第四章 選びとる未来
第一話 花の娘は戦場へ向かう
**
〈
しかし、それでも負傷者や、蓄積した疲労で動けなくなり、市内の後方支援の部隊に運ばれてくる者の数も増えてきていた。
戦いは長引いている。夜明けと共に始まった戦闘は、日が天頂へと昇り、いつしか傾き始めても続いていた。
後方支援の部隊の天幕では、〈大陸正教会〉の聖職者たち、婦人会の女性たちが忙しなく立ち働いている。
「アネクスちゃん!これからまた忙しくなるだろうから、今の内にご飯を食べておいて!」
「あっ、はい……!ミトさん」
怪我人の傷の手当をしていたアネクスは、包帯を巻いた男性隊員の顔をのぞいた。
獣人種の男性隊員は、担架の上に寝かされていたが気丈な笑みを浮かべる。
「いいよ、嬢ちゃん。いってきな。俺の方は随分と楽になったから」
「よかった。……すぐ後の人に引き継ぎますから、安心してくださいね」
はっきりした受け答えに安心する。
そうして、アネクスは近くを通りがかった〈大陸正教会〉の修道女に声を掛け、その怪我人を託して、一度天幕を離れた。
負傷者も戦えなくなった者も、これからいくらでも運ばれてくる。
ミトに言われた通り、手早く食事を取ってすぐにでも戻らなければ──
そんな事を考え、アネクスは炊き出しを行っている天幕まで向かった。
しかし、その時、目の前に、誰かを載せた単価が大急ぎで通り過ぎていく。
「重傷だ!一刻を争う!通してくれ!」
治安維持隊の隊員らしい怪我人を乗せた担架が、獣人種の男とアネクスも顔見知りの〈銃騎士〉によって運ばれていく。
「……!」
担架の上でぐったりと動かない、血塗れの隊員を見てアネクスは息を呑む。
凄惨な現場だ。重傷者を見たのは初めてではない。
でも──実際の戦場は、きっともっと過酷だ。
アネクスが見知った相手だって、今どうなっているか分からない。
そして、〈
「…………」
アネクスは人知れず、拳を握り締める。
〈先住者〉の側からは決して退くことはないだろう。
不必要な部分を切り落とした、あの完璧な存在である、あの少女が命じる限り。
アネクスはしばらくその場でたたずみ考えた後──
解放された市壁の北側の門に向けて、石畳を蹴って駆けようとした。
その時だった。
「おいこら、ちび。何処へいこうとしてんだ?」
「っ!?」
背後からぐいっと肩を掴まれ、アネクスは振り返った。
そこには、笹の葉の形をした耳が淡い金髪の間から突き出た、バーテンダーの制服を着た女性が立っていた。鋭い眼で自分を見下ろしている。
確か──リアやジェラードの知り合いの、酒場のマスターだったか。
母と同じハーフエルフの女性に、アネクスは口ごもりつつ向き合った。
「その……あの……」
「そこの門を出たら戦場だぜ。お前みたいな子供、足手まといにしかならねぇって分かんだろ」
はっきりと容赦のない口調で断言されてアネクスは口を噤んでうつむいた。
足元の地面を見詰めて、それでもアネクスは意を決して口を開く。
「……戦いを、〈先住者〉との争いを……止めたく、て……」
「〈先住者〉って、あの虫の魔獣だろ?お前にその力があるってのかよ」
「分かんない……分かんないけど……」
アネクスはまぶたをぎゅっと強く閉じて、それでも必死に言い募った。
「でも、このまま……トロイメアの人たちも、〈先住者〉たちも……ただ死んでいく……ばかりなんて……」
「…………」
「わたし……戦いを止めたい。〈先住者〉たちを操っている……あの子と直接、話し合いたい。あの子は、わたしの事なんて眼中にないし……話を聞いてくれるとも思えないけど……でも、このままなんにもしないでいたら……絶対に、どっちも」
今ここで、こうして必死に訴えて聞き入れてくれる相手とは思えなかった。
でも、胸の
「こっ、このまま……どちらかが全滅するまで、戦い続けるなんて……あんまりにひどいよ……」
難しいことなのかもしれないけれど、不可能なのかもしれないけれど。
地上の人々と〈先住者〉が、せめて互いを滅ぼし合わずに済むように。
アネクスは鼻を啜る。
自分は〈先住者〉たちからは同胞と見なされていないだろう。
いようがいまいが変わらない、ただの切り捨てられた不要なきれっはしだ。
地上の人々は、ベスティラは自分を受け入れてくれた。
それでも、やはり、〈先住者〉たちの未来が閉ざされてしまうのも、悲しい。
ハーフエルフの女性はアネクスをただ黙って見下ろしている。
だが、やがて大きく息を吐いた。
「……ばか、目の前で泣かれたらどうしたらいいか分かんねぇだろ」
「ごっ、ごめんなさ……」
荒っぽい口調でぼやく女性に、アネクスは慌てて謝ろうとした。
だが、その女性はすっとアネクスの肩に手を置いて、地面に膝を突き、顔をのぞき込んだ。
「そこまで言うからには、お前。何か考えがあるんだよな?」
「えっ?」
「そうでなきゃ、そこまで思い詰めた顔しねぇだろ」
ハーフエルフの女性は「ったくよぉ」と、立ち上がった。
一つ括りにした淡い金髪をがりがりと掻いて、大きく息を吐く。
「……おれぁ、いつだってこういう役回りだよ」
「えっと……」
「何か考えがあるなら、ちんたらすんな。今から行くぞ」
「善は急げ、っつうだろ?」と言って、手を差し伸べるその女性の顔を、アネクスは食い入るように見上げた。
**
廃坑の底にある洞窟の中で【
左手の能力が暴走して、隠しようもなく全身の崩壊が始まっていた。
キマイラとしての……生命としての限界だ。
荒い息を吐いて【再構成】は、暗く湿った闇の中で手を突いた。
「【
洞窟の岩肌に手で触れると、指先がぼろりと崩れ落ちる感触がした。
【再構成】は全身の力の均衡をどうにか保って、少しずつ、一歩ずつ、崩れ落ちそうな体をどうにかもたせて洞窟を進んでいく。
「……【模倣】。笑っているかしら、私、やっぱりこのまま終わりたく、ない……」
壊れていく体を支えながら、【再構成】は一歩ずつ一歩ずつ、もどかしい程重い足取りで地上を目指した。
廃坑の中に〈先住者〉たちの姿はない。
みな、地上の戦場へと駆り出されているのか。
それだけ激しい戦闘が地上では繰り広げられているのだ。
「【万能】……無事でいる?【模倣】……きっと、あなたは……私の頼み……聞いていてくれている、わよね……」
一見、軽薄で冗談めかした物言いをする、たった一人、ここまで互いに支え続けてきた相手。
……本当は、自分を見守ってくれていたこと、どれだけ感謝しても足りない位に、感謝している。
「歪められた生命……他者を歪めずにはいられない、何もかも歪めるしかできなかった私を……ここまで引っ張ってきてくれた……」
もう一度──もう一度だけ、一目だけでいい。
会えるだろうか。
「【模倣】……。【万能】……」
その名前を呼ぶと、顎の先がもろりと崩れ落ちて足元の地面に転がった。
指で触れると、頬が乾いた地面のようにひび割れていた。
──ひび割れた頬の上を、つっと一筋濡れた感触が伝っていった。
涙をこぼしている。泣いている。
泣きながら【再構成】は地上を目指して歩き続けた。
「……本当に笑っちゃうわよね……」
涙をこぼしながら、かすかに笑みをもらす。
「……私、もっと生きたい。もっとあなたたちと一緒にいたい。歪められた命で、目の前に終わりが迫っている中で……今更こんな事に気付く……なんて……」
いくらなんでも遅すぎる。
「愚か……よね。でも……どうしても、もう一度だけ……会いたいの……」
【再構成】は、懸命に歩き続ける。
なにより大事な、他に大事なものなど何もない、二人の為に。
少しずつ自身の体が崩れ落ちる音を聴きながら──
【再構成】は今なお、激しい争いの続く地上を目指した。
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