メガのその先へ……
色々すっ飛ばして今日は週末グルメ当日。私は春香さんに連れられ、すき家へと来ていた。
「ほほぅ、流石大手チェーン店。注文はタブレットですのね」
「最近はタブレットで注文する形式のお店が本当に増えてきたわよね。店によっては注文アプリが使いづらくて、店員にタブレットの使い方を聞く人が続出、それで逆に手間が増えてる店もあるらしいわ」
「それは……本末転倒ですわね」
「だね。まぁ、すき家のタブレット注文は、他店と比べて使いづらいってことはないから安心して」
私はその一言に安心し、タブレットを操作してどんなメニューがあるのかを確認する。
「思った以上に色んなメニューがありますのね! こんなに多いと、どれを食べるべきか迷ってしまいますわ」
私がタブレットを操作しながら「う~む」と悩んでいると、春香さんは笑って解決策を提示してくれた。
「迷うなら全部食べればいいじゃない」
「ふぇ? 全部ですの?」
「そそ。店員さ~ん、牛丼キングサイズでお願いします。あとトッピングが……」
私が春香さんの言葉を咀嚼出来ず固まっている間に、春香さんはタブレットを使わず口頭でスラスラと注文を始めた。
「は、春香さん。すき家ではタブレットで注文するのではないんですの? それに、キングサイズなんてメニューはどこにも見当たらないのですが」
「ふふ。これはタブレットからは注文できない隠された裏メニュー。メガ盛りのその先……キング牛丼よ!」
「タブレットからは注文できない、隠された裏メニューですの⁉」
――ま、まさか。一般人だと思い込んでいた春香さんが、その実、大手チェーン店に裏メニューを要求できるような方だったなんて!
隠された裏メニューという、普段の生活の中で絶対に関わる事がないであろう文言に私は戦慄した。
「ああ、エマちゃん? 何を想像しているか知らないけど、これ、メニューを知っていれば誰でも注文できるからね?」
「そ、そうなんですの?」
「そうそう。ただ、キングサイズに対応できる店舗とできない店舗があるから、絶対に注文できるってわけでもないけどね」
そう言うと春香さんは自分の分の注文をタブレットから行い、注文の品が来るのを二人で待った。
そして、そう時間は掛からず注文した商品が運ばれてくる。
「こ、これがキング牛丼! 確かに、予想以上のキング感ですわ」
それは予想以上の量だった。
ラーメンの器なのかと思うような大きさの容器に、こんもりと詰め込まれたご飯と大量の肉。見ているだけでお腹がいっぱいになりそうだ。
「キングサイズはメガ盛りの約2倍。並盛換算で言えば牛肉の量が6倍だからね。まさにキングの名に相応しい量よ」
「ろ、6倍……凄まじい量ですわ。確かにこれは、最後まで飽きずに完食するためにトッピングが何種類も必要ですわね」
春香さんはキング牛丼を注文する際、何種類ものトッピングを頼んでいた。
キムチ、山かけ、おろしポン酢、チーズ、かつおぶしオクラ、明太マヨ。どれも見ているだけで食欲をそそるトッピング達だ。
「一応食べきれなくても、店員さんに容器を頼んで持ち帰る事もできるけどね。あ、ちなみに、最初からお持ち帰り注文としてキングサイズを頼む事はできないから気を付けて」
「わかりましたわ。さて、この沢山のトッピング達から、まず何を食すべきか……」
「エマちゃんは今日、牛丼デビューでしょ? 最初はトッピング無しで食べてみたら?」
「そうですわね! まずは何もつけない素の牛丼を味わいませんとね!」
私は春香さんの言葉に深く頷き、まず大量の肉に隠れたご飯を発掘し、お肉と一緒にパクリと食べた。
甘いタレと一緒に煮込まれた玉ねぎと薄切りの牛肉。そしてその強い甘みを受け止める白いご飯。それは……幸せの味がした。
「美味しいですわ……。それに私、こういったお店のお肉は硬い物と決めつけていたのですが、予想以上に柔らかく食べやすいのですわね」
「これだけ薄切りにしてあるし、しっかり煮込まれてるしね。ただ、スーパーの薄切り肉で手作り牛丼を作ろうとすると、これより固めのものが出来てしまいがちなのは確かね」
「あら、春香さんはご自身でお料理をされますの?」
「エマちゃん、私を何だと思ってるの? 料理ぐらい普通にやるわよ。……まぁ、本当に簡単なものだから、それが料理と言えるかは分からないけどね」
春香さんは冷蔵庫に少量ずつ残ってしまっている食材を使ってしまいたい時、それらを薄切り牛肉と一緒に炒めてしまい、卵とじか牛丼の素で味付けして、一気に片してしまう事が多いのだそうだ。
全く料理をしない私から言わせてもらえば、それだけでも十分すぎる程に料理なのだが、普段から料理をしている春香さんから言わせると、それは料理とは言えないレベルらしい。
私は春香さんの話をふむふむと聞きながら、色んなトッピングの味を堪能していた。
・シャキリとした歯ごたえと、ピリリとした辛みが美味しいキムチ。
・独特の風味と甘味を味わえる山かけ。
・酸味のあるポン酢が味を引き締め、冷たい大根おろしと共にするすると胃へと運ばれていく、おろしポン酢。
・濃厚な味により、牛丼のクオリティを大幅に上げてくれるチーズ。
・私の食欲を促進し、強い風味と粘りで食べるペースを無慈悲に引き上げて来る、かつおぶしオクラ。
・美味しくないわけがない、美味しさの暴力。明太マヨ。
それらトッピングを堪能し、あれだけ量があったはずの牛丼がするすると私の胃へと収まっていく。
「前々からよく食べるとは思っていたけど、まさかキングサイズをそんなペースで食べきろうとする程だなんて……恐れ入ったわ。あ、エマちゃん。牛丼は全部完食せずに一口分残しておいてくれない?」
「ん? ええ、わかりましたわ」
私は春香さんのその指示に従い、一口分だけを残して残りの牛丼をペロリと食べてしまった。
「最後は、ちょっとこれを試してほしいの」
「こ、これですの? ですけどこれ……ドレッシングですわよね?」
春香さんが差し出したそれは、テーブルに備え付けられていた調味料【胡麻ドレッシング】だった。
「まぁ、騙されたと思って、ちょっとかけて食べてみてよ」
「ここまで美味しく食事を楽しんでいましたのに、最後に騙されたくはないのですが……。まぁ、わかりましたわ」
私は、春香さんが言うのであればそこまで美味しくないという事はないだろうと考え、気持ち少なめにかけてパクリと食べてみた。
「こ、これは⁉ 美味しいですわ! ドロリと濃厚で、少し酸味のあるゴマドレッシングが牛丼と合い、その味をガラリと変えて全く別の牛丼へと変えている!」
「でしょ♪ 私も昔ネットでこの食べ方をしている人を知って、最初は『うそーん』って懐疑的だったんだよね。でも、ちょっと気になって実際にやってみたら本当に美味しかったのよ。今では途中の味変によく使ってるのよね」
最後の最後に予想外の食べ方に驚かされ、私の牛丼デビューは楽しい思い出と共に幕を閉じた。
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