星になれたら

 高校を卒業し、大学から上京することになった。実家を離れ、寮生活が始まる。これまでも何度かホテルで一人暮らしをしたことはあったが、せいぜい一週間程度。それも、家事をすることはなく、すべてを自分でこなさなければならない生活がどんなものか、甘やかされてきた私には想像はできても、実感はまったく湧かなかった。


 入寮当日の朝、以前なんとなくインスタのストーリーで告げた日時を覚えてくれていた友人たちが見送りに来てくれた。はっきりいって、完全に想定外である。こんなにたくさん来てくれるなら、もっと遅い新幹線にしたのに。人生で最高に贅沢な30分だった。


 ギリギリ乗れた新幹線に揺られながら、これまでの生活に思いを馳せてみる。やはり、どうしてあんなに多くの友人たちが見送りに来てくれたのか、今でもわからない。在校生の9割が付属の大学に進学する高校に通っていながら、推薦権を蹴って他大学を受験することに決めた私は、みんなと遊ばなかった。1年生の頃から塾に通い、放課後も休日もほとんど遊ぶことはなかった。もともと一人でいることが好きで、大勢で過ごすことに疲れてしまう私にとって、塾で黙々と勉強する日々は決して苦ではなかった。塾でも同世代の友人は最後までできなかったが、教師や進路カウンセラー、チューターたち「大人」とはすぐに親しくなれた。だから、学校での思い出はほとんどなく、浮かぶのは塾の自習室や、「大人」たちと過ごした時間ばかりだった。

 自分が薄情な人間なのか、それとも周囲があまりに愛情深すぎるのか、私にはわからなかったが、気にしないことにした。数時間後には寮に着く。るるるん。新しい生活が始まるのだ。るるるん。窓の外を眺めながら、心の中で口ずさむ。


「さようなら 会えなくなるけど さみしくなんかないよ そのうちきっと 大きな声で 笑える日が来るから」


 寮長に連絡をすれば迎えに来てくれるらしい。わくわく。すぐに寮長が現れた。わくわく。優しい先輩だった。わくわく。どうやら同郷らしく、地元話で盛り上がった。わくわく。大学デビューしてしまおうか、なんて考えながら夢のキャンパスライフを思い描く。


 日も暮れかけた頃、同い年の新寮生が集まってきた。気まずい。誰も何も言わない。気まずい。寮長が不器用に盛り上げようとしているが、どうやら彼もまた人見知りらしい。気まずい。時間がゆっくりと流れていく。気まずい。意を決して話題を切り出した途端、寮長の発言に重なった。気まずい。オワッタ。もう嫌だ。


 斯くして私の東京寮生活が始まった。

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