帰るカエルは気持ちを変える?

ムタムッタ

ノット・スリーピングビューティー


 人生、タイミングというものがある。



 自分はよくそれを計り違えることがある。それも、大事なことほど。その原因が誰なのかっていうのは明確で……


「カエルにキスする話ってあるじゃん?」

「どんな話だよ……」


 夕方、学校の帰り道。彼女の話題はいつも唐突だった。


 この前は『ザンギと唐揚げってあるじゃん』からだったかな。どこかつかみどころがないのは昔から変わらない。


「ほら、お姫様がカエルに変えられた王子様にキスするってお話」

「説明がさっきとほぼ変わんないよ」


 カエルの王子様というやつだ。ぼんやりだけど小さい頃に読んだことがある。一歩踏み出せば今を変えることがある……というわけなんだけど。


「大切に育てられてる王族がカエルに口付けなんてするフツー?」

「童話にツッコむなんて野暮だなぁ」

「じゃあアンタは謝罪で喋るカエルにキスすんの?」

「しない」


 しかもあれって現実よりデカいカエルだろ? ウシガエルくらいと言われても、正直ためらうよ。


「そう考えるとさ、あのお話のお姫様って度胸あるなーって」

「あれ、衛生面じゃなくて度胸のお話だったの?」

「そんなムードのない話じゃなーい!」


 彼女がボケて、自分がツッコむ。自分がボケて、彼女がツッコむ。自然と話していても楽しいんだけど、なんだか今日も出鼻をくじかれてしまった。


 この帰り道も、あと何度歩けるだろうか? そんなことを思いながら歩いていると、ちょっと気分は下がる。


 タイミングとか、時期とか、そういうことを気にしている自分は、童話のお姫様より意気地がないのかもしれない。だって、人のいる場所で言うのは勇気がいるからね。


「どしたの?」

「いや、カエルもカエルでさ、その状況まで持っていくのはなかなかすごいんじゃないかなって」


 仮に元々が王子様だったとしても、自分より物理的に力のある人間に近づいてキスされるところまで持ち込めるのは、単純に感心する。元が王族だからなのだろうか。


 それじゃ、自分はカエルにもなれないかもしれない。


「そりゃあ、カエルも人間に戻りたくて必死だからでしょ? 私はいいと思うけどね」

「必死、かぁ」 


 そう思うと、自分には必死さが足りないのかもしれない。カエルのように足掻くわけでもなく、お姫様のように一歩踏み出すわけでもなく。


 やはりタイミングを考える必要はない!

 「ここだ」と思ったら言うべきなのだ!


「あ、着いた」


 気づけばお互いの自宅の前に立っていた。

 またしても……タイミングがズレてしまった……いやそうじゃない、タイミングが重要じゃないことは分かったじゃないか。


「じゃ、また明日ね」

「お……おう」


 今日も、お隣同士という関係性は変わらなかった。変えられなかった。

 明日こそ……明日こそ言おう。明日同じ帰り道で、言おう。そうしたらこの関係も…………


「ねぇ」

「な…………にィッ!?」


 いつのまにか近くにいた彼女が、ぐっ、と胸ぐらをしっかり掴んだ。

 その澄んだ目は至近距離にあって、思わず心臓がドキリと胸打つ。


「ずっと一緒に帰っててさ、気づかないと思う? それとも、このカエルは投げられないとわからない?」

「お姫様がフィジカルで迫るなよ……」

「それで? 謝罪のキスは?」

「……善処します」

「よろしい」


 人生、タイミングというものはありますが、自分で決めるだけではなさそうです。


 というかこの場合……お姫様なのは自分ではないだろうか。

 

 


 

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