第4話 女子、上司。

『それで、どこに入院してんの?』


 あらかたの経緯を語った後、茨乃しのからそう問われた。

 あれ? そういや病院の名前聞いてなかったや。


「悪い、ちょっと前に目が覚めたばっかでそこら辺聞いてなかったわ。また後で連絡する。あぁそうだ、金は足りるか?渡してた通帳から引き出して使っていいからな。戸締まりはちゃんとしとけよ。」

『はいはい、わかってるから。病院だけじゃなくて病室の番号までちゃんと教えてよ。じゃあね』

「おう、また後でな」


 ふぅ。とりあえず心配事の1つは片付いた。

 会社はなぁ・・・これで出勤できずに解雇なんてないよなぁ。

 労災なんか降りるわけないし・・・いやでも帰宅途中だしワンチャンあるか・・・?そこら辺も有能上司に聞いとくか。

 お? 噂をすれば影。

 ピロン、と軽快な音を立て有能上司様からメッセージが届いた。


『草』


 草じゃねえよぶっ飛ばすぞ。

 

『いやマジなんですって。テレビでニュースとかなってないっすか?』

『いや、テレビなんて見ませんしおすしwww』


 新聞だろうがテレビだろうがネットだろうがニュースなんていくらでも見れるだろうがBBAババア

 

『うぇ?こマ?』


 そう言って上司が貼ってきたURLはSNSの動画リンク。

 開いてみるとそこには、包丁を持った男に対して真っ直ぐに突っ込んでいき、深々と腹に包丁が突き刺さり、倒れる男の姿があった。

 地面からは血が流れ出ており、悲鳴や怒号が飛び交い、人々がパニックに陥っていた。


『これ鈴木氏だよね? マジで大丈夫なの? 電話してもいい?』

『いいっすけどあんま長い時間は駄目っすね』


 メッセージを送るや否や電話が掛かってくる。


『鈴木君大丈夫!!?』

「ええ、全然大丈夫っす。心配かけてすみません。当たりどころが良かったのか、命に別状はないらしいんで、2~3週間もあれば退院できるらしいっす」

『そう、そうなのね・・・。良かった・・・』

「会社の方は大丈夫っすか? まぁ俺が抜けたところで支障はないと思うんすけど。刺傷だけにってかガハハwww」


 ウィットに富んだ小粋なジョークを挟みつつ、会話を続ける。

 

『これでも結構真面目に心配してたんだけど・・・。ふふっ、会社の方は気にしなくて大丈夫よ。こっちでやっておくから心配しないで』

「助かります。病院関係の手続きだとか結構面倒くさそうで、辟易してたとこだったんすよ。司さんに任せられるなら安心っす」


 上田司うえだつかさ、35歳。俺の3つ上の有能上司だ。敬語はやめてと言われた結果中途半端な若者言葉で接してしまっているが、それを受け入れてくれる寛容さがある。

 やっぱ胸がでけえと器もでけえんだろうか。こんなことは口が避けても言えないが。


『それにしても凄いことになってるわね。一躍時の人になるんじゃない?』

「勘弁してくださいよ・・・。ただでさえ面倒事抱え込んでるんすから」

『面倒事?』


 ちょっと前にJK拾って一緒に暮らしてるんすよ~なんて口を滑らそうものなら一発で逮捕&実名報道の全国放送即有名人の仲間入りだろうし。


「あぁいや、刺してきた相手との裁判? とかなんとかあるでしょうし、病院関係の手続きもしなきゃいけないじゃないすか」

『そうねぇ。詳しい事はわからないけれど、私が力になれそうなことがあったら遠慮なく言ってね。』

「すいません、迷惑かけて。何かあったら相談させてもらいます」


 ホントこの人には頭が上がらねぇな。


『いいのよ、気にしないで。っと、あまり話が長くなってもいけないわね。後で病院と病室の番号、メッセージで送っておいてくれるかしら?』

「えぇ、了解っす。それじゃあまた」

『ええ、お大事に』


 通話が終わった後にしみじみと思う。

 あぁなんて常識人、こういうのでいいんだよ。

 感傷に浸っていると、空気の読めないスマートフォンがピロン、と通知音を鳴らす。

 そこには、先程とは別の角度から撮られたのであろう一枚の俺の写真。

 包丁を持った男に立ち向かう勇敢なサラリーマン。(実態は大きく異なるのだが)

 それに、


 『フヒw鈴木氏カッコよすぎワロタwww』


 といったメッセージ。


 ホントこれさえなけりゃなぁ・・・。

 本当に同一人物なのだろうか?人間っていろんな顔持ってるなぁ。

 もうちょっと純粋に尊敬させて欲しいものだ。

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