魔剣クロノスを得るために! Ⅳ

日々菜 夕

第4話

この物語はフィクションです。登場する人物。地名、団体名等は全て架空のものです。






 早朝――


 外が少なからず白み始めた頃。


 私がグレンの元へ行こうとすると、お母様に呼び止められました。


「ダメよロゼット。お出かけするならお弁当くらい持っていかないと」


「えっ!? ですが……」


 お母様が、こんなに早く起きている事にも驚きましたが。


 それ以上に、もたもたしていると他の女に先をこされてしまいそうで私の心は、あせります。


 それなのにお母様は、余裕たっぷりの笑みを浮かべて、


「少しだけ待っていなさい」


 台所に向かって歩み始めます。


 そして戻ってきたお母様の手には、大き目なバスケットが!


「お母様、それは?」


「お弁当に決まっているでしょう」


 こともなげに言っていますが、いったいいつの間に作ったのでしょう。


 もしも、私が早朝からグレンの元へ押しかけるのを察していたとするならば――それ以上に早く起きて準備していたことになります。


 まったくにもって驚きです!


「ありがとうございます」


 お母様にお礼を言ってバスケットを受け取ると、思っていた以上に重くて。


 またしてもビックリ!


 そんな私の顔を見つめながら、お母様は――少しだけ引き締まった顔つきで言いました。


「ロゼット! 本当は、自分で作らないとダメなんですよ! でないと効果半減どころか人によっては効果なしって落ちまであるんですからね!」


「そうなのですか?」


 私なんかが作った不出来な物よりも、お母様が作った物の方がグレンも喜んでくれそうな気がするのですけど……


「好きな人の事を想って一生懸命作る事に意味があるんです! じゃないといつまでたってもグレンさんに女として見てもらえないわよ!」


「はぅ~」


 お母様に隠し事は通用しないって事でしょう。


 私の気持ちに気づいているとしか思えません。


 そうなのです。


 私は、グレンに一人の女性として見てもらいたいと強く思っています。


 それなのに……


 私は、そのチャンスを一回逃したことになるのです。


 そんな私に対して、お母様は笑みを浮かべて言いました。


「今日は、特別ですからね。次からは自分で作るように!」


「はい! 分かりました! 次から頑張るので、お料理の作り方教えて下さい!」


 私が、頭を下げると――お母様は、とても優しい声で、


「うふふふ。まかせなさい! 男の胃袋つかむのなんて簡単ですから」


 そう言いながら私の頭をなでてくれました。





 雪がすっかり溶けてなくなったとはいえ早朝の空気は、まだまだ肌寒い。


 そんな中――私は、グレンが寝ているであろう小屋に向かいます。

  

 距離にして10メートルくらいなので、会おうと思えばいつでも会える距離。


 でも、私の心とグレンとの距離は、ものすごく離れている気がします。


 きっとグレンからしたら――私は、生徒の一人でしかないのでしょう。


 だからこそ、なんとかしようとあせってしまうのです。


 でも、その気持ちが空回りして、昨晩はお母様に、嫉妬を表に出すのは悪手だと言われてしまい。


 今朝は、お出かけするのに――お弁当のことなんてまるで頭にありませんでした。


 グレンとは、ほぼ毎日のように食事を共にしています。


 そういった意味では、グレンの胃袋をつかんでいるのは、お母様ということになってしまいます。


「は~」


 グレンが美味しそうに、お弁当を食べる姿が簡単に想像できてしまい、ため息がこぼれました。


 これからは、なにかあったらお母様に相談しよう。


 そうでもしないと悪手を積み重ね取り返しがつかない事になってしまうかもしれません。


 そんな事を考えながら小屋の前に来て――ふと気付きます。


 バスケットが、重くて私の腕力では片手で持てません。


 つまり今のままでは、ドアが開けられないのです。


 どうしようかと悩んでいると――!


 ドアが開いて、


「やぁ、おはようロゼット。思っていた以上に早くきたな」


 お出かけの準備が整った?


 グレンが出てきました。


 ラフな格好で帯剣しているのは、いつものことですが……


 長い釣竿を持っているところからすると――行先は湖なのでしょう。


「おはようございます先生。今日は、お魚釣りですか?」


「あぁ。そうだ」


 グレンは目的を当てられて笑みを浮かべます。


 そして、その笑みが私の持っているバスケットに向かうと、


「おっ! それは、アンナさんが作った弁当かい?」


 さらに上機嫌になります。


 私は、お母様に完全敗北したことをかみしめながら。


「はい。そうです……」


 と、口にするのがやっとでした。





 湖に向かう途中――


 何度か、私の持っているバスケットをグレンが『それ、もとうか?』と言ってくれましたが。


 意地をはり、自分で持つと言い張ってきた結果……


 湖につくころには、ヘロヘロになっていました。


 それもそのはず。


 バスケットの中身は、朝食分と、昼食分。


 さらには、飲み物まで入っていたからです。


 それを見た、グレンは大喜びして朝食分のパンとミルクを、あっさり完食。


 特にパンには、野菜だけでなくヤギの干し肉を軽く炒めたものがサンドされていて、程よいマスタードソースとあいまってすごく美味しかった。


 果たして私は、同じものを作れるのだろうか?


 いつも当たり前だと思っていた食事が、なんだか夜空に浮かぶ星みたいに遠くに感じたのです。


 そんな私の気持ちなんて、どこ吹く風とばかりにグレンは無邪気な子供みたいな顔で、


「ごちそうさん!」


 と、言うが早いか釣竿を持って立ち上がり、湖に近づきます。


 そして――まるで、そうするのが当たり前だと言わんばかりに竿を振り。


 静かな、湖面に小さなチャポンという音と波紋を作ります。


 見渡す限りでは、私達しかおらず。


 朝日が昇り始め、光を受けて輝くグレンの姿は、どこか幻想的でかっこよく見えなくもないのですが……


 私の知っている知識では、釣り針にエサを付けるのが必要だったはず。


 でも、私の見ている限りでは――グレンはそのようなことをしていませんでした。


 なので、近づいて問いかけます。


「先生。釣り針にエサを付けなくてもよろしいのでしょうか?」


「まぁ、みてろって! っと! きたきた!」


「えっ! なんで?」


 ピーンと糸が張り竿がしなります。


 そして、みるみるうちに魚が近づいてきて――砂浜にうちあげられるようなかたちでバタバタと暴れています。


 大きさにして50センチほどの魚から釣り針を外すと、グレンは小さくも力強い言葉を発します。


「凍てつく伊吹よ。我が魔力を喰らい、このものの命を閉じよ」


 一瞬で冷凍された魚の出来上がりでした。


 それを持ってきた布の袋に入れます。


「それじゃあ、始めようか。私は、エサを使わずに魚を釣り上げたわけだが。なんでそんな事が可能になったと思う?」


 グレンが、先生の顔になって講義を始めていた。


 なんとなくですが、言いたいことは分かります。


 冬の間――色んな事を教わり。


 中には、戦闘では役に立たない魔法が数多く存在していることも知っているからです。


 つまり、答えは――


「幻影魔法の一種でしょうか?」


「正解だ!」


 グレンはとても嬉しそうに笑い、言葉を続けます。


「今釣り上げた魚には、この釣り針が美味しそうなエサにしか見えなかったということさ。いや~、本当に嬉しい誤算ってやつだ。ギルドの依頼を半年も前倒しして来たかいがあるってもんだ。これだけ優秀な弟子に出会えたんだからな」


 そう言えば、あの雪が降る日の出会いが偶発的なものだったのは、グレンが勝手に予定を変えて来たからと言う落ちでした。


 お父様も、雪が溶けた頃にでも来てくれれば良いと言う依頼をしていたため――


 まさか、依頼してすぐに来てくれる人が居るとは思ってもみなかったそうだ。


 でも、結果的にはグレンが早く来てくれて助かったというのもある。


 一度だけだが、熊型の魔物が村に入り込んだ事があったからだ。


 もしも、グレンが早めに来てくれていなかったら私達は、帰る場所を失っていたかもしれない。


 と、なれば……


 その日から、グレンは村の英雄扱いで――今では、先生の真似事までしている。


 年頃の娘が、黙って見ている方が珍しいくらいだ。


「さてと、種明かしも終わったし。ある程度、私が釣ったら交代だ」


「えっ!? 私が? ですか!?」


「他に誰が居るっていうんだ。ロゼット?」


 ――それから、グレンは瞬く間に釣果を伸ばし。


 10匹釣り上げたところで、私と交代。


 私は、グレンに教わった事を思い返しながら魔力をコントロールし――


 魚にとって、美味しそうなエサに見えるように魔法を発動しようと試みます。


 しかし、なかなか上手くいきません。


 無慈悲にも時間だけが、過ぎていきます。


 私は、グレンの――先生の一番弟子なんだからこのくらいできなきゃダメだ!


 そう思い、あせれば、あせるほど、魔力は霧散し失敗ばかりが積み重なります。


 いったん休憩してお昼を食べても。


 私は、魔法の練習を続けました。


 そして――


 日が傾き始めた頃。


 ようやく、1匹だけ釣り上げる事に成功しました。


「やはり、たいしたものだよ。ロゼット。普通なら途中で投げ出すか、私を罵倒して、もっと価値のある魔法を教えろと言ってくるものだ」


「ですが、自分と、竿と、糸と、針を、一体化するイメージは、剣術や槍術でも応用出来ますよね?」


「その通りだ。今日は遊びみたいなものだが。命を懸けたぎりぎりの攻防の中。相手に自分の間合いを悟らせないのはじゅうぶんな武器になる。最低限しか教えていないのに答えにたどりつく才能。それはロゼット。間違いなくお前さんの実力だ」


「そう、なのでしょうか?」


「あぁ。自信を持っていい」 


「あ、ありがとうございます」


 お行儀よく頭を下げると、グレンはとても嬉しそうに笑みを浮かべていました。


 そして、ここが攻め時だと思った私は――


 次の約束を取り付けようと強く思いました。


「で、では、また今度、釣りに誘って下さいますか?」


 すると、意外なことにグレンは急に難しそうな顔をしました。


「実はな、今日だけで8人……私が間借りしている小屋に訪れた女性がいる」


「え?」


「端的に言うと、結界魔法と通信魔法の応用なんだが……正直なところ勉強熱心な生徒を無視するというのも心が痛む」


 いや、それ絶対に勉強目的じゃなくて!


 グレン目あてなだけだから! 


 と、言いたいところではあるものの……


 下手なこと言って、グレンに特別な女性が出来ちゃうのは困る!


 これは、帰ったら、お母様に相談すべき案件だろう。


 だから、ここは無難な言葉を選ぶ。


「でしたら、私も一緒に勉強してもよろしいでしょうか?」


「ん? しかしロゼット。お前さんにはもう必要がない初歩の初歩ばかりだぞ」


「ですが先ほど先生おっしゃいましたよね。勉強熱心な生徒を無視すると心が痛むって」


「なるほど、確かに、お前さんも生徒の一人だ。無視するというのは人として間違っていると思う」


「でしたら、他の女生徒が考えている間に私の事も見てください」


「分かった。それじゃあ今釣った魚を冷凍したら帰るとするか」


「はいっ!」


 よしよし。


 これで、グレンをひとりじめしようとしているやからに目を光らせる口実が出来ました。


 今日来た女性が、どこの誰だか知らないけど!


 私の、グレンは絶対に渡さないんだからね!

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魔剣クロノスを得るために! Ⅳ 日々菜 夕 @nekoya2021

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