終話 模倣する者は悔いを残す

 **


 合成魔獣──キマイラとしての本性を現した【模倣イミテイト】。


 その巨体から振り下ろされた鋭い爪の付いた前足の一撃を、バロックはとっさに身を投げ出すように地面に飛び込み、受け身を取ってよけた。


 正体を現した【模倣】の一撃を受けた岩が、凄まじい音を立てて砕け散る。


 「なんてことだ……」


 粉々になった岩を見て、バロックは呆然とする。


 【模倣】は、唖然としているバロックを見下ろし、獣の目を細めた。


 「おいおい、よけんなよ。せっかく、苦しまないように一瞬で踏み潰してやろうとしてんのにさ」


 大きく裂けた獣の口の下に、人間の男の姿をしていた時のにやついた口が現れた。


 そこから冗談めかした軽薄な男の声が聞こえる。

 バロックはこめかみを冷たく流れた汗を拭う。


 「……知ったことか、【模倣】。お前の思う通りにはならんぞ」


 バロックは大口径の銃を構えて、【模倣】に対峙する。


 「あんたにはわっかんないかなぁ?オレのこの思い遣りがさ?」


 へらりへらりと笑っていた獣の口の下に現われた男の口。

 それが不意に、にたにたとした笑みを消してむしろ静かにバロックに語りかける。


 「……この先生きて、あんた、自分がどうなると思ってんだ?バロック」

 「なに……?」

 「あんた罪人だぜ。今回のこの働きが多少は考慮されるかもしれんが、そんなのあんたが犯してきた罪に比べれば、なんの足しにもなんねぇよ。あんた頭いいし、その位のことは自分で分かってんだろ?」 


 合成魔獣の本性を現した【模倣】は、その巨体の上からバロックを見下ろす。

 そこに嘲りや揶揄の意図は感じられない、静かな口調だった。


 「この先、心の底から何かを楽しむなんてあんたにはできねぇぜ。あんた自身が納得いくまで、途方もなく長い贖罪の時間を過ごさなきゃなんねぇんだ。それがいつ終わるかは、あんた自身さえ分からねぇ」


 【模倣】は、むしろ同情するような口調だった。

 バロックは黙り込んでうつむく。


 だが──バロックは顔を上げて、大口径の銃を【模倣】へと向けた。


 「お前の言う通りだ、【模倣】。俺はこれから途方もなく長い贖罪の道を歩む。……他の誰でもなく、俺自身が選んで犯した罪で、だ。生きる喜びは……ひょっとしたらそこには見出せないのかもしれない」


 指を引き金に掛けるバロックを見て、【模倣】は顔に出た人間の口を消した。

 そして、油断なく獣の口の牙を剥き、強靭な四肢を踏みかえた。


 「だが……その道すらお前に閉ざされるわけにはいかないんだ!」


 バロックは爆発するような銃声を上げて、大口径の拳銃を放つ。

 それを素早く四肢で地面を蹴ってよけた【模倣】が、峡谷の岩肌を蹴ってバロックに襲い掛かる。


 だが、バロックを踏みつけようとした【模倣】の前に巨躯の獣人種が飛び込む。


 紫紺の大太刀を抜いた蜥蜴の獣人種の姿を見て、【模倣】が大きく目を見開いた。


 『シャガンナート!?いや……』 

 「『つんざけ!〈紫電轟雷〉!」


 素早く〈魔法剣〉の詠唱を唱えたエルドレッドの大太刀の刃から、紫色の稲光が放たれ、【模倣】の巨体を貫く。


 【模倣】がぐるりと獣の目を見開き、咆哮を上げてのたうち回った。


 「……あいつは何者だ?」


 地響きを立てて倒れた【模倣】を見て、背後から冷え冷えとした殺意を感じさせる男の声が発せられた。


 バロックが振り返ると、〈密林道化芝居ジャングルサーカス〉の首領である豹の獣人──ジェスター・パントが帽子の下から鋭い眼を【模倣】へ向けていた。


 「以前にかいだ臭いが、あいつの体からしている。……血と薬の染みついた、嫌な臭いだ。あいつ……」


 ジェスターが横目にじろりとバロックを睨んだ。


 「ひょっとして、【模倣】か?」

 「あ、ああ……。そうだ。【模倣】が本性を現した、その姿だ」

 「……なるほどな」


 ジェスターが帽子を被り直し、その手を翻すと指の間にずらりと鋭く光る投げナイフの刃が現れた。


 「奴には……監獄から脱出した時に世話になった」


 ジェスターが片方残った目に、殺意の光を宿らせる。


 「俺も、その時の借りを返させてもらおう」


 言うなり、ジェスターはしなやかな身のこなしで峡谷の岩肌を蹴った。


 合成魔獣の本性を現した【模倣】に斬りかかり、激しい戦闘が始まる。


 ジェスターの放った投げナイフが空中で弧を描くのを、【模倣】が強靭な尾で振り払った。しかし、その後からナイフを握ったジェスターが残影を伴って飛びつき、【模倣】の喉元辺りを斬りつけた。


 があうっ!と、獣の声を発した【模倣】がジェスターを振り払う。


 続けざまの攻勢が確実に【模倣】を追い詰めていた。

 この機を逃すわけにいかない。


 バロックが拳銃を向けると、横でもう一人、拳銃を構える人影が立った。

 振り向くと、ラウールと名乗った、整った顔をしているが何か掴みどころのない青年だった。


 「魔獣退治は騎士道の華だ。あんたもそう思うだろ?」

 「……知らんよ。俺は、騎士になど興味はない」


 バロックが顔をしかめて応じると、ラウールは「それは勿体ない」と唸る。


 「あんた、銃の腕は確かだし、この後やることがなければ是非とも〈銃騎士〉にスカウトしたいんだがね」


 「どうだ?」と、ラウールはどうやら本気で自分をスカウトしているようだ。


 「……悪いが、そんなつもりはない。他にやることがある」

 「そうか。まあ、あんたの意見を無視するつもりはない。惜しいとは思うがね」

 「……物好きな奴だな」


 バロックは内心で呆れつつ、ふっと何か胸が軽くなる。

 こんな自分でも──誰かに必要とされることはあるのだ。


 バロックは改めて銃の狙いを定める。

 それと同時に横でラウールも二丁拳銃を構えた。


 「今、この魔獣退治を共にする栄誉を分かち合うことで我慢しよう」

 「……もう勝手にしてくれ」


 全く人の話を聞いていないラウールに、バロックは呆れた。

 それでも、二人揃って【模倣】に向かって容赦ない集中砲火を浴びせた。


 『ぐっ!うっ!……ああっ!』


 続けざまの銃声の向こうに【模倣】の悲鳴が聞こえた。

 バロックは一瞬、止まりかけた自分の手を鞭打って弾倉の弾を撃ち尽くした。


 地響きを立てて峡谷の岩場に倒れ込んだ【模倣】。


 その巨体に向かって駆けるエルドレッドの姿を見て、バロックも剣を抜いて【模倣】へと駆けた。


 エルドレッドと共に、その首元に刃を立てると【模倣】の目がこちらを向いた。

 思わず剣を握る手が鈍りそうになる自分を見上げて【模倣】が、目を細める。


 『……やりなよ。どうせ、存在を許されない歪められた命なんだから……』

 「馬鹿を言うな……。この世に生まれ落ちて、そんな命があってたまるか」

 『あるんだよ』


 獣の口が、人間の姿をした【模倣】を思わせる皮肉げな笑みに歪んだ。


 『あんたには永遠に分からないことだろうがな』

 「…………っ!」


 バロックは剣を握る手に力を込めた。

 そうして、エルドレッドと共に幾つもの魔獣を繋ぎ合わせ、人間の姿を模してきたその造られた命を、自らの手で断ち切った。


 **


 【模倣】はその首を斬り落とされた瞬間、自分に対して詫びるような眼差しを向けた青年の顔を、噴き上げた血の向こうに見た。


 (あんたがそんな顔する必要ないよ)


 【模倣】は、むしろ清々しい気持ちで終わりを迎えた。


 (オレのこと、ろくでもねぇ野郎だって知ってんだろ?)


 生まれ落ちたその時から──自分という存在はこの世界における異物だった。

 存在自体を許されず、頼んでもいないのに産み落とされた、自然に反する生命。


 (だから……せいぜい、楽しんでやったさ。許される命の限り……)


 二人がかりで斬り落とされた首が舞うのを感じながら【模倣】はかすかな笑みを浮かべた。


 (こんなだから……誰の命も尊いとは思わなかった。価値も感じなかった。やりたい放題やって、楽しんで、いつか終わることだけを考えていたんだ)


 自分は満足だ。

 何に囚われることもなく、何を気に懸けることもなく──


 望みのまま、この世界を楽しんで、死んでいくのだから。


 (……ああ、満足さ。満足だよ。心残りなんか何もない……)


 ぐるぐると周る周囲の景色が、次第に白くかすんでいく。


 (…………あれ?でも、そういえば、あいつはどうするんだろう……?)


 【再構成リコンストラクト】は──


 彼女は、この後どうするだろう。

 自分と同じ、もう時間の猶予も残っていない、自分と同じ歪められた命。


 【模倣】は思わず顔をしかめてしまった。


 (……うわ、参ったな。オレはいいけど、あいつ真面目だからな。ここで死んじまうこと……気に病むだろうな……)


 どこまでも生真面目だし、【万能オルマイティ】のことを気に懸けていた。


 ──きっと、自分と違って【再構成】は、悔いを残すだろう。


 (しまったな。……こんな事、今になって思い出すんじゃねーって……)


 意識が遠くなっていく間際、【模倣】の目の前にはいくつもの景色が思い浮かぶ。


 その景色の中にはどれも【再構成】がいる。

 当たり前だ。自分たちはずっと、歪められた生命をもつ者同士、互いだけを支えに生きてきたのだから。


 いつも素っ気ない態度で、感情の起伏がなく、いい加減な自分に呆れていた。


 でも──今、思い出したのは【万能オルマイティ】のそばに寄り添い、ほのかな、でも確かな慈愛の表情で微笑む、【再構成】の笑顔だった。


 願うのなら──叶うのなら──


 もっと、その笑顔を見守っていたかった。


 (ああ……やっぱ、駄目だな……)


 遠ざかる意識の中で、【模倣】はいつしか、その事ばかり考えていた。

 はっきりと後悔を感じながら、【模倣】は静かに悟る。


 (やっぱり……死ぬもんじゃねぇなぁ……)

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