過と花

「調子はどう? 河東かとうさん」

 毎日訊かれるこの問いに私はなんと答えたらいいかいつも迷う。

 特に苦しいところや痛いところはないが、一般的には最悪の部類だろうし。

「いつも通りです」

「それが一番よね」

 一番ではない、とは思いながらも他愛ないセリフの端っこに難癖をつけるほど元気でもなかった。

 私が黙って体温計を差し出すと、羽住はずみさんはそれを受け取り「うん、問題ないね」とうなずく。記録用紙に体温を書き込み『羽住奈々はずみなな』とサインした。

 なんだか今日はやけにひとつひとつの言葉が引っかかる。少し気が立っているのかもしれない。

 問題があるから、私はここにいるんだろうに。

「退院延びちゃったの残念だったね」

 オーバーテーブルに置かれた夕飯の食器を片付けながら羽住さんは愛想なく話す。

 この人の「ほんとにそう思ってます?」と訊きたくなるほど感情のこもらない口調が私はけっこう好きだった。変にかわいそうなんて思われたらたまったもんじゃない。

「ほんとですよ。家で誕生日パーティーの予定だったのに」

「あれ、夏生まれ?」

「春ですよ。四月で十七歳。でも入院中だったから。てか羽住さん四月にケーキくれましたよね」

「そうだったっけ」

 羽住さんは首をかしげる。彼女は昔からどこか掴みどころがない。

 十歳で心臓に病を患い、彼女とはもう七年の付き合いになる。家より病院にいるほうが長いほど入退院を繰り返し学校にもろくに通えていない私にとって、羽住さんはただの看護師ではなく家族や教師のような存在だ。

 私の病気は難治性らしく、いまだ治療法は見つかっていない。研究を進めているとは耳にしたが結果は聞こえてこなかった。

 だからきっとこれからも同じような生活が続いていくんだろう。

 今さら別に何とも思わない。すでに飲み込んだものだ。

「けどそれならちょうどよかった」

「なにがですか」

「今日はパーティーみたいなもんだから」

 羽住さんはカーテンを開けた。窓から見える川辺はいつもなら静かで真っ暗なのに、今日はなんだか明るくて騒がしい。

 ぱちりと羽住さんが部屋の電気を消すと、ぼんやりと窓が光った。子供のはしゃぐ声が聞こえる。

「始まるよ」

 羽住さんの声を上塗りするように、どん、と身体の奥が揺らされたような音が聞こえた。

 窓の光が閃き、色付く。

 真っ黒だった空に大輪の花火が開いて、一際大きな歓声がそれに続いた。

「この病院穴場なんだって。誕生日おめでと」

 そう言い残して羽住さんは病室から出ていった。

 祭りはつづく。色とりどりの煌めきと花開く破裂音、そしてそのたびに沸き上がる歓声。

 気付けば、私は泣いていた。

 ベッドのシーツを強く握りしめる。大きな窓に次々と咲く花火を見ながら涙を流す。

 感動の涙じゃない。これは悔し涙だ。

 世の中にはこんなにも綺麗な花を咲かせて、こんなにも大勢の心を震わせる人がいるのに、私はベッドの上からそれを眺めることしかできない。それが途轍もなく悔しかった。

 こんなとこで何してんだろ。

 ずっと昔に飲み込んだはずのものが喉の奥からあふれて、嗚咽とともに零れ落ちる。

 病院と家を行き来するだけの一生なんか、やだ。

 この日いちばん大きな花火が夜空を彩った。そのキラキラと瞬く火花を睨みつける。

 ──咲かせたい。私だって。

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