異世界に転移した僕は、幼馴染に復讐するため旅に出る
瀬戸 夢
第1章.始まりの街リドン編
第1話.お別れ
ハァハァハァハァ――
森の中、木々の間を全速力で駆け抜ける。茂みの奥には僕を追ってきた魔獣の姿。
戦いが始まって三分ほど、四頭いたグレイウルフは半分になった。
残り二頭のうち一頭は
大型の狼、あんなのと正面からやり合うなんて冗談じゃない。
グレイウルフはダッシュもさることながら、長距離を走り続けられるスタミナが最大の武器。短距離走者の僕とは相性が悪い。
とはいえ、木や茂みなどを利用しこうして距離を取るのはもう慣れたもの。
「
突進してきたグレイウルフの牙を必死に剣で抑えている芹香が僕に向かって叫んだ。
「ご、ごめん、もうちょっと」
その返事で彼女の顔が歪む。
彼女が苛立つのは分かっている。でも仕方がないのだ。スキルは連続して発動することはできない。
早く、早く、早く、――
グレイウルフの攻撃を避けながら、祈るように早くと繰り返す。もちろん、そんなことをしたって早くなるわけじゃない。
「ったくッ!」
芹香は舌打ち混じりに言葉を吐き捨てるとグレイウルフをいなした。そして絶妙な間合いでスキルを放つ。
あの動作はパワースラッシュだ。
素早い回転と共に振り下ろされた一撃。グレイウルフは見事に胴から真っ二つになった。
「やった! ……あっ!」
やっとリキャストタイムが終了。僕は振り返り、すぐさま突進してくるグレイウルフに向けて魔法を放った。
「ファイヤーボール!」
僕の手から発せられた直径三十センチほどの火球がグレイウルフの元へと飛んでいく。
ちなみに、呪文などはないのでファイヤーボールなんて口に出さなくてもいいし、そもそもファイヤーボールなんて名前の魔法もなかったりする。僕が勝手に呼んでいるだけ。
魔法はイメージが大切なので、イメージし易いようにわざと口に出すようにしているのだ。別にカッコいいから言っているわけじゃない。……まぁ、それもちょっとはある。
ファイヤーボールは見事にグレイウルフに命中。炎に包まれたグレイウルフはそのまま息絶えた。
気を抜かず、すぐさま周囲を警戒。
見える範囲の敵は倒したが、まだ近くに魔獣が潜んでいるかもしれない。こういったことを怠ると、思わぬ痛手を被ることがある。
しばらく周囲を警戒していたが他に魔獣の気配はない。戦闘終了を確認し緊張を解いた。
安堵の息を吐きながら額の汗を拭う。すると、芹香がずんずんと近づいてきた。
「イェーイ!」と勝利のハイタッチかな。前はよくやった。
そんな僕の呑気な考えとは裏腹に、彼女はそばまで来ると怒りの形相で僕の胸ぐらを掴んだ。そのまま一気に締め上げる。
「ちょっ、せっ、芹香ッ」
くっ、苦しい……。
情けないが、『剣術』のギフトを持つ彼女の腕力には敵わない。
「あんたなにやってんのよ! もっと効率よく魔法を使いなさいよ!!」
僕が最後に放ったファイヤーボールが遅かったと言いたいようだ。ファイヤーボールはトドメの他、けん制など使用頻度が高い。
今回の敵は四頭と多ったため、ビビって一つ一つの魔法がちょっと大きくなってしまっていたかもしれない。それに混戦の中では命中させるのも難しいし、結果的に無駄撃ちも多かった気がする。
スキルは一度使用するとリキャストタイムが発生するので連続しては使えない。その長さは込めた魔力の量で決まる。
ちなみに魔法もスキルの一種だ。魔法が使えるようになるスキルである。
たくさん魔力を込めれば威力は上がるけどリキャストタイムは長くなるし、逆に込めた魔力が少ないとリキャストタイムは短くて済むけど威力は下がる。
そのため、どのタイミングでどれくらいの強さのスキルを使うのか、特に魔術師には戦いの流れを読んでスキルを使うことが求められるのだ。
「ごっ、ごめん……」
彼女はチッと舌打ちすると締め上げていた手をほどいた。乱暴に放された僕はその場にドスンと尻餅をつく。
「ゲホッ、ゲ、ゲホッ、――」
「早く水を出しなさいよ。あと魔石も早く」
咳き込む僕を気遣うことなく彼女は早く早くと急かす。魔獣の血で汚れた手をすぐにでも洗いたいのだろう。
「ウォ、ゲホッゲホッ、ウォーター、ゲホッ、ボール。ゲホッゲホッ」
魔法で水の玉を出すと、彼女は手を洗い喉を潤し木陰に腰を下ろした。
ここ二ヶ月くらいだろうか、彼女が僕のことを『あんた』と呼ぶようになったのは。
それに、魔獣の解体もいつの間にか僕が担当みたいになっている。以前は交代でやっていた。
この世界に来た頃は名前で呼んでくれていたのに、最近ではいつもあんた呼ばわり。家族にだってあんたなんて呼ばれたことはないし、もちろん胸ぐらを掴まれたこともない。
グレイウルフの魔石を回収した僕らは今日の狩りは終わりにし、街道沿いの薬草などを摘みながら街へ戻った。
「先に夕霧亭に行ってる。話があるからあんたも早く来なさいよ」
門を抜けたところで芹香はそう言うと、繁華街の方へと消えていった。
……また早くか。話、怒られるのかなぁ。
昼間のように小言をいわれるのはしょっちゅうで、こうして帰ってきてからガッツリ文句を言われることもある。
動きがどうとか、立ち回り方がどうとか、サポートがどうとか、グチグチと何度も同じ話を聞かされるのだ。二、三時間は覚悟しないと。
うへっー。
予想される展開に、僕はため息と共にうなだれた。
芹香と別れ、魔石などを買い取ってもらうためギルドへ向かった。
「いま帰りか? 今日はどうじゃった?」
声をかけてきたのは、このギルドの相談役のブラン爺さんだ。ギルドの外のベンチに座り、冒険者たちにこうして声をかけて回るのがいつものこと。
「こんばんは、ブランさん。いつも通りですよ」
魔石が入った袋を掲げ、ジャラジャラと振ってみせる。
「そうかそうか。まぁ、いつも通りでええ。それがええ」
そう言ってブランさんは顔をくしゃくしゃにして微笑んだ。
ブランさんはこの世界に来てから一番お世話になっている人。命の恩人と言っても過言じゃない。
この辺りの地形から薬草の見分け方、そして魔獣との戦い方など、冒険者として生きていくためのありとあらゆることを教えてくれた。
今ではただの気のいいお爺さんにしか見えないが、昔は凄腕の冒険者でみんなに恐れられていたそうだ。なにげに竜を討伐したこともあるのだとか。人は見かけによらないね。
ギルドに入ると買取カウンターの前には長い列。僕たちのように仕事を終えた冒険者がちょうど戻って来る時間だ。
売却を終え、ギルドを出た頃には外はすっかり暗くなっていた。芹香が待つ夕霧亭へと向かう。
今日の稼ぎは二人で三万ガルほど。まあまあってところ。
価値は大体一ガルが一円くらいの感覚で、一日の稼ぎ三万ガルはおよそ三万円ってことになる。生活していくには十分な収入だ。多少貯金もできる。
高報酬の依頼をゲットし五万ガルにもなる日もあれば、依頼に失敗し更には怪我などすれば
浮き沈みの激しい冒険者稼業の中で、まあまあ安定してやっていけている僕らは運がいい方だと思う。平和な日本出身なのであまり無茶をしないというところが大きいのだろう。
人の話はよく聞き、危なそうだと思ったらすぐ逃げる。そう心がけている。
夕霧亭までの道のりは十分ほど。家路に就く人や飲みに出る人などで人通りはそれなりに多い。
ここリドンは草原と森に隣接した辺境の小さな街。とはいっても他の街に行ったことがないので、そう聞いているだけにすぎない。
林業を始め草原や森に自生する薬草や、魔石を含む魔獣の素材がこの街の主な産業となる。そのためそれなりに冒険者も多い。
街並みは中世ヨーロッパ風で木造の建物が多く、フランスやイタリアよりはなんとなくドイツっぽい感じがする。ヨーロッパの田舎町と言えばイメージできるだろうか。
一軒家は少なく、代わりに集合住宅や冒険者向けの宿屋、それに冒険者を支える道具屋や武具屋に酒場などの飲食店も数多く建ち並んでいる。
芹香が先に行っている夕霧亭は彼女のお気に入りの店で、仲良くなった冒険者たちとよく飲みに出掛けているようだ。ただ、最近では宿も食事もほとんど一緒ではないので、一体どういう連中と付き合っているのかはよく知らない。
ちなみに、この世界ではお酒を飲むのに年齢制限なんてない。とはいえ、一人前とされる十五歳からというのが一般的な認識らしい。
そのため、十五歳の僕たちは飲めることになるけど、僕はあまり口に合わないのでたまに。彼女は気に入ったようで、毎日のように酒場に行っているみたいだ。
僕と芹香が突如この世界に転移してからおよそ一年。
今では冒険者として普通に生活できているが、最初は大変だったし嫌なこともたくさんあった。騙され奪われ、命の危険を感じたこともある。
でも、色んな人の助けでどうにかこれまでやってこれている。
ブランさんを始め、ギルドの受付のミーニャさんに診療所のローラさん。宿屋のアメリアと定食屋のシェリーさん、それに武器屋の見習い鍛冶へレナ。もちろん顔馴染みの冒険者も多い。
相変わらずのその日暮らしだけど、最近ではだいぶ生活も落ち着いてきた。
きっとこんな感じで、ずっと芹香と一緒にやっていくのだろう。そして、いつかは彼女と一緒になって子供をもうけ育て……、そんな人生も悪くはないなと最近では思ったりもしている。
でもまぁ、僕らはまだ十五歳。落ち着くにはちょっと早すぎるかなとも思うけど。
繁華街の中頃にある夕霧亭に到着。店内はすでにいっぱいなようで、仕事を終えた冒険者たちの陽気な声が店の外にも響いてきている。
店に入り中を見渡すと、端っこの席で一人で食事をしている芹香を見つけた。店員にエールを注文し彼女の元へ向かう。
「お待たせ」
「遅かったわね」
彼女は顔を上げず目も合わせようともしない。黙々と食事を続けている。
フォーク片手に、すぐにでも小言が飛んでくるかと思いきや意外にも静かだ。
僕も適当にいつくか頼んで腰を下ろした。いつもと違う彼女の雰囲気に居心地の悪さを感じながら来た料理に手を付ける。
気まずい。なにか話した方がいいのかな。
以前はそれなりに会話があった。他愛もない話からその日の反省会、色々と議論を交わしたり時には愚痴をこぼしたり、笑いなんかもあったと思う。
そんな時間は、慣れない環境でストレスの溜まる中、僕にとって数少ない息抜きできる瞬間だった。
「あ、あの、この世界に来てからそろそろ一年だね」
あの日、芹香の誕生日の翌日に僕たちはこの世界に転移した。正確に数えているわけじゃないけど、そろそろ一年になる頃だと思う。
彼女は食事の手を止め少し顔を上げた。この一年を思い出しているのか物憂げな表情。
「……そうね」
ため息混じりに彼女はそう言うと、何かを流し込むようにエールをぐいっとあおった。
食事が終わると彼女は追加のエールを頼み、そのお代わりもすぐに飲み干すとまた追加を頼んでいる。
いつもこんなハイペースで飲んでいるのだろうか。
豪快にエールを飲む姿とは裏腹に、彼女はなんだか元気なさげ。頬杖をつき、外を眺めるその横顔はどこか遠い目をしている。
一体なにを考えているのだろう。
食べながらなんとなく彼女の様子を窺っていると不意に彼女が席を立った。少しふらついている。
僕が「大丈夫?」と声をかけるが返事はない。よたよたとトイレの方へと歩いていった。
深酔いしたのか、戻ってきた彼女はジョッキ片手にぐだっとしている。そんな彼女に僕は話しかけた。
「そういえば、なにか話があるって……」
街に戻ってきた時に彼女がそう言っていた。
文句じゃないのなら、受ける依頼を増やすとか、討伐対象を変えるとか、もしかしたら拠点を変えるなんて大きな話なのかもしれない。以前もそんな話をされたことがあった。
拠点を変える、つまりは別の街に移るということだが、大きな街に行けば大きく稼ぐチャンスも増えるらしい。しかし、治安が悪かったり強い魔獣がいたりとリスクも増えるのだそう。
それに、周辺の地形や生息している魔獣などの情報も集め直す必要がある。そう簡単にはいかない。
仕事以外で他に考えられることは……、まさかとは思うけど告白してきたり?
それはないなと思いながらも期待している自分もいる。彼女とは今はただの幼馴染。恋人同士になれるのなら、それに越したことは……。
彼女は大きく息を吐くと気だるそうに顔を上げた。そして上体を起こし、こちらを見る。この店に来て初めて彼女と目が合った。
酔っているのか目が据わっている。その様子に何か気迫のようなものを感じ僕は息を呑んだ。そして彼女が口を開く。
「隼人……」
「う、うん」
「あんたとは……、今日でお別れよ」
「えぇっ!? なっ、なんで?」
予想外の話に、僕は手にしていたフォークを落とした。
異世界に転移した僕は、幼馴染に復讐するため旅に出る 瀬戸 夢 @Setoyume
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