第三話 万能なる者は姿を現す

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 〈先住者インディジェナス〉の群れを掃討し、戦線は順調に押し上げられていた。


 前方の部隊は既にトロイメア郊外の峡谷に足を踏み入れているようだ。

 そこにある洞窟や廃坑に潜む〈先住者〉の群れとの戦闘が始まっている。


 「……長期戦になって、こっちの被害も増えてきたわね」


 ミセラとヴィンス、クザと共に前線へと向かう道中、前線から次々に運ばれてくる負傷者たちとすれ違う。中には重傷者もいて前線の厳しい状況を物語っていた。


 「【暗闇ダークネス】との戦闘でも被害が出た」


 自らも戦闘の余波に巻き込まれ、額に包帯を巻いたクザが目を細める。


 「あれから〈先住者〉の特殊個体とは遭遇していないが……」


 数を頼みに襲いかかってくる〈先住者〉の群れも当然恐ろしい。

 しかし、【暗闇】のように大規模に魔素を操り、攻撃してくる特殊個体たちの脅威はその比ではない。


 「他の特殊個体は、ジャンヌさんたちが引き受けてくれてますけど……」


 ミセラが戦闘の疲労をにじませつつ、長槍を手に峡谷の岩場を駆ける。


 魔族たちが特殊個体たちを引き受けてくれたお陰で、被害は抑えられている。

 だが、この先〈先住者〉の本拠地である、峡谷やその地下に何が待っているか、


 そんな事を考えていると、上空で鳥の羽ばたく羽音が聞こえた。

 ──と、思う間もなく上空から地上へと向けて、とんっ、と軽い身のこなしで、黒髪をなびかせた人影が降りてきた。


 「ベスティラ!」


 私が名前を呼ぶと、ベスティラはローズピンクの瞳で、ちらと顧みた。

 彼女は腰の鞘から長剣を抜き放ち、私たちと共に前線へと向かって走り始める。


 私は黒いケープをなびかせて走る彼女の隣に並んで駆けた。


 「ジャンヌと一緒に特殊個体を引き付けてたのよね?どうなった?」

 「……二体の特殊個体と戦闘になって、一体に手傷を負わせたわ」


 ベスティラはちらりと自分の剣を見下ろし、一つ息を吐いた。


 「後はジャンヌに任せた。私はこっちに合流して手助けするように言われたわ」

 「そうなんだ。ジャンヌが大丈夫って言ったのなら、平気よね」


 「多分ね」と、ベスティラが軽く肩をすくめる。

 私はその横顔を見て、苦笑した。


 「……ま、あんたが一番、そこんとこは気に懸けてるし、よく分かってるだろうからこれ以上は言わないよ」

 「……黙りなさい」


 私が軽くぽんっと肩を叩くと、ベスティラが鋭く睨みつけてくる。

 しかし、すぐにベスティラの表情が引き締まって前線に向き直った。


 「ジャンヌが私を本隊へと戻したのは……まだ姿を見せていない〈先住者〉のもう一体の特殊個体がいるからだと思う」

 「もう一体の、特殊個体……」


 先日の会議での内容を思い起こし、私も思案する。


 「……最初にウェスパで姿を見せた、ジャンヌの目を抉り取った奴か」

 「そう。他の特殊個体より幼い姿をしていたけど……おそらく、あいつが〈先住者〉たちの長──群れの女王なのだと思う」


 女王──〈先住者〉たちの。


 「じゃあ、そいつをなんとかすれば群れは瓦解するのかもしれません」


 私とベスティラが口をつぐむと、横から快活な声がかかった。

 いつのまにか、ミセラが私の隣に並び長槍を揺らし駆けていた。


 「際限なく増え続ける〈先住者〉たちは相手しているとキリがないし、この戦いが終わっても、どこかで生き延びて数を増やしてしまいそうじゃないですか」


 なんだか訳知り顔で指を立てて説明を始めるミセラ。

 私とベスティラは、少しきょとんとして彼女を同時に見詰めた。


 「でも、それを統率している個体がいるなら、そいつさえやっつければ〈先住者〉たちは散り散りになり、時間をかければ根絶だって目指せる……」


 「そういうことです!」と、やけに自信満々に言い放ったミセラ。

 なんだか、私たちを相手に自分の見解を説明してみせたのが嬉しいらしい。


 ミセラの誇らしげな態度に、私もベスティラも何度か目をしばたいた。


 そして──私もベスティラも「ぷっ」「ふっ」と、同時に噴き出してしまった。


 「えっ?えっ?私、なにか間違ったこと言いました!?」


 途端に焦って手をわたわたさせるミセラに、ベスティラかぶりを振った。


 「いいえ……。あなたの言う通りよ、ミセラ」

 「目標がはっきりしている方がやり易いのは確かにそうね」


 私たちが口々に答えると、ミセラがほっと息を吐く。


 「なら……私たちの目標は定まったわね」


 私は左右に並ぶミセラとベスティラを振り向き、二人に語りかける。


 「未だ姿を見せない〈先住者〉の特殊個体。おそらくは群れを統率するその一体を見つけ出し、対処する」


 私が方針を確認すると、ミセラが嬉しそうに大きくうなずく。

 ベスティラが、軽く息を吐いて私を横目に流し見た。


 「でも、そいつは弱体化していたとはいえ、ジャンヌを一度は破った相手よ。そこんとこは肝に銘じておきなさいよ」

 「あらら、ベスティラちゃん、えらく親切じゃないの。わざわざ忠告してくれるなんてさ」


 私がふざけた口調で揶揄うと、ベスティラの射殺すような眼差しが返ってきた。


 ──「仲がいいのは結構なことだがな、三人娘」


 三人で前線に向かっていると、背後からヴィンスが呆れ顔で口を挟んできた。


 私たちと一まとめにされるのが不本意そうなベスティラ。

 だが、ヴィンスは前方に近づいてくる前線を振り向いた。


 「そろそろ俺たちも仕事の時間だぜ」


 ヴィンスの言葉に、ベスティラがまずうなずき長剣の刃にすっと指をはわせ、赤黒い魔力をまとわせた。


 「……ここまで付き合ったなら、お望み通りに最後までやってやるわよ」


 そう言って、ベスティラはローズピンクの瞳を細め、全身に闘志をみなぎらせる。


 「私たちなら、やれます!」


 長槍を背中から抜いて、ひゅんっと空を切り構えるミセラ。

 彼女が私を振り返り、間近に迫った〈先住者〉たちの激しい戦闘を繰り広げる前線を目指した。


 「行きましょう!ジェラード様!」


 ミセラの瞳の虹彩の奥、虹色の輝きが強く光る。


 「私たちの……未来を掴む戦場へ!」


 彼女が差し出した手を掴む。


 「ええ!」


 私が迷いなくうなずくと、ミセラは長槍の穂先で風の魔素の滞留を突いた。

 魔素を含んだ風が勢いよく吹き上げ、私とミセラの体を戦場へと運んでいく。


 その隣で、ベスティラが漆黒のケープを打ち振るい、軽やかに宙を舞った。


 私とミセラ、そしてベスティラ。


 三人同時に前線の激しい攻防が繰り広げられる地面に着地する。

 そうして、それぞれに武器を構え、目の前に迫った魔獣の群れに対峙した。


 **


 ──「三体の特殊個体が敗れた。……残る一体も、先ほどから動きがない」


 峡谷を見下ろす崖の上で、一人、【万能オルマイティ】はつぶやいた。

 付近の洞窟や廃坑で数を増やした〈先住者〉の群れはまだ余力があるが、ジャンヌは健在のようだし、他にも自分の知らない力のある者たちが存在する。


 「結局……わらわ自身が動かねばならんか」


 〈帝都〉との決戦の足掛かりと考えていた、トロイメアとの攻防戦。


 しかし、どうやら楽な展開だと考えていたのは見込み違いのようだ。


 「認めざるをえまい。トロイメアの連中は……想像以上にやる」


 白銀の流れるような髪をなびかせ、ふわりと岩肌を蹴って【万能】は宙に舞った。


 「いいだろう。妾の元に来るがいい」


 古の魔獣の本能か、それとも長年積もった種族の恨みか。

 【万能】は自らの内から湧き上がる戦意と殺意に、かすかに身を震わせた。


 〈先住者〉の群れの只中に降り立った【万能】は、かっと、瞳を見開いた。

 この場に迫りつつある、トロイメアの勢力をひたと見据え、【万能】は身構える。


 「寄せ集め風情が!大陸で醜く争いの時代を繰り返してきた下等種族が!完璧な存在たる妾に及ばぬという事実!その目でしかと見よ!」

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