ラスボスに憧れて!

ホードリ

第1話 ラスボスになる為に!

 一体きっかけはなんだっただろうか。今となってはその起源すら思い出せないが、気がついた頃にはすでに僕は物語の『ラスボス』というものに憧れていた。

 アニメでも、ゲームでも、漫画でも、小説でも……必ずと言って良いほど主人公たちの前に最後の壁として立ちはだかるその姿に。


 圧倒的な力で主人公たちを蹂躙し、自分の理想のために全てを捩じ伏せる存在。物語の中で最強の敵で、味方キャラの全員が挑んでも勝てないのではないかと思えてしまう圧倒的なパワー。

 最後は物語のご都合によって、その圧倒的なパワーを覆すような謎の『思いの力』とか言うのにやられるのもセットで。これには賛否両論あるのも理解している。

 だが、それでもそんな世界が――作者が主人公を贔屓しなければ勝てないほどに強大なのがラスボスというものの格好良さだと僕は思っている。


 自分の理想を世界に押し付けながら、安っぽい安易な行動なんて取らない。たまに小物ムーブをする卑怯なラスボスもいるが、そんなのは僕が理想とするラスボスではないのだ。

 ラスボスとは常に正々堂々、真正面から敵を打ち砕いていくもので。搦手なんて使わないし、主人公の行動に一喜一憂して頭を悩ませるものではない。


 何故なら、圧倒的なパワー!を持っているからだ!

 僕は思うのだ。なぜ圧倒的なパワーがありながら、わざわざラスボスが主人公たちの行動にそこまで歯噛みしなくてはならないのか!

 ラスボスにしてみれば、主人公たちなんてそこら辺を飛び回る小蝿も同然だろう。煩わしいと思うことはあっても、小蠅の行動にいちいち気を配るだろうか。


 答えは否――ッ!


 だからラスボスに憧れた僕は自分の身体を鍛え始めた。圧倒的な力を追い求めて、全てを捻じ伏せて笑っていられるくらい強くなるために。

 青春の全てを捧げて、筋肉を鍛え上げ続けた。

 だが、僕は気付いてしまった。

 僕がどれだけ鍛えようとも、発展した現代の兵器の前ではこの鍛え上げた筋肉も無意味だと。


 だって考えてみて欲しい。


 例えば、鍛え上げた大胸筋が銃弾を跳ね返せるだろうか。いや、無理だ。どんなに大胸筋が厚くなろうと、銃弾は易々と筋肉を貫き、心臓へと到達してしまうだろう。


 例えば、鍛え上げた上腕二頭筋で迫り来る戦車を止められるだろうか。いや、無理だ。どんなに腕周りに筋肉が付いたところで、大体44トンほどの鉄の塊が時速70キロで迫ってくれば止めるどころか挽肉にされる。


 そもそもとして、どんなに鍛えたところで精鋭の軍人に囲まれた時点で即ボコされて終わり。

 抵抗虚しく軍人にボコされて、白目を剥いて倒れるラスボスなんて笑い種だ。


 筋肉は確かに強くなるには必要な要素ではあるが、最強になる上では全く意味のない力なのだ。ラスボスとして覚醒するためには、筋肉以外の何かが必要になると僕は直感的に理解した。

 ならば、ラスボスがラスボス足り得るために必要なのはなんなのか。


 結論から言おう。


 魔力だ。色々な呼び名があるだろう超常的な力。超能力、マナ、霊障、気、オーラ――呼び方は様々であるが、敢えてファンタジー的な呼び方をするなら『魔力』。

 その未知の力と向き合った時にこそ、真に僕がラスボスになるための条件が揃うと考えた。ただこの地球上どこを探しても、そんなものは存在し得ない。

 身体を鍛え上げ、精神を統一し、心身ともに健全な状態を保とうとも、ついぞ魔力を得ることは無かった。

 ……悲しい。


「はぁ、どうすれば魔力を得られるんだろ……」


 夜。薄暗がりの森の中。

 滝行をする為にパンツ一枚のみを着ていた僕は、今も滝に打たれながら魔力に思いを馳せていた。

 最初の頃はただ冷たいだけの水に凍えながら、気合と根性ッ!と、ばかりに耐えていたのが懐かしい。今ではこの冷たい水の中にも確かな温もりを感じる。

 心頭を滅却すれば火もまた涼し。それと同じように冷たい滝の中でも、心身を統一すれば寒さなど一切感じないのだ。


 と、そう考えていると鼻に冷たいなにかが当たった。

 薄暗い夜空の中でも一際目立つ、白くて小さな粒。

 ――雪だ。


「…………そろそろ出るか」


 季節は冬。

 山の中という事もあって天候は不安定だ。このままここに長居をしては、山を下りれなくなるかもしれない。

 そう考えて、僕は滝行を終わらせる事にした。

 今年は厳冬とも言われるほどに寒く、特に今日から明日に掛けては今年最大の大寒波が来ると天気予報で言っていたような気がする。


 滝から出た僕の身体は至って健康そのものだ。

 瞼には小さな氷柱ができているし、歯はなぜかガチガチと音を立てて、指先から足先までの感覚があまり無いが、これは自然と融和している証拠だろう。

 最近はこの感覚が身に染み付いてきた。


 魔力なんて存在しないと言ったが、訂正しよう。もしかしたら近いうち、魔力を得ることが出来るかもしれないぞ!


「だ、だとし、しししたら……僕は、理想のラス、ぼすになれるはず……! ――ハックシュン!!?」


 木のそばに脱ぎ捨ててあるジャージに袖を通し、僕は森の中を歩き始めた。

 タオルで水を拭かないのかと聞いてくる人もいるだろうが、そんなものは邪道だ。なにせ僕は自然との融和をモットーにしている。

 水もまた自然の重要な一要素。この世の全てを辿れば水に帰結するのだ。だからこそ、水を拭くのは自然との融和を自ら拒否することと同義なのだ。


 ……それにしても、なんだか身体が物凄く震えるな。

 それになぜだか少し意識も朦朧としている。途轍もなく眠くなってきた。いや、時間を考えれば眠いのも当然か。


 ――いや、待て。

 もしやこれが『融和』なのか?

 この眠気のような倦怠感。徐々に失われていく全身の感覚。まるで空の上にいるような浮遊感。

 今までこんな状態になった事はないぞ!

 これが最高のコンディションなのか!? いや、きっとそうに違いない! ならば、今のこの状態で家の暖かい布団に包まるなど論外じゃないか!


「ふっ、ふははははははははは!」


 来た、来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た――ッッッ!


 これが魔力を得る第一歩!

 僕はついにラスボスとしての第一歩を踏み出せるぞ!


「――よし、寝るか」


 僕は雪の上に倒れるようにして眠りについた。

 肌を刺す冷気が、身体の芯を貫く。しかし、それも次第に薄れていき、僕の意識は天高く昇っていった。

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