第5話: 明かされる過去と新たな試練
美嘉は炉の前に立ち、ガラス細工に没頭していた。
温かな光が差し込む工房で、手元にある香水瓶を慎重に形作っている。その動作は、繰り返し行ってきたもので、自然と手が覚えている。
何度も何度も作り直し、改善を重ねてきたそのデザインは、今や自分の一部のように感じられる。
だが、彼女が思っていた以上に、その日々が体に負担をかけていた。指先のひりひりとした痛み、背中のこわばりが徐々に美嘉を疲れさせていく。
ふと、工房の扉が開く音がした。振り返ると、ルークが手に籠を持って立っていた。
「お疲れ様、少し休憩を取ったほうがいいよ。」
ルークが柔らかな声で言うと、美嘉は少し驚いたように顔を上げた。
「何か持ってきてくれたの?」
美嘉は微笑んだが、その疲れた表情は隠しきれなかった。
ルークは穏やかな笑顔を浮かべて、籠を美嘉の前に差し出した。
「君が頑張ってるの、見てたから。今日は君のために少し美味しいものを。」
中身を取り出すと、手作りのサンドイッチとフルーツが並んでいた。暖かいパンの香りと新鮮な果物の香りが美嘉の鼻をくすぐる。
「ありがとう、ルーク。」
美嘉はうれしそうにその食事を受け取った。お腹が空いていたわけではないが、ルークが気遣ってくれるその心に胸が温かくなる。
ルークは静かに座り、美嘉が食べるのを見守った。その優しい眼差しに、美嘉は少し気恥ずかしさを感じたが、それでも自然とルークと過ごす時間が心地よく、すっとリラックスできる自分がいるのを感じていた。
食事を終え、美嘉は少し元気を取り戻した。
「さて、少し散歩でも行こうか?」
ルークが提案する。美嘉は少し考えてから、うなずいた。
「うん、でも、その前に…本当にありがとう。」
ルークは微笑んだ。
「君がリフレッシュできるように、少しでも手伝いたいと思ってね。」
二人は工房を出て、王都の外れにある静かな小道を歩き始めた。周囲には静かな自然が広がり、風の音や鳥のさえずりが心地よく響く。木々の間から漏れる陽の光が、足元の草花を温かく照らしている。
美嘉は歩きながら、最近の自分が感じていたわずかな不安を少しずつ和らげていくのを感じていた。ルークと歩いていると、まるですべてが落ち着いて見えるようだった。
美嘉は何気なく歩調を合わせながら、彼に質問を投げかけた。
「ねえ、ルーク。」
ふと口を開いた。
「あなた、何か悩んでいるように見えるけど、最近ずっと元気がない気がする。」
その言葉に、ルークは少し驚いたように顔を上げた。しかし、すぐに微笑みながら目をそらし、穏やかに答えた。
「そんなことはないよ。」
彼の声には柔らかさがあり、けれどどこか隠したい気持ちが滲み出ているようだった。
「ただ、少し考え事があってね。」
美嘉はその答えに満足しきれなかった。彼が言いたくないことがあるのは、すでに感じ取っていたからだ。何かを隠している、その瞳の奥にあるものを美嘉は知っていた。
「ルーク、もしあなたが何か抱えているなら、私に話してくれてもいいんだよ。」
美嘉は優しく言った。その声は、どこかルークを気遣うように、慎重で温かかった。
ルークはその言葉を静かに聞き、しばらく黙った。彼の目をじっと見つめる美嘉の姿に、ルークは少しだけ表情を崩し、そしてゆっくりと口を開いた。
「実は、僕にも言いたくないことがあるんだ。」
その言葉には、重くて深い意味が込められているようだった。美嘉の目がさらに鋭くなる。
「何かを抱えているような気配を、君も感じているだろう?」
美嘉はその言葉に少し驚き、心の中で微かな震えを感じた。彼の声に込められた静かな力強さに、思わず胸が締めつけられるような感覚が走る。
ルークが彼女を見つめるその眼差しの奥に、隠された思いがあることを、彼女は確信した。
彼が何かを隠している。それを感じ取る自分の直感に、少しだけ恐れを覚えたが、同時にその感情が心の中でじわじわと溶けていくのを感じていた。
彼の心が、彼女に向けられた思いが、どうしても知りたくて、心が痛いほどにその真実を求めていた。
ルークが自分を意識している。その事実に美嘉は少し動揺し、胸が高鳴るのを感じた。
その瞬間、美嘉の中で何かが震え、彼の秘密に触れる恐れと共に、それを知りたいという気持ちが強くなる。
それでも、今はまだその真実に踏み込む時ではないと、心のどこかでわかっている自分がいた。
「今はまだ言うべき時じゃないと思っている。」
美嘉はその言葉を受け止めながら、心の中で少しだけ引っかかるものを感じた。ルークは何か大切なことを隠している。
その理由が、今はまだ知る時ではないのだと感じている自分がいた。
「わかった。」
美嘉は少しだけ目を伏せ、心の中で強く思う。今は待つべき時だと、彼に寄り添いながらそう理解した。
しばらく無言のまま歩き続ける二人。歩みを合わせ、並んで進むその姿は、まるで何も言わなくても心が通じ合っているかのようだった。
美嘉は、ルークの気配を感じながら歩いていた。風が彼女の髪を揺らし、ルークの手がさりげなく美嘉の手を近くに感じた。二人の距離は、言葉よりも自然なものに包まれているようだった。
やがて、美嘉が思わず声を出した。
「ありがとう、ルーク。」
ルークは少し驚いたように顔を向け、そして微笑んだ。
「何に対してだい?」
美嘉は少し照れながら答える。
「あなたがいつもそばにいてくれて、励ましてくれるから。」
その瞬間、ルークはほんのわずかに表情を柔らかくして、美嘉を見つめた。
彼の眼差しは優しさと深い信頼に満ちていて、美嘉の胸は急に高鳴った。何も言わずにただ目を見つめるその瞬間が、まるで時間が止まったかのように感じられた。
その目が、まるで美嘉を引き寄せるように、次第に近づいていく。二人の距離が縮まる。美嘉の胸は鼓動を打ち、視線が交差する中で、気づかぬうちに彼の唇が近づいてきた。
その瞬間、目の前で二人の距離がほんのわずかに縮まっただけで、時間が止まったかのように感じられる。唇が触れることなく、その先を予感させるその瞬間は、まるで二人だけの特別な時間のように美嘉の心を包み込んだ。
再び無言で歩きながら、美嘉は自然とルークの横顔を見つめた。どこか切なげで、でもとても優しいその顔が、美嘉の心を温かく包み込んでいた。
ルークが何か隠していることを知りながらも、彼と共に過ごす時間が大切で、そしてそれが美嘉を前に進ませてくれることを、彼女は感じていた。
その後、二人は工房へ戻ることにした。日が傾き始め、空がオレンジ色に染まりつつある。その帰り道、ふと美嘉は立ち止まり、深い息をついた。
「ルーク、私、昨日…変な夢を見たの。」
ルークは足を止め、少し驚いた様子で美嘉を見た。
「変な夢?」
美嘉は少し考え込みながら答えた。
「うん、東京で働いていた時のこと…それが夢に出てきたの。あの頃、オフィスで毎日忙しくて、仕事に追われて…」
ルークは少し表情を変え、微かに眉をひそめた。
「東京、ね…」
美嘉はその反応を見て、少し意外に思ったが、気にせず続けた。
「そう、あの頃の私が…どれほど無理をしていたか、夢の中で感じたわ。もっと自分の人生を大切にしたかったのに、結局は体も心も疲れ果てて…」
ルークはしばらく無言で美嘉を見つめた。その表情はどこか遠くを見ているようだった。そして、低く、しかし確信を持ったように言った。
「それは…君がもう過去を振り返るべき時じゃないからだろう。君が探しているのは、今、目の前にあるものだよ。」
美嘉はその言葉に驚き、さらに目を見開いた。
「どういう意味?」
ルークは少しだけ目を伏せ、深いため息をついた。
「今はまだ言えないことがある。でも、君が今進もうとしている道の先に、君の答えがあると思う。」
その言葉には、何か深い秘密が隠されているような気がした。美嘉はその言葉に心の中で疑念を抱きつつも、ルークが抱える重い思いを感じ取っていた。
異世界ガラス工房物語 ~香水瓶に映る心の輝き~ パン @pmp21
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