第2話 知らねえ天井
「知らない天井だ・・・」
なんてふざけるのはとりあえず置いておいて、まずは状況把握だな。
霞がかって、ぼやけていた視界がだんだんとはっきりしていく。周囲をキョロキョロと見渡してみる。
全体的に白を基調、というか統一されたデザイン。
ベッド、シーツ、リノリウムの床等すべてが白で統一されていて、清潔感を主張している。
鼻にツンと刺す消毒液の匂い。
左隣から聞こえてくるピッ・・・ピッ・・・という規則正しい電子音。
とまぁだらだらと続けたが察するに十中八九病院。
それと、他にベッドが見当たらない所を見るに個室だろう。
刺されて、倒れて、運ばれて。
結局俺は、死ねなかったのだろう。
「あの・・・」
おずおずとした様子でこちらに声を掛けてくる一人の少女。
ちらとベッドの横の椅子に座っている彼女に視線を向ける。
つい先程見た少女の顔に似ている。というか本人だろう。
泣き腫らしたのであろうか、目が赤く充血していた。あれだけ怖い目にあったのだからそれもしょうがないか。
「あの!!!」
「え? あぁ、どうしたの?」
「え? いえ、あの、え?」
俺のリアクションが意外だったのだろうか。確かに、刺されて意識が戻った人間にしては泰然としすぎていたかもしれない。
彼女は戸惑いを隠しきれずキョトンとしていた。だが、それもすぐに振り払い、椅子から立ち上がった。
真剣な表情で、俺に対して真っ直ぐに体を向ける。
緊張しているのだろうか、肩に力が入って体はガチガチ。その状態で手を握りしめ、背を伸ばし、気を付けの姿勢のまま勢いよく頭を下げて、
「助けてくれて、本当にありがとうございました!」
あまりに真剣な表情と、声のトーンに罪悪感でズキズキと胸を痛める。
やっべぇよこれ・・・こんな子に君を助けたかったわけじゃないなんて言えねぇよ・・・。
おっちゃんな、ただ楽になりたかっただけなんよ・・・。
ただちょっと格好いい死に方出来るなって思っただけなんて誰が言えるだろうか?(反語)
そんな内心を悟らせないよう、なんとか言葉を絞り出した。
「怪我とかはなかった? 君が無事みたいで良かったよ」
引きつりそうになる顔面を気合で保ち、なるべく安心感を与えるように努めて明るく振る舞う。
どの口が言ってんだこれ・・・。先生、俺死にてえんすよ。ホント勘弁してくれ。もはやこれ羞恥プレイだろ。
いやこれなんていうのが正解なの? というかどうすればいいのこれ?
知らない天井だじゃねえよホント。
「おかげさまで、私はなんともありませんでした」
「そう、良かった。あの後はどうなったの? って聞いても大丈夫かな?」
「えっと、包丁持ってた男の人はあの後すぐに駆けつけてくれた警察の人がすぐに捕まえてくれて・・・」
続けて彼女がことの経緯を語ってくれた。
犯人はすぐに連行されていった事。
俺が死なないように懸命に応急処置を施してくれたらしい。
救急車に添乗し、そのままICUに運ばれた後すぐに緊急手術。
幸いにも(幸いか?)包丁は臓器を傷つけることはなかったが出血量が多かったために傷を縫合し輸血処置。
刺されてから2日しか経っていないらしい。
なんなら経過にもよるが2週間もあれば退院できるとか。
うお、冷静になるとなんかちょっと恥ずかしいぞこれ。
いやちょっとどころの騒ぎじゃない、マジで顔から火が出るわ。
恥ずかしさの余り俯いていると、彼女の方から口を開いてくれた。
「あの、私、
「あぁ、や、そんな頭下げないで。もっと格好良く助けられたらよかったんだけどね、ははは。」
何度も頭を下げられるとこちらとしても弱ってしまう。
ただでさえ助けようなんて気持ちがあったわけでもないのに、キラキラとした純粋な目でこちらを見つめている。いや、実際命の恩人ではあるのだろうが。彼女の目から見てみれば、包丁を握りしめ、今まさに自分を襲いかかろうとしていた暴漢相手に、颯爽と駆けつけ、勇猛果敢に立ち向かっていった男なのだから。
視点を変えれば格好いいな俺・・・やるじゃん・・・フフッ。
はぁ・・・。おどけたところで状況が好転するわけもなし。
出来れば深く知り合う前になぁなぁにしてフェードアウトしたいんだがなぁ。うちはもうキャパがいっぱいなのよ・・・。
というか今更だがなんで彼女がここの病室にいるんだ? 普通はこういう時って面会謝絶! だとかそういう措置が取られるもんなんじゃにーの?
俺腹刺されてんのよ? 絶対安静とか集中治療室とか医療ドラマで見たことあるぞ? 俺は絶対に失敗しない医者のドラマを全シーズン視聴しているから詳しいのだ。というかまず家族が来るもんなんじゃないの?なんて思ったけど違うの?連絡つかなかったのかしら。
正直説明も面倒くさかったから家族に連絡が行かなかったのはラッキーだったんだけれども。
「あの、お兄さんの名前・・・」
俺としたことがすっかり失念していた。彼女にだけ名乗らせるのはあまりにも失礼だろう。人間として礼を欠く行為だったと反省し、すぐに名乗る。
「あぁ、ごめんね。俺は山田太郎だよ」
少し間を置いて、彼女はどこか不思議な顔でこちらを見やり、
「どうして、嘘吐くんですか?」
そう言い放った彼女の瞳はどこか少し濁っていた。
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