き、一瞬手が止まった。

 

 「……逆か」


 取り違えた既製品チョコを、紙袋に詰め直して呟く。


 そう逆だ。

 そもそも、鉢屋に触れ合うとそんな考えに至れないのだ。鉢屋の人格に、人柄に触れれば触れるほど、能力が存在しているだなんて気がつけない。

 何しろ幼馴染の俺すら気づかないほど鉢屋は能力に順応している。鉢屋の人格を認めれば認めるほど、『尊大だが芯のある人間』に見えるのだろう。


 

 二物を天に与えられようと、使いこなせる人間などほんのひと握り。



 高飛車だと思っていたが、鉢屋は最初から精神的な高みにいたのだ。


 「こんなに沢山、無理はしないでって去年も言ったでしょう?ありがとう」

 「お返し期待しててね。既製品だけど私が渡すから付加価値があるわ」

 「来年はそちらに行きますから、近くなって良いですね。先輩」

 「先生、この美しい顔に免じて補習は勘弁を……なりませんか……行きます……」


 後輩、同級生、高等部の先輩、挙句の果てには先生にも、変わらない態度で握手を交わす鉢屋。作業しながら見るその背中は、普段より大きく見えた。


 己の能力に向き合い、線引きし続けた孤独の中で生きてきた鉢屋も、俺が人柱となれば少しはマシになるだろうか。

 鉢にくっ付く擦り胡麻のように、絞られて付着してきただけの俺には分からない。


 悶々と思索しながら、結局二時間ほどをチョコ仕分けに費やした。


 



 「いやあ、絞ったわ!」


 「バレンタイン後の台詞とは思えねえな」


 俺ら以外残らず帰った教室で、段ボール3つと紙袋8つ分のチョコレートを眺める。これが特に芸能人でもない個人に送られているのだから、驚くしかない。

 これも人徳のなせる技かと、感慨に耽る俺を他所に、鉢屋はいそいそと帰る準備を始めていた。


 「なんだ、急ぐのか?」


 「そうだけど。……あんたも早く準備しなさい」


 目も合わせずにカバンを背負い、紙袋を掴む。いつもと特に変わりないはずだが、今日は妙に焦っているように見えた。そんなことを言っても、俺の予測の範疇を超えないのだが。


 「急だな。これから別に予定もないだろ?」


 「いいじゃない、こんだけ大量なんだしさっさと帰るわよ」


 「バレンタインも終わったしいいだろ?」


 「バレンタインはまだ終わってないの!」


 そう言ってつかつかと教室の外に向かっていく。

 鉢屋はやはり何か急いでいる……というか、焦っている?ように見えた。しかし、その理由が検討もつかない。

 疑問を抱えたまま荷物を準備していると、後ろの扉がガラリと開いた。


 「よ、良かった!まだ居たんですね!」


 そこに立っていたのはおそらく一個下の女生徒、

 

 「せ、先生に怒られてたらすっごい時間かかっちゃって!まだ間に合いますか?」


 息を切らしながらラッピングされたクッキーを掲げた。


 「おう、大丈夫だぞ」


 「良かった!直接お渡ししたかったんです!」


 耳まで真っ赤にして、震える声で彼女は言う。俺を挟んですらこの反応とは、余程熱狂的な鉢屋ファンらしい。


 「じゃあまず名簿に名前を、次に手作りのやつは……」


 そこまで言うと名簿を見ていた視界に、クッキーが横はいりしてきた。彼女は、あろうことか俺の目の前にクッキーを突き出したのだ。


 「これ、当木先輩にです!今年も作ってきちゃいました!」

 

 「……今年も?」

 

 当惑しつつ受け取り、視線をクッキーと彼女の顔を行ったり来たりさせた。そんな情けない俺にも、彼女は花のように笑う。


 「去年も忙しそうでしたからね!それでもお返しちゃんとくれて、ありがとうございます!」


 「あっ」


 その一言が引っかかり、ようやく思い出した。去年のチョコは『ほぼ』鉢屋のものだったことを。

 忙殺されすぎて流れ作業で捌いていたら、最後の最後1個だけ残ったチョコレートの宛先が俺だったので心底驚いたのを思い出した。

 去年の俺の対応の雑さとそれを今まで忘れていたことに、途方もない程申し訳なさが込み上げてくる。そうだ、バレンタインとはもとより『そういう日』だった。


 「……そうだった。本当に去年は申し訳ない」

 

 「いいんですよ、思い出してくれれば!次は私も鉢屋先輩くらい立派になって来るので!」


 その子は、教室を出る一歩手前で踏みとどまっている鉢屋にも笑いかける。鉢屋はこの子が来てからずっと、こちらから目を背けている。というか、帰る準備をした段階から、俺を向いていなかった。

 

 「……次は私にも頂戴ね。正直妬いちゃうわ」

 

 鉢屋は廊下を向いたまま、ハリのない声でそう言った。


 「……!はい!それじゃあ先輩方、またホワイトデーに!」


 彼女が足早に去っていって、時が止まったように無音が訪れた。いつもは騒ぎ立てる鉢屋が出入口すぐの角席に突っ伏しているだなんて、ただただ異様だ。

 俺は二人きりの教室で粛々と荷物をまとめ、隣の席に座った。


 「幻滅したでしょ」

 

 鉢屋は、ポツリと吐いた。


 「はぁ?何がだ?」


 「とぼけないで。みんなが並んでいる中に、彼女が見えてしまって。私は……目で追ってしまったの」


 言葉尻が震え、鉢屋の背中が揺れている。


 「全然立派じゃない。当木に能力を教えたのだって、本当はこうなるのが怖かったから」


 「そうか。確かに少しズルかったかもな」


 目を背けて呟いた。俺程度の器なら、これくらいが限界だ。これ以上、慰めの言葉は見つからないし寄り添うことも出来ない。


 「……前言ったの、やっぱり無しにしない?」


 鉢屋は顔を伏せたまま言う。相変わらず尊大で自分勝手女だ。


 「絞る気があるなら最後まで絞れ。対等な関係には永遠になれないし、終わりがあるとは思えないがな」


 「ズルい男ね」

 

 「お互い様だろ」


 俺らは互いに目線を向けることなく、暗くなった教室でしばらく過ごした。


 了

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カルマと果汁は絞れば絞るほど しぼりたて柑橘類 @siboritate-kankitsurui

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