第二話 黒剣士は可能性を見る
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「放して……放してよ!おねぇさま!」
必死で翅を鳴らして逃げ続け、戦場から遠く離れた荒野へ【
すると、我慢ならないといった様子で【
「こんな所まで逃げてきてどういうつもりよ!?」
【光輝】は
烈火の如く怒り狂う妹の顔を見て、【紅炎】は口ごもる。
「それは……」
「まさかこのまま尻尾を巻いて逃げ出すだなんて言うんじゃないでしょうね!?」
【紅炎】はそうではない、と強く打ち消そうとした。打ち消したつもりだった。
「そんな……つもりは……」
だというのに、【紅炎】の口から出たのは、力のない否定の言葉だった。
【光輝】が、痺れを切らした様子で【紅炎】に詰め寄って、肩を掴む。
「どうしたの?どうしちゃったのよ?おねぇさま。わたしたちの使命……生まれた理由を忘れたわけじゃないのよね?わたしたちは、同胞がこの地上で繁栄する為、その外敵を滅ぼす為の兵なのよ?」
【紅炎】もそれは理解している。自分が何故、創造されたのかも。
「分かっている。それは……だが……」
【紅炎】はうつむき、外骨格に覆われた手でもう片方の腕をきつく掴んだ。
「【
「それがなんだっていうの!?わたしたちの代わりは、これからいくらでも生まれてくる!一人でも多く敵を殺し、滅ぼすことがわたしたちの役割でしょ!?」
理解しがたい生き物を見るような目でこちらを見る妹に【紅炎】は息を呑む。
自分だって分からない。理解できない。
だが──【氷雪】や【暗闇】と、もう二度と会えないのだと思うと刺すように胸が痛む。この上【光輝】までいなくなったらと思うと、固く身がすくむ。
うつむき、言葉に窮する自分を見て【光輝】は困惑した表情を浮かべる。
「おねぇさまが何を言っているか、わたしには全く理解できないわ」
やがて、冷ややかに吐き捨てた【光輝】に、【紅炎】は呆然となる。
しかし、その時、上空から鳥の羽ばたく羽音を聞いて、【紅炎】はびくりと背筋を震わせた。
──「まだ仲間割れしてるのか、お前ら」
とんっ、と軽く地面を踏む音がして、低く豊かに響く女の声が聞こえた。
長剣を鞘から抜く涼やかな音。地面を踏み締め近づいてくる圧倒的な気配。
「私はこれ以上、貴様らがぐだぐだとやるのに付き合うつもりはないぞ」
そう言って、ひゅんっ、と剣で空を切る音を立てて構える。
それを聞いて「くそっ」と【光輝】が素早く光の魔素を練り上げ、目にも留まらぬ速さで魔法弾を放った。
蒼い魔力の炎をまとった刃が。きんっと甲高い音を立てて魔法弾を弾いた。
【光輝】の攻撃を軽々と弾き返した、その魔族の女剣士は何事もなかったように近づいてくる。
「ジャンヌ……アスタルテ……」
【紅炎】も、その魔族の最強の剣士の情報は知っている。
自分たちの創造主である【
だが──明らかに、その情報から知ったジャンヌ・アスタルテと違う。
今自分たちの目の前に立ちはだかる彼女は。何から何まで。
(全身から噴き出すような力強い魔力、質も量も。ほんのささいな体の動きからも分かる、力強さ、隙のなさ。私と【光輝】の二人を相手取ることに、全く気負いを感じない、超然とした態度。存在感も威圧感も……)
【紅炎】は、一歩ずつ近づくその姿に、はっきりと恐怖を感じた。
「片方じゃ相手にならんぜ。かかってくるなら二人がかりでこい」
力みのない仕草で剣を掲げ、その切っ先を自分たちへ向ける。
大陸最強の魔族の剣士。
その真価を取り戻した、ジャンヌ・アスタルテがそう油断なく言い放つ。
〇
「黙れっ!貴様などわたし一人で十分だっ!」
そう吠え猛った【光輝】が、翅を鳴らしてジャンヌに襲い掛かる。
鋭い爪に光の魔素をまとわせて、続けざまに何度も素早く振り下ろした。
しかし、それをジャンヌはいとも容易く。表情一つ変えずにいなしていく。
【光輝】はなおも攻撃の手を緩めず、ジャンヌを追い詰める為に攻撃を重ねるが、まるで相手にならない。
「くっそおおおおおおおおっ‼」
【光輝】が焦れたように、大振りの攻撃を振るった、
その一瞬の隙に、尖った仮面の下でジャンヌの目が鋭く光る。
「……っ!?」
ジャンヌが軽く剣を振り上げた。
その一撃で、【光輝】の翅の片方が切断され、宙を舞った。
「なっ……は……!」
「【光輝】!」
翅を斬り落とされ、地面に膝を突いた【光輝】。
その痛々しい姿の妹はなおも牙を剥いてジャンヌに飛びかかった。
だが、再びジャンヌの蒼い炎をまとった斬撃が一閃する。
「があっ……」
大きく目を見開いた【光輝】が、まるで風に舞うぼろのように弾き飛ばされた。
そのまま地面に激しく転がる妹の姿に【紅炎】は反射的に駆け寄った。
「【光輝】……」
「……おねぇさま……そこを、どいてよ……」
ぜぁはぁと息を吐き、こちらを押しのける【光輝】を【紅炎】は呆然と見送る。
「わたしは……地上を我々の手に取り戻す……尖兵だ。わたしが死んだって、代わりはいくらでもいる……。一匹でも多く……地上の敵を殺してやる」
【光輝】は呪詛のように言葉を吐き捨て、恨みの視線でジャンヌを射抜いた。
そうして、片方残った翅を全力で震わせ、両手を前に突き出した。
「お前は……わたしにっ、殺されろっ‼」
「【光輝】!やめろ!そんな体で威力の高い魔法弾を放ったら……!」
【紅炎】は引き留めようとしたが、なおも【光輝】は光の魔素を全身に集めた。
そのまま、大量に増幅させた魔素を両手から放とうとしている。
【光輝】自身の体がもたないほどの大量の魔素だ。
妹の手足の外骨格が弾けて、剥がれ落ち、血が噴き出した。
度重なるダメージを受けて、自分の身も顧みずにそんな攻撃を放てば【光輝】の体がどうなるかは一目瞭然だった。
【紅炎】はそれを制止しようとした。
しかし、〈先住者〉の本能に突き動かされる【光輝】は、姉の姿を
「ジャンヌ・アスタルテぇっ‼お前は跡形もなく消し飛べぇっ‼」
そのまま、極太の光線と化した魔法弾を【光輝】は放つ。
まるでもう一つ太陽が現れたような凄まじい閃光が、その場を包み込んだ。
【光輝】の放った魔法弾は地面を抉り、地をはう植物を焼き尽くし、空気を灼熱させて、ジャンヌを捉えた。
それでもなお【光輝】は透明な翅を震わせ、出力を上げる。
威力を増した光線はジャンヌの体を焼き尽くしたかに思えた。
【光輝】の、自分の身も顧みない極太の光の魔素の光線。
「……っ!はぁっ!はぁっ……ふっ、ふふ……。これで、これで……地上侵略の……最大の障害、が……わたしの……手によっ、て……」
手足の外骨格が弾け飛び、皮膚が焼け焦げ、全身から煙を上げる【光輝】。
それでも、妹が満足げな笑みを浮かべるのを【紅炎】は見た。
その一瞬後、ぼろぼろになった【光輝】の体がぐしゃりとくずおれた。
「【光輝】!」
【紅炎】は倒れた妹の体に駆け寄り、助け起こした。
しかし、全身が黒焦げになって煙を上げる【光輝】は、勝利を確信した笑みを唇に刻んだまま──
「……【光輝】……」
【紅炎】は呆然と、妹の姿を見下ろした。
ジャンヌが──ジャンヌ・アスタルテがいなくなれば、最大の脅威が除かれたことになる。それは確かだ。それ以外は取るに足らない有象無象で、妹の働きは同胞たちの大きな助けになるはずで──
だが、【紅炎】はなんの喜びも感じない、虚ろに脈打つ胸に妹を抱き寄せた。
「私は……どうして……こんな風に、なって……」
妹たちはいなくなってしまった。生き残っているのは自分一人だ。
胸に生まれた虚無に呑まれた【紅炎】。
虚ろな表情で【紅炎】は物言わぬ【光輝】の体を抱え上げようとした。
だが──焼け焦げた地面から立ち昇る煙の向こうから──
──足音が聞こえた。
【紅炎】は愕然として顔を上げた。
「……死んだのか?そいつ」
「……っ!」
体を覆っていた外套を払い、静かな眼差しでこちらを見下ろす、黒衣の剣士。
真意の見えないその左右色合いの違う瞳を、【紅炎】は呆然と見上げた。
その視線が自分に向けられ、一つまばたきをする。
「……どうするんだ?お前は?」
「っ!ああっ!あああああああああっ‼」
【紅炎】は、妹が命懸けで打ち倒そうとしたその相手に、両手の拳を握り、魔素の炎をまとわせて殴りかかった。
翅を震わせ、高速で突進して衝撃波を伴う連撃を繰り出す。
しかし、ジャンヌはその一つ一つの攻撃を確実に、余裕をもってさばき続ける。
(私は……〈
【紅炎】は、なおも魔素の出力を上げようと翅を震わせる。
その瞬間、ジャンヌが鋭く目を細めるのが見えた。
【紅炎】の目の前のジャンヌの姿がおぼろににじんで──
「っ!?」
次の瞬間、背中の翅が根元から断ち切られ、宙を舞った。
「うっ!あああああああっ!」
魔素の制御機能が外れて、炎が不安定に揺らめいた。
それでも咆哮を上げて、【紅炎】はジャンヌに殴りかかる。
「私は……お前を殺せればそれでいいんだ!妹たちの代わりに、地上侵略の最大の障害になるお前、を……っ!ジャンヌ・アスタルテ‼」
「……!」
「私は、私たちは、その為に……それだけの為に生まれっ、たんだぁっ‼」
叫びながら拳を振り下ろした【紅炎】。
しかし、その渾身の一撃すらジャンヌの剣にあっさりと阻まれ弾き返されて──
(【暗闇】……【光輝】……【氷雪】……)
ジャンヌの蒼い魔力の炎に包まれた剣が自分めがけて振り下ろされる。
その刃のきらめきを見ながら、【紅炎】はぎゅっとまぶたを閉じた。
(みんな……この為に……これだけの為に生まれて……死んで……)
苦しい。淋しい。虚しい。
たったこれだけの事が、自分たちの生まれた意味だったなんて──
(いや、だ……)
背中から地面に倒れ、【紅炎】は何か冷たい物が頬を伝うのを感じた。
「…………」
その瞬間──ジャンヌが、振り下ろしかけた剣を止めた。
魔族最強の剣士は、地面に倒れて動けない自分を見ていた。
【紅炎】には理解できず汲み取ることもできない感情を込めて、見詰めていた。
だが──やがて、無言のまま、剣を振って魔力の炎を消し、その刃を鞘に納めた。
「……私を……殺さない、のか……」
【紅炎】は、辛うじてそれだけを押し殺した声で訊ねた。
ジャンヌは無言のまま、倒れる【紅炎】を見下ろしていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……妹たちが死んで、悲しんでいるのか?」
「悲しい……分からない。私、は……」
【紅炎】が外骨格に覆われた手の指先で、目から溢れる液体をぬぐった。
「教えて、くれ……。あの子たちの生きた意味は……なんだったんだ?」
「……さあな。それは私なんかに分かる事じゃない」
ジャンヌは命を奪い合った相手とは思えない穏やかな声音で【紅炎】に答える。
彼女は、倒れたまま動かない【紅炎】から、くるりと背中を向けた。
自分でもその正体を知らない透明な雫をこぼしながら地面に倒れ込む【紅炎】。
ジャンヌは一度、その姿を振り返った後、静かに歩き去っていった。
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