Ep.2 こうして出会った
適当に100均で必要な備品を揃えてから帰路に着く。さっきの会議のせいで若干後味の悪い1日となってしまったが、学校が終わって帰宅中という事実だけで何もかもが吹っ飛んでいく。
「ただいま〜」
両親は会社の新規事業の関係で東京に行っており、殆ど家では1人なのだがどうも癖で言ってしまう。
「おかえり〜」
え?
なんと誰も居ない虚構の空間から母の声が返ってきたのだ。心霊現象の可能性を考えて玄関に置いてある傘を片手に声がしたリビングの方に向かうと、明かりが灯っていた。それと同時に丁度部屋から出てきた父と鉢合わせた。
「何してるんだ?」
「ちょっと傘が壊れたから部屋で直そうかと」
父は何言ってんだコイツと言った表情をしている。深掘りされると精神病を疑われるかもしれないので即座に話題を変える。
「これ、生徒会の備品買ったレシート。顧問の先生じゃなくて父さんに渡しても大丈夫だよね」
そう言って手渡されたレシートを眺めた父は額面より多い金額を渡してくれた。臨時収入ゲット!
「それはそうと翔太郎、今日は話があって帰ってきた」
「話?」
「まあとりあえず座れ」
親からの話があるは高確率で悪い知らせだ。突然の展開に緊張して鼓動が速くなるのを感じた。
「単刀直入に言うが、お前に見合いをさせたくてな」
見合い。お見合いの略。男女が近親者の紹介によって婚姻を検討することだ。
唐突な話に付いて行けず、脳内のウキペディアで情報を整理していると目の前に1枚の写真が差し出された。
「東京で今行ってる新規事業のツテで仲良くなった経営者の娘さんだ。最近の若い人は結婚どころか付き合いすらしないから後継が心配だと仰っててな」
混乱している中で次々に開示される情報を必死に拾って整理する。写真に写っている女性は同い年ぐらい。制服を着ているから恐らく高校生だろう。青い髪が特徴的な可愛らしい女性だ。下の方に書かれた文字には“尾崎日菜”と書かれている。恐らくそれが彼女の名前だ。
「待って父さん」
父の説明を静止するように若干声を張って静止する。
「“約束”はどうなった?」
“約束”それは父の経営する高校に進学する際に交わしたものだ。本当は普通の共学校に行きたかった。そこで普通に友達を作って、彼女を作って青春生活を送りたかった。
だが父の反発により今の南高校に通うことになったのだ。だがそれと引き換えに大学は自由に選んでも良い、そして一人暮らしをしても良いなど高校で自由を奪われた俺は会社を継ぐという絶対条件の元、その他の人生は自由に過ごしても良いと父と“約束”したのだ。
しかし目の前に差し出されたのはまたも自分の自由を奪う選択。結婚を前提、そして東京で一緒に事業をしている経営者の娘なのでもし何かあったら取引自体が傾く事など脅しの条件を突きつけられていた。即ち高校時代は愚かその先の大学生、そして独立してからも一生恋愛の自由が奪われ、更に父は俺を会社の経営のための道具として使おうとしていたのだ。
ここまで脳内で整理できた頃、俺は怒りが爆発していた。
「俺は父さんを見習って、迷惑をかけまいとしていた。高校の条件を飲んだのもそうだった」
胸の内に秘めていた想いが言葉になって出てくる。ここで怒りに身を任せて怒鳴っても何も解決しないし状況は悪くなるという事は頭では理解しているが、一度始まった暴走は自分でも止められない。怒りの言葉を口にしながらでも頭では冷静に現状を分析している。そしてどう考えても俺の取ったこの選択は誤っていると結論付く。
一通り喋ると、父は黙ってこちらを見ていた。母も心配そうにこっちを見ている。
「悪い。ちょっと出てくる」
この自分が作り出した空気感に耐えれなくなり、俺はそのまま家を出ていった。父さんたちは今日中には帰りそうな雰囲気だったのでどこかで時間を潰す事にした。
たまたまポケットに入っていたイヤホンを耳に付け、音楽を流しながら1人で町を行く宛てもなく彷徨う。すると幾度となくさっきの自分の発言が脳裏に何度もよぎってくる。その都度自分の発言について無意識に添削をして自責の念に駆られる。
そしてもうひとつ、幼少期に仲の良かった女の子との思い出が、この時ばかり鮮明に浮かんで来た。男友達とは違う不思議な感覚。とにかくその子とずっと一緒にいたいと思っていた。今考えればそれが初恋だったのかもしれない。
そんな過去の記憶が巡っている間に、気が付けば鼻に付く匂いが町中を漂っていた。雨の匂いだ。それを認識したと同時にザーッと雨粒が地面に叩きつける音が響いた。近くにコンビニがあったので急いで駆け込んで、財布は持っていなかったので電子マネーで傘を購入した。安そうなビニール傘に800円。このちょっと不幸な出来事すら悲劇的に感じるほど俺の心は弱っていたらしい。
その後、町の果てにある久松山と呼ばれるかつて鳥取城があった山を目指して放浪を再開した。幼少期の記憶だが道中の石垣から見た町の夜景が鳥取とは思えないほど綺麗だったのを思い出したので、そこを目的地にすることにした。
とは言っても10分ほど歩いただけで麓まで到着してしまった。そのまま足を止める事なく山の入り口に向かう。
道中は街灯も少なかったが、道が広いお陰で石垣まですぐ到着した。こういう時はなぜか時間の経過が早く感じるものだ。
夜景を見ようと思ったが、雨が激しくなってきたので近くの小屋に避難した。傘を閉じてベンチに腰を掛け一息付く。
「何も考えたくない」
そう思い夜景の見える方を見ると、何やら人影の様なものが立っているのだ。一瞬幽霊かと思ったが、その人影は何やら泣いている様な小刻みに揺れる動作をしていた。ますます幽霊疑惑が高まる。
夜景に映るそのシルエットは髪が長く女性のようだ。そういえば幽霊って大体女性だよな。
しかしいくら幽霊に見えても傘を刺さずに1人で泣いている人影を放置することは出来ない。傘を手に取り、心の中で遺言を残してからその女性に近づく。
「大丈夫ですか?」
そう言いながら俺は彼女の背後から傘を差し出す。そして振り返ったその彼女の顔を見ると、悲鳴が上がった。
俺がこの世で幽霊よりも恐ろしいと思っていた人。会議で罵られた事のあるあの北高生徒会長の国崎莉々菜だったのだ。
2人同時に悲鳴を上げ、しばらく時が止まった。俺たちはこうして出会ったのだ
俗にいう、出会いは最悪ってやつだ @LUXION2211
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