第四話 皇女たちは万能なる者と渡り合う

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 目の前に迫っていた〈先住者インディジェナス〉の首を斬り飛ばしたベスティラが、はっとなって顔を上げるのが見えた。


 「……この気配、は」


 ベスティラが表情を引き締め、剣を握り締めて身構える。

 その隣で長槍で群れを薙ぎ払うミセラも顔を上げ、表情を強張らせた。


 「何か来ます!」

 「ええ……分かっている。」


 地面に倒れていた〈先住者〉の頭部を撃ち抜いた拳銃。

 その空になった弾倉に新しく弾丸を詰めながら、私はぐっと汗を拭った。


 それまで、ただ目の前の敵に本能的に襲いかかっているだけの〈先住者〉の群れの動きが一変した。


 それぞれが動きを止め、その気配の先に触角を向ける。

 前線に出ていたトロイメアの勢力の人々が、呆然として足を止めるのが見えた。


 治安維持隊の隊員たちも、〈密林道化芝居ジャングルサーカス〉の構成員たちも、〈東部解放戦線〉の残党たちも、ベスティラの手下たちも──


 人間も、獣人種も、精霊種も──


 〈先住者〉の群れの奥から、近づいてくるそのあまりに異質な気配に慄いた。


 ──「トロイメアの、寄せ集めの下等種族ども」


 ぴたりと動きを止めた〈先住者〉の群れの奥から、幼い少女のような声がした。


 いや──実際に、幼い少女が悠然と歩いてくる姿が見えた。

 銀色の流れるような長い髪に、白銀の瞳。


 一見、人間にしか見えないその少女は〈先住者〉を従え、無造作に歩を進める。

 その圧倒的な存在感に、誰もが呆然と彼女を見ていた。


 辛うじて一人、身じろぎしたベスティラが長剣を構えた。


 「あいつが……」


 それまで勇敢に戦っていたベスティラのこめかみに、汗が一筋流れるのが見えた。


 「あいつが……〈先住者〉たちの女王。……最後の特殊個体」

 「ん?……ああ、貴様とは一度会った事があったか。確か、ジャンヌと共にいた半端に魔力を持った人間……名は、ベスティラ、とかいったか」


 白い少女が無造作に視線を向けるのに、ベスティラが一瞬、背筋を震わせた。

 しかし、すぐに長剣を握り直し、なおも悠然と歩み寄る少女と向き合う。


 「……あの時は、ジャンヌが世話になったわね」

 「あれからお前たちの情報を集めさせてもらった」


 白い少女は戦場のあちこちに冷徹な観察の視線を巡らせる。

 その白銀の瞳が私に向けられた一瞬、冷たい氷の手で心臓を直接掴まれたような感覚に、ぞくりと背筋が粟立った。


 「なるほど、トロイメアに残った各勢力が現状を打破する為に手を結んだのか。少し前まで醜く反目し合っていた、貴様らが……」


 白い少女は、跪くように頭部を下げる〈先住者〉たちの群れの中で眉をひそめた。


 「その為にわらわは、大陸侵攻の為の尖兵を三体も失い、自ら動かざるを得なかったわけだ……」


 少女は尊大な態度でまぶたを閉じ、息を吐いた。

 それから、ぎんっ、と鋭く瞳を見開き射すくめるような眼差しを巡らせた。


 「?」


 その圧倒的な威圧感を伴う眼差しが次に次に、戦場にいる主だった者たちを射抜いていく。


 少女の視線が私へと向けられ──そして、すっと獰猛に細められた。


 「ああ……なるほど……」

 「っ!」

 「この場で全ての勢力に繋がりを持ち、それぞれに働きかける影響力と権力、なにより行動力があり、この構図を描ける頭脳を持った人物……」


 少女は、私の顔色をうかがうように一つ一つ言い募り、確信を込めてつぶやく。


 ──「貴様か、ジェラード皇女」


 そう私の名をつぶやいた、白い少女の姿がおぼろににじんで消えた。


 「ジェラード下がって!」「ジェラード様!」


 とっさに全身から魔力の炎を噴き上がらせ〈黒き淑女〉に変身したベスティラと、浅葱色の仮面を着けたミセラが長槍を構え、私の前に立つ。


 次の瞬間、一瞬の内に距離を詰めてきた白い少女の攻撃を、ベスティラとミセラの二人が武器を交差させ、激しく火花を散らし懸命に押し留めていた。


 だが、少女が風の魔素をまとわせた拳をなおも押し込んでくる。

 ぐぐっ、とミセラとベスティラの二人の体が地面に押し下げられる。


 なおも少女が拳に力を込める素振りを見せて──


 「ジェラード!」


 その瞬間、横合いから飛び込んできたバロックが私を背に庇った。

 バロックは、白い少女めがけて躊躇なく大口径の拳銃を何発も撃ち込んでいく。


 銃弾を受けた白い少女は、わずらわしげに顔をしかめた。


 「ミセラ!」「ええ!」


 ベスティラとミセラもその隙を逃さなかった。

 二人が同時に息を合わせ、渾身の力を込めて少女の体を武器で弾き返す。


 ミセラとベスティラの二人に弾き返された少女の体が高々と宙を舞う。


 しかし、すぐに少女は身を翻しふわりと制動をかけて地面に着地した。

 少女は軽く息を吐いて、私たちを氷のように冷ややかに見やった。


 「わずらわしいな。虫けらが寄ってたかって……」


 「いいだろう」と、その少女はすっと片手を掲げ、私たちへと向けた。


 その瞬間、戦場の〈先住者〉たちが、先ほどまでとまるで異なる統率された動きで、少女の元へと集まり、大顎をがちがちと鳴らして、私たちを威嚇する。


 「……〈帝都〉侵攻の、大陸制覇の単なる足掛かりとは思うまい。妾のこの手で、貴様らを殲滅し、この地を支配する」


 白い少女の瞳が赤く血のように染まる。

 すると、周囲の〈先住者〉たちも、複眼から赤々とした光を発して、ぎしゃあああああっ!と獰猛な魔獣の咆哮を放った。


 「……〈先住者〉たちよ、主たる妾【万能オルマイティ】の名の元に従え」


 幾つも重なる〈先住者〉の咆哮の中、少女が──【万能】が、静かに告げる。


 「蹂躙じゅうりんせよ」


 〇


 まるで大地を埋め尽くす黒い波のように〈先住者〉の群れが、私たちに襲い掛かってきた。


 先ほどまでの、本能的で動物的な動きとは一線を画する、統率された動き。

 確実にこちらを分析し、弱点を攻め立て、分断を図る組織立った動き。


 ミセラとベスティラ、そしてバロックと共に一塊になって、私は迫りくる〈先住者〉たちを押し返そうと奮闘する。


 「くそっ!これまでと段違いの圧力だ!支えきれんぞ!」


 ミセラとベスティラも武器を手にどうにか立ち向かう。

 後方で私と共に〈先住者〉たちを狙い撃っていたバロックが険しい表情で叫ぶ。


 バロックの言う通りだった。

 あっという間に押し下げられていく戦線に、私は歯噛みする。


 「これが……本来の〈先住者〉の力……!」


 気を抜けばあっという間に〈先住者〉たちの群れに呑み込まれ、蹂躙され、押し潰されてしまう。


 峡谷にまで押し込んだ私たちの戦線は、成すすべなく押し下げられ、互いを庇い合いながら後退するしかなくなっていた。


 ミセラとベスティラも奮闘しているが、打ち倒した後から後から黒い壁のような〈先住者〉たちの群れが迫ってくる。

 二人とも一瞬でも気を抜けば〈先住者〉に押し潰されそうになっていた。


 すると、後方から軽い身のこなしで影が飛び込んでくる。


 「みんな!一度、峡谷の入り口まで後退するよ!」

 「トム!」


 肩で息を吐いたトムが、地面に膝を突き私たちを振り返る。


 「バッフたちが前面に立って敵を押し留める!今は後方に下がって!」

 「それはいいけど……どうしたら……」


 「今はあれこれ考えてる暇はないヨ!皇女サマ!」


 トムの後ろに続いて飛び込んできた華やかな衣装の猫の獣人種の少女──キティが、ジャグリングのボールを前方の敵に向けて放つ。


 爆炎と爆風が前面の〈先住者〉の群れを吹き飛ばす。

 しかし、すぐに後から押し寄せる〈先住者〉の群れを見て、ベスティラが舌打ちをした。


 「……確かに、これじゃどうしようもないわね。一旦退くわよ、ミセラ」

 「はい……それしか、ありませんね」


 ミセラもベスティラも、〈先住者〉たちから背を向けて走り出す。

 彼女たちと共に、私も拳銃を手に全速力で峡谷の地面を駆けた。


 「ジェラード、こっちだ!」


 前方から聞き覚えのある声が聞こえ顔を上げる。

 すると、エルドレッドが峡谷の入り口で声を限りに張り上げていた。


 彼の隣には〈密林道化芝居ジャングルサーカス〉の幹部である巨漢の牛の獣人種、バスター・バッフが荒い鼻息を吐いて、懸命に私たちを手招いている。


 私たちは巨漢の獣人種二人の背後をめがけて、全力で駆けた。


 そして、峡谷の外の岩場に飛び出し、両手を膝に突いて息を吐く。


 「ここまで……来れば……っ、せめて一息つける……かしら」


 私が大きく肩で息を吐きながらそうつぶやいた時だった。


 「……残念ながら、そうもいかないみたいよ」


 ベスティラが苦々しくつぶやく声に、上空から響き渡るけたたましい翅の音が重なる。


 これ以上ない険しい表情で空を見上げるベスティラの視線を追う。

 そうすると、透明な翅を震わせた〈先住者〉たちが、空から地上めがけて舞い降りようとしていた。

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