第4話: 隠された真実と美嘉への思い

 王都にいる以上、ルークは避けることなく実家に顔を出すことに決めた。家族との関係は決して良好とは言えないが、王国の貴族として果たすべき責任があるのは確かだ。


 それでも心の中では、様々な思いが交錯していた。特に、美嘉に関することは今の自分にとって避けられない問題となっている。


 彼女に隠していることが、この先どんな影響を与えるのかを考えると、心の中で葛藤が続いていた。


 王都の広がる街並みを見ながら、ルークは静かに屋敷へと足を踏み入れた。長い道のりを経て、ようやく帰ってきたこの場所。


 豪華な屋敷の中には、父親と母親が待っている。父親は王国で高い地位にあり、母親もまた名家の出で、二人は代々魔法を使える貴族だった。

 

その血筋を引くことがルークには常に重荷となり、家族からの期待は日々、彼を圧し続けていた。


 家に入ると、無言の空気が広がっていた。父親は新聞を読みながら、その表情に一切の感情を見せず、母親は黙って座っている。


 二人とも目を合わせようとしない。ルークはその冷たい雰囲気に、重苦しい空気が心に染み入るのを感じていた。


 「お帰り、ルーク。」


 父親が無表情で言った。その声は冷たく、どこか無機質なものを感じさせる。


 「久しぶりだな。」


 父親が続ける。


 「君の役割を果たしているか? 王国の貴族として、もっと責任を持たなければならない時期だ。」


 その言葉が、ルークの胸にずっしりと響いた。家族との会話はいつもこうだ。何を言っても、どれだけ努力しても、結局は期待に応えられない自分がいることを痛感させられる。

 父親と母親の目には、ルークがどんなに頑張っても足りないのだという冷徹な視線が映っていた。


 静かな時間が流れ、ルークは黙って頭を下げる。その後、再び自分の部屋で静かな時間を過ごし、少しだけ安堵を感じながら、アリア姫とレオナルド氏と合流することになった。

 

 二人は、ルークの幼馴染であり、長年の付き合いがある。美嘉に関することについては、何度も顔を合わせてきたが、ルークのお願いで二人とも美嘉の前では何も言わず、知らないふりをしていた。


 「ルーク、お前が帰ってきたのか。」


 レオナルド氏がいつもの穏やかな微笑みを浮かべて言った。普段から冷静で理論的な彼だが、ルークが頼んでいた通り、何も言わずに接していた。

 その鋭い観察力がルークにはわかっていたが、今は何も言わないでいてくれていることに少しだけ感謝していた。


 「久しぶりだな、アリア。」


 ルークはアリア姫に軽く頷いた。


 アリア姫は少し考えるようにルークを見つめ、何も言わずに微笑んだ。その表情には、優しさと共に、少しだけ疑問の色が感じられる。


 しばらくの沈黙の後、アリア姫がふっと口を開いた。


 「でも、いつまで美嘉に隠しておくつもりなの?」


 その言葉に、ルークは少し驚いたように顔を上げた。美嘉に関する話題が出ると、どうしても避けたくなってしまう自分がいた。

 しかし、アリア姫はその言葉を静かに続けた。彼女の目は優しさを湛えながらも、ルークが抱える秘密を感じ取っているかのようだった。


 「美嘉に?」


 ルークはしばらく言葉を探してから、冷静に答えた。


 「美嘉には、今はまだ知らせたくない。」


 アリア姫は静かに頷いたが、その目には深い理解があった。


 「君が隠していることが、もうすぐ美嘉に知られることになるのに。君が貴族としてのことを隠す理由はわかるけれど、いつまでそれを続けるつもりだ?」


 レオナルド氏が続けた。


 「君がその秘密を抱えたままで、どうして美嘉を支えられるんだ? 彼女のためにも、その重荷を早く下ろすべきだろう。」


 ルークはしばらく黙っていた。二人の言葉が胸に響き、静かな部屋でその重さを感じた。美嘉には、まだ貴族としての自分を知らせる時ではないと思っていた。


 彼女が自分をどう受け入れるのか、どう受け止めるのか、そのタイミングを自分で決めるべきだと感じていた。それが、彼にとって一番重要なことだった。


 「わかっている。でも、今はまだ、彼女には知らせたくない。」


 ルークはゆっくりと答えた。その言葉に、アリア姫とレオナルド氏は何も言わずにルークを見守るだけだった。


 「ルーク、君がその重荷を抱えている限り、私たちは黙って見守るだけだ。」


 レオナルド氏は静かに言った。


 アリア姫も頷きながら言った。


 「君が美嘉に知らせる時が来たとき、私たちはその決断を尊重するわ。」


 ルークは深く息をつきながら、二人に感謝の気持ちを抱いた。美嘉にはまだその重荷を背負わせたくない。そして、いつかその時が来たときに、彼女にすべてを話す覚悟を決めるつもりだった。


 美嘉の香水瓶については、ルークがレオナルド氏とアリア姫にその情報を伝えた。しかし、三人は美嘉の前では初めて会った人かのように、知らないふりをしていた。ルークがお願いした通り、彼女に気づかれないようにしていたのだ。


 美嘉にはまだ、この秘密を知らせるべきではない――ルークは心の中でその思いを強く抱き、彼女と共に過ごす未来を見据えていた。―――――――――――――――



  夜が深まり、工房の静かな空気に包まれている中、美嘉は眠りについていた。だが、その眠りは安らかなものではなかった。夢の中で、美嘉はかつての自分――東京のオフィスで働いていた頃の姿に引き戻されていた。


 目の前には、無機質な白いデスクが広がり、蛍光灯の冷たい光が天井から降り注いでいる。パソコンの画面には「未返信メール:58件」の文字が浮かび上がり、画面の端には次々と通知が現れる。


 デスクの上には積み上がった資料と空になったコーヒーカップが散乱していた。周囲では電話のベルが鳴り響き、上司の怒声が遠くから聞こえてくる。


 「愛原さん、これ至急対応して!」


 「明日までにこの資料を仕上げてくれ!」


 次々と飛び交う指示。私は自分の手元に置かれた書類をじっと見つめたまま動けない。手は鉛のように重く、心臓はぎゅっと締め付けられるようだった。


 「これを終わらせれば、少し楽になる……」


 そう呟きながら、私はキーボードを打つ手を止めることができなかった。ふと時計に目を向けると、深夜2時を指している。


 オフィスには他に誰もいない。窓の外には、いつも見慣れたビルの明かりだけが瞬いている。


 だが次の瞬間、視界がぐらりと揺れた。頭痛が急に襲い、手元がぼやけていく。立ち上がろうとしたものの、足が動かない。背後で誰かの声が聞こえる気がしたが、それが誰のものかは分からない。そして――。


 「これ以上、無理だ……」


 その言葉を最後に、私は意識を手放した。


 目を覚ますと、私は冷たい汗でびっしょりだった。


 荒い呼吸を整えながら、天井を見上げる。心臓がまだ速く鼓動しているのが分かる。夢から目覚めた私は、あの過労に苦しんでいた日々がどれほど私を支配していたかを実感していた。夢の中で感じた現実が、今も胸に重くのしかかっている。


 「あれは……私の前世……?」


 ぼんやりとした頭で、私はその夢がただの記憶の断片ではないと感じた。あの過労死に近い日々が、今の私をこの異世界へ導いたのではないか――そんな気がしてならなかった。


 「もし、あのまま続けていたら……私は何を手に入れていたのだろう?」


 何も手に入れていなかった。むしろ失ってばかりだった。自分の時間も、健康も、夢も。


 今の私は違う。この世界では、自分の手で何かを作り出し、誰かに喜んでもらえる仕事をしている。


 村の人々、レオナルド氏とアリア姫の優しさに支えられ、ルークがそばにいてくれる。私はようやく、自分が何を求めているのかを知った。


 「私は、もう逃げない。自分の足で未来を切り拓く。」


 自分にそう言い聞かせると、胸に湧き上がる新たな決意が私を包み込んだ。心の中で、その過去にそっと別れを告げ、もう一度深く目を閉じた。

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