第2話:ずっと体良く絞らせてくれない?
「人を見ると、そいつが他人に絞り取られる?」
「そう。正しくは私が5秒以上見つめた人は、境遇が上の第三者に絞られるのよ。じゅるるるる……」
帰り道、あれから
しかし俄然超能力について気になった俺は、お汁粉を5缶献上したのだ。
今はコンビニの前の車止めに腰掛けて、したり顔の鉢屋からお汁粉のアテにされている。
お汁粉を奢られた程度で得意げになれるなんて、コスパの良い奴だ。
「つまり、みかんジジイが俺を怒鳴りに来たのは?」
「私の力よ。
「みかんジジイがみかんババアに連れ去られたのも、超能力のせいなのか?」
「私がみかんジジイを見つめたから、それより優位なみかんババアに絞られたってワケ」
鉢屋は腰に手なんか当ててお汁粉を飲んでいる。いつにも増して、威張り散らして俺を見下すのだ。
見つめた物を絞り上げる能力、自分は一切手を汚さずに尋常ならざる外圧をかける。最初は信じられなかったが、今は納得感すらある。
「すげえ腑に落ちた。絞り取る、なのが尚お前らしい」
「どういう意味よそれ。確かに私の傾国スマイルにたなびかぬ男など、ほぼ居ないわけだけど」
「はぁ、否定できねぇ。外見は良いんだよな」
外見は、にアクセントを強くつける。
鉢屋はガキ大将の金太郎飴だ。彩りはよく、ふてぶてしくも無いが、細長くなっても本質はガキ大将。要所要所で高みから見下してくる。
普段は寡黙で他人とも目を合わせようとしないので、同級生の間では高嶺の花のような扱いらしい。
「いやあ、顔が良くて背も高くて超能力すら使えて申し訳ないわー。でも愛される星の元に生まれてるのだから仕方ないわよねー」
花は花でもスイセンに違いないが。
いやしかし、俺としてはこの美貌にも困ったものである。
「去年のバレンタインにチョコ受け渡し窓口になった俺のことを案じてくれよ。机の上、年の瀬の郵便局みたいになったんだぞ」
鉢屋は少し空を仰ぐと、再び俺を見下した。
「苦しんでる当木を見ていると、ますます私は美しくなる。美しい私によって、男女問わずチョコが絞りあげられ、結果的に美の永久機関が完成したのよ」
「消耗してんだから、お前だけ得するエンジンみてぇなもんだろ。今年は見てねぇで手伝えよ、ほぼお前のなんだから」
「そうすると搾取じゃなくなるの。せいぜいもがき苦しむ姿を見せてちょうだい。ふふふ」
そう言ってお汁粉の続きを飲む。徹頭徹尾搾取する側の思考回路だ。神はなぜこんな奴に二物も三物も与えやがったのか。どう考えたって配分ミスだろ。
勉強はからっきしの癖に、人の使い方には精通しすぎている。きっと俺に能力を開示したのもなにかの意図があるのだろう。
「じゃあ債務者さんよ。なんで今更俺にこんなことを喋ったんだ?道具として使いにくくなるだろ」
「あら?バカとハサミに知識を与えておいた方が、楽になる場合もあるのよ」
鉢屋は少し周りを見回すと、コンビニの中を指さす。
促されるまま見てみると、スーツを着た客が店員を恫喝していた。店員がいくら頭を下げても、スーツを着た男は絶え間なくまくし立てている。内容をは分からないが、どうせ言いがかりに違いない。
「お客様は神様ってやつか。気がでけぇなぁ」
「実際、頭は上がらないだろうけどね」
そう言ってほくそ笑む鉢屋の目は、店員に向けられていた。
「まさかお前」
「疑ってもらっちゃ困るわ。私の目が当たる前から店員さんは絞られてたわよ。本当に悪いのは、こっち」
鉢屋の目がスーツの男に向けられる。
視線を向けてしばらくすると、電流でも流れたかのように背筋を伸ばし、肩掛けのカバンをまさぐりだす。きっとスマホが鳴ったのだ。
男は少し前屈みになって電話に出ると、みるみるうちに顔を青くした。虚ろな目で数度、頭を下げると、爆発物に触れるかの如く慎重に電話を切る。そして震える手で支払いを終えると、店員には一瞥もくれず外へ飛び出した。
「……やばいやばいやばい……!なんで今更書類のミスが!このままじゃ契約が水の泡だ……!」
うわ言のように口走りながら退散し、店員は愕然としながらそれを見送る。さすがに2人ともちょっと可哀想だ。
「今のでわかったかしら、私の能力の特性」
鉢屋は胸を張って、俺に問いかけてくる。
鉢屋の話を信じるならば、俺とコンビニ店員には共通項があるはずだ。見られていても変化が生じないのだから。
性別では無い。年齢もバラバラ。社会的属性とは似て非なる何か。
可能性を少しずつ切り捨て、1つの結論に至った。
「もしかしてお前の能力、現在進行形で絞られてる奴には発動しないんだな?」
「ご明察よ!バカも、バカなりに、バカにできないじゃない!」
「一々発言がバカバカしいな。尚更どんな意図で俺に能力を開示したんだ」
呆れながら言うと、鉢屋はチェシャ猫のような笑みを浮かべた。これは俺をいいように使ってやろうと考えている顔だ、10年の付き合いだからわかる。
奴はちょうど二缶目のお汁粉を開け、空になった缶を俺に差し出しつつ言った。
「そんなの簡単よ。当木にはこれからの高校生活で、私の異能のストッパーになってもらうの」
「……何言ってんだお前」
とりあえず缶を受け取り、ゴミ箱に捨てた。
確かに俺らが通っているのは中高一貫校。エスカレーター式に進学できるので、最短あと3年はこの腐れ縁が続く。その間、俺はこいつに搾取され続けるって訳か?
不敵な笑みを称えながら、鉢屋は続ける。
「いい?エスカレーター式の高校は、進学すると人が増えるのよ。教室のどこを見ても人、人、人。物、物、物。五秒見つめただけでなんでも絞ってしまうのだから、おちおち余所見も出来やしないわ」
「むしろ今までよく隠せていたな。どう対処してたんだよ」
「クラスメイトと先生、あと加湿用に干されてるタオルを満遍なく見てヘイトを分散していたの」
「授業中に器用なことしてるな……」
「でも流石にリスニングだけで授業を受けることに限界を感じたわ。数学とか流石に意味がわからないし。英語もどの『that』が何を指してるのか分からないし」
俺は密かに納得した。確かに鉢屋の成績が特に振るわなくなったのは、ここ最近。前回の期末テストが見るも無惨だったのだ。高校生ともなれば勉強はさらに難しくなるだろう。
鉢屋の危惧は的を射ていた。ただ、提案してきたこの関係は前提がとことん酷い。
「絞られている人間を、さらに絞りあげることは出来ない。なら常に当木を絞り上げて、その様を私が見ていれば実害ゼロじゃない」
「出てんだよ、ここに1人。俺の意見くらい聞けよバカ」
「あんたが絞りやすいから仕方ないじゃない」
「人を雑巾みてえに言いやがって。他人を絞り取って心は痛まないのか」
「私に言わせてみれば、何も言わずに他人が飲んだお汁粉を捨てられる当木も大概よ」
「は?……あっ」
額に手を当て、今更気がついた。
俺は何も考えずに差し出されたお汁粉を捨てた。鉢屋に絞りとる才能があるのなら、俺には絞り取られる才能があるのかもしれない。知りたくなかった……。
「やはり仕上がっているわね当木。お前は歯向かうこともせずに粛々と絞り取らせてくれるから、1ミリも気を使わなくていいのよ。私の能力の捌け口に奇跡的なほど適合しているの」
「すっげえ不名誉」
「小さな犠牲で大きな世界が救われるのよ?それに他人だと、空前絶後に顔が整い過ぎてる私が逆恨みされるかも知れないし。当木が適任なのよ」
鉢屋は静かに目を閉じる。拒否権がなく無性に腹が立つが、理由が腑に落ちてしまった自分を許せそうにない。
鉢屋はしたり顔で、ぬるくなったお汁粉の缶を俺に差し出した。
「だから腑に落ちて、肝に銘じて、骨髄に徹するまで。私との主従関係を刻みなさい、悪いようにはしないわ」
「……そもそもこれ、俺が奢ったやつじゃねえか」
俺は仕方なく、お汁粉を飲んだ。
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