みのりさん、寝ぼけてませんか? そこは君のお部屋じゃありません。残念ながら狼君はもう君を帰すつもりはありません。【カクヨムコン10短編】

尾岡れき@猫部

みのりさん、寝ぼけてませんか?

「明日、仕事だから今日はもう帰るね!」


 そう宣言したことは確かに憶えている。


「ねぇ、ちょっと! 美埜里みのり、大丈夫?」


 女子会で散々、仕事のグチを言った。

 匠のことも話した。


 呆れた目で、見られたけれど。

 だって、仕方がない。

 今でも、好きなんだもん。


 うん、そんな話もした。たくさん話した。その都度、呆れられた。それも憶えている。


 ふらふらしながら、アパートに帰った。

 鍵は?

 あれ?

 そういえば、回した記憶がない。



 ――美埜里みのりね、独身女子が住むアパートじゃないからね。

 そうは言うが、家賃3万円。


 学生アパートを謳い文句にしているので、彼氏彼女を連れ込むのは禁止。いわゆる恋愛御法度物件。

 ただ、それさえ守れば、大家さんが朝食・夕食を振る舞ってくれるというスペシャル待遇。かつては下宿だった名残だそうだ。


 何より、大家さんの飼っている猫が可愛いすぎる。

 学生時代から住んでいるアパートだから、愛着もある。

 もう慣れたもので、ベッドから手をのばせば――。


(あれ?)


 フサフサしている。

 指を動かす。


「……お、おい――」


 どうしてだろう。

 学生時代にずっと好きだった、匠の声がする。

 女子会で話したから?


 ――匠君、今も美埜里と同じアパートなんでしょ?


 1階と2階だと、実はそんなに接点なんかない。

 時々、彼がゴミ捨てをする姿を見かける。


 それから玄関の外で、猫と戯れる姿も。


 サークルであんなに話したのに、大学を出た途端に上手く話せない。そうこうしているうちに、時間ばかりが過ぎていって、結局は話せないままだった。


 軽音楽部でギター担当だった彼は、今やボカロP。最前線の歌手に、楽曲を提供したりと、自分のロードマップを着実に歩いている。


 私は、某レコードメーカーで、マネージャーをすることになったが、顔だけ売りの年下アイドルに辟易する毎日。歌は下手、練習はしない。ライブは口パクで良い。トークが面白ければ良いという感覚が私には、よく分からない。


「帰りたいな、あの時に」


 匠君はギターで。私はドラムで。スティックを――って、なんだか太い?


「ちょ、ちょ! 美埜里! お前、どこを掴んで――」


 夢の中の匠君はお喋りだ。このドラムスティック、どんどん大きくなっていくんですけど。夢だからって、表現に手を抜きすぎじゃないですかー。これじゃ、ドラムスティックというよりは、ばちである。


 どうせ夢だ。

 現実じゃ、できないコトをしてやったら良い。


「あ、あの? 美埜里……」

「匠っ」


 夢の匠の声、本当にリアル。胸が高鳴る。

 あぁ、そうだったよね。

 私、そうやって匠に名前を呼ばれたかったんだ。


「好きだぜ、ベイビー! お前に今すぐ帰るぜ、ベイビー!」


 匠とよくセッションした曲。

 ベイビー、ベイビー、ベイビー。


 私が大好きな綾森BAND。ガールズバンドと思わせて、ボーカルのみ男の。でも、その可愛さは女子の私をはるかに凌駕しているという驚き。どうせドラムで筋肉がついたムキムキ女子なんか、恋愛にお呼びじゃないの知ってるもん。誰がドラムムキムキだっ。あの、クソアイドル。お前に女子扱いされたくないしっ。安定した音を打ち続けるには、体幹が重要なの、匠なら知ってる――。


 夢の中なら。

 夢のなかなら、言える。

 夢のなかだから、言える。


 カラオケで。

 歌に気持ちを押し込めたの、全然、気付いてもらえなかったけれど。

 ライブのコーラスで。


 ――好きだぜ、好きだぜ。

 このコーラスラインに気持ちをこめたって、全然、伝わらない。


 あの時に帰って、ちゃんと言えたら、何かが変わるのだろうか。

 夢のなかなら。

 夢のなかだから。

 夢のなかだから、しても良いよね。


 手で触る。

 顎――ちくちく、髭が痛い。


 匠、童顔だけれど、こういうところが男の子だよね。煙草吸っていてもさ、チョコのお菓子を食べているようにしか見えなかったけど。


 触れ、た。

 唇と唇が。



「あ、れ……?」


 思ったよりリアルだ。あれれ?


「煽ったの、美埜里だからな」


 匠の声が、耳元でリアルに聞こえる。


「へ……? たきゅみ?」


 うっすら目を開ける。

 ぼやけた焦点が、ゆっくりとあって。

 それから――。

 目の前に、匠がいた。




 ――前と同じ距離感に帰られると思うなよ。俺、独占欲、強めだから。





「は、えっ――」


 聞き返すより早く。

 私。匠に、この唇を蹂躙されていた。






■■■





「おーい、皆瀨君。キミまで起きておないなんて、珍しいな。あれ? 鍵がかかっていないじゃないの。流石に不用心すぎないかい? 男子といえど、変な輩に付きまとわれても、大家さんは知りませんよ、っと――って、え?」




 






■■■






「これで、全部?」

「うん」


 最後の荷物を取り出す。ココから、整理をしないといけないが、とりあえず新居がようやく、住める状態になった。


 恋愛禁止のアパートで、恋人認定された私達は、退去を命じられ今に至る。


 キス――は、多分していないと思う。

 どこから夢で、どこから現実なのか、境界線が曖昧だけれど。


 だから全然、彼氏彼女の関係じゃない。むしろ、誤解だと大家さんに反論したが、ベッドで匠に覆い被さっていたに、一切の発言権は許されなかった。う……ぐうの音も出ません。


 急いで駆け回り、二人で見つけた物件は、2DK。お互い、貯金はほぼゼロの状況。止むなく同居シェアすることになったわけだけれど――。


 生存のためには致し方なしだ。

 レコードと機材を買い漁るの、今後は少し控えよう。そう心に誓う、私だった。


「まいったなぁ」


 何度目かの、私のぼやき。

 酔っ払っていたとはいえ、1階と2階を間違え、天文学的確率で匠の部屋に、夜這いをした女認定。悪友達が、私を見る度に笑うのは、ちょっとひどいと思う。


 寝ぼけていたとはいえ、匠のその……掴みまして……えっと……どおうやらkろえは間違いないようで……とても大きかったです。はい、保育園の時に見た、弟とは比べものに……いえ、なんでもないです。


「帰りたくなった?」


 匠が言う。

 そうだね、寂しくないと言ったらウソになる。

 ずっと、あそこで過ごしたから。


 でもね、違うんだな。

 匠、分かってない。


 帰りたいじゃなくて。

 帰れないでも、なくて。

 帰ってきた、の。





 今はね、まだ勇気がもてなくて。

 匠に好きって言葉も言えないけど。


 あれだけのことを、やらかして。

 あれだけのことを、やらかしたから。

 なおさら、素直に言えないけど。



 いつか、言うから。

 もう少し、だけ待っ――。




 ――好きだよ。

 なぜか、そう囁かれた気がして、私は顔を上げる。


「へ?」

「ルームシェアするんだから、約束事を決めようかって言ったの」


 匠は真面目な顔で、そう言う。なんだ、私の聞き違いか。


「家事は分担するとか?」

「そりゃ、当たり前でしょう。それよりも、大事なこと」

「ん?」


 分からない。

 こういう共同生活では、ルールは大切。最初が肝心だと思う。今後は寝ぼけないようにしないと。お酒の飲み過ぎも注意だ。ぐっと、決意と共に、拳を固める。


「簡単なことだよ」


 ふんわり、匠は笑う。


「隠し事はなしにしよう。俺が言いたいのはそれだけ。本音だけ言いたい」

「え?」


 そんなこと?

 そりゃ、共同生活だもん。相手を騙すようなことは、ダメだよね。それは、匠の言う通りだと思う。





「じゃあ、俺から言わせてもらうね。俺ね、ずっと美埜里が――」






■■■






 その言葉は、悪友の来訪を告げるドアチャイムの音をかき消すくらいに。

 私の心をかき乱す。






 ――俺、オオカミの自覚あるから。なんとなく美埜里の考えていること、分かっちゃうんだよね……はっきり言っておくよ。あの頃になんか、帰してあげないよ。




 




 

 

 





【Fin.】


 

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