第12話 塁編
遥といると案外自分のことをわかってなかったんだなぁと気づかされる。
考えてみると俺は小さな頃からリーダー的なポジションに入ることが多かったため、ギリギリまで自分の主張を押し付ける方ではない。
男女関係もどっちかというと理性的でのめり込む方ではなく、女性は当然大切に守るべきものと考えて接してきたが、今思えば無意識に相手を下に見て、つきあってきたのかもしれない。
それがまぁなんのなんの・・・遥を相手にすると勝手が違いすぎて、俺ってこんな奴だったかぁと、中々の発見だ。
ポジティブな感情は話す方も笑顔になる。ごく自然に口から出てくる。遥が好き、遥可愛い。全然言える。
だが、ネガティブな自分の心情はというと、案外吐き出せず消化できない。
家のことで遥にダメ出しされたことは、よく考えれば当然のことだが、シャットアウトされた感じを引きずっていた。
どう言えばよかったのか、何がダメだったのか、俺はしばらく小骨がのどにささったままのような状態でいたが、なんだかんだと理由をつけて遥の家にはおしかけて泊まった。
漏水修理や裏山の木の伐採の予定など、実際立会した方がいいことが続いたこともあるが、何より俺が遥と一緒にいたかった。
3日目の夜も、4日目も5日目も遥の身体も求めた。
幸い拒否はされず、というより、覚えたての今は好奇心と探求心でそういうことに興味が集中しているからだろう。よもやエロシナリオのためにひそかに勉強しているとか?・・・まさかとは思うが遥の行動は本当に読めない。そこは要観察である。
そして6日目は地元消防団主催のどんど焼きの日
朝から雪が降る寒い日だったが、決行と決まりドタバタしていた。
小正月には少し早かったが、休日の方が都合がいいため、数年前から小正月前後の日曜日に実施するようになっている。
海岸端のごろごろした磯にどんど焼きの大きな三角が積みあがったが、昨日から降り始めた大雪のせいで岩場はかなり危険だ。
消防団と地区のボランティア総出で磯の手前までお年寄りが持ってきた正月飾りの袋を運んでいく。藍と遥もやってきて手伝おうかと言われたが、危なっかしくて断った。
予定より少し遅れて神事が始まると、遥がうずうずしていた。
「先に写真の許可いただいておけばよかった。撮影させてもらっても大丈夫かなぁ」
こういう時の遥はいつもより少し幼く見える。桐のタンスにしまってあったという10年前の服を着ているから余計若見えするのかもしれないが、とにかく可愛い。
「後で言っておくから撮っといていいよ。いい写真が撮れたらデータわけてくれれば大丈夫。あー、転ぶなよ」
「うん。ありがとう」
言った側から、転びそうになっていたが、すぐにコツを思い出したのか、要領よく岩場を移動し写真を撮っている。
定刻より少し遅れて神主の祝詞が終わり、松明に灯された火が移された。
パーン
一気に炎があがり、黙々とした煙が空へ立ちのぼっていく。
パチパチという音とともに吹いた強烈な熱風が周囲の温度を上げる。
雪のおかげでそこまで乾いてはいないが、万が一森に燃え移れば一大事だ。周囲の警戒を怠らないようにしつつ遥に目をやると、炎を見上げたままかなり前の方にいた。
「遥、大丈夫?もう少し下がった方がいいよ」
「あ、うん。ありがとう」
遥の肩を抱き、ゆっくり後ろへ下がらせる。
すると、何やら鳴き声が聞こえた。
声のする方に目をやると、これでもかといわんばかりにしっぽを内側に巻き付けた豆しばっぽい子犬が、ぷるぷる震えながら失禁している。
「えー?どこから来たんだこの子」
首輪はなく、あたりに親犬も飼い主も見当たらない。どさくさに紛れて捨てられたのかもしれない。
頭をなでてやると、くーんくーんと甘えたようにくっついてきた。
「うわー、この子ビビり方が可愛いねぇ」
「こんだけビビりだと番犬にはなりそうにないけどなぁ」
「・・・なんか、藍くんっぽくない?」
「っぽいなぁ。火柱に腰抜かしてもらすってあたりが特に」
そういえばあいつどこ行ったのかと視線を向けると、藍はすでに絶対火花が飛ばない遠くの方に移動し豆粒と化していた。やれやれ。
「野放しにしとくわけにもいかないし、ここじゃ凍死する。とりあえず保護して届けだすか」
「それがいいね」
首に巻いていたマフラーで子犬を包み抱き上げると、ものすごくプルプルしている。無理もない。相当寒かったはずだ。俺はそのまま団服の中に子犬をしまいこんだ。
「優しい人に拾われてよかったね」
にこにこしながら遥が言う。遥が居ようがいまいが拾ったと思うが、まっすぐに言われると照れくさかった。
結果から言うと、豆しばは低体温症をおこしていた。あのままだと命の危険があったそうで、あの場で救えたのは本当に運が良かった。
拾った責任もあり、その日から俺は大人しく自宅で豆しばの看病にあたることにした。
まぁ、そろそろ遥にウザがられそうなタイミングだったし、自宅で少し頭を冷やすにはいいきっかけかもしれない。
父も母も犬が好きで協力して手厚く世話をしてくれたので、豆しばはみるみる元気になり、次第に飛んだり跳ねたりと子犬らしいはしゃぎっぷりを見せるようになった。
魚は売るほどある家なので、温かい屋内で栄養が十分にとれたこともよかったのだろう。ちなみに市役所からも警察からも連絡はなく、結局飼い主は現れなかった。
その間、俺は一日一回の遥参りはかかさず続けていた。
顔を見れば触れたくなるし抱きたくなったが、そこはぐっと我慢した。
だいたい10日ほどそんな感じで過ごしたが、無駄なやせ我慢の末、悟りを開いた。うん。どうあっても俺の頭は冷えない。とっくに遥中毒だった。
何を悩んでいたのだろう。俺の気持ちはもう一生遥に向いている。あとは遥と共に歩む未来をしっかり見据えて、そのためにできることを一つ一つしていくしかない。そう決意を新たにした。
豆しばの治療が完了したタイミングで、家族会議を開催。
父と母に遥がこっちにいる間は、遥の家で一緒に生活したいと宣言し、ついでに豆しばも遥の番犬として連れていくと告げる。
父と母はそろって豆しばはいいが、お前は時期尚早と言われた。
いい大人がケジメもつけずにずるずる同棲なんて、田舎じゃ外聞がよくない。俺はそこそこ地元的には有名人で、遥も滞在が長引けば顔が割れるだろう。そうなれば10年前の事件が掘り起こされて時の人だ。
こういう場合、責められるのは遥の方だとクドクド説教された。
だがそんなことは百も承知だ。
「どうせ遥が戻ってきていることはそのうち広まる。二人とも知っての通り遥のことは、良いことも悪いことも色々な噂が出回ってて尾ひれもついてる。遥は一人で何でもできる人だけど、処理しきれないことが起きたときは側にいないと力になれない」
俺の決意が固いことがわかると、ふたりはしぶしぶ俺を送り出した。
豆しばと豆しばセットに当面の俺の生活の荷物、結果結構な大荷物を持って遥の家に押し掛けると、遥は唖然としていた。
「あらためまして、遥、俺とこいつをここに番犬として置いてください」
「はぁぁ!?えーっとぉ・・・塁くん、私もこういうこと初めてで様子がわからないんだけど、普通荷物持ってくる前に聞かない?」
「先に持ってきたら帰れとは言われないと思って」
「なんて姑息な!しかも何そのドヤ顔?」
そう言いいつつも笑って受け入れてくれた。俺の姑息な作戦が多少は効いたようで、少しは寂しいと思ってくれていたみたいだ。
初エッチ以後連日集中的に快楽漬けにして放置したのも効いた気がするが、その日の夜、より切羽詰まって遥を求めたのは俺の方だった。
朝は日が昇るはるか前に起きて出ていく俺だったが、遥は別に気にしない。ただ、夜は俺に合わせて早く休むような自然な配慮をしてくれている。
時間があえば二人で出かけたり家でまったりすることもある。夕方には必ず二人で犬の散歩に行く。
おひとり様生活は熟練の遥だったが、誰かと出かけることなどなかったのだろう。いつも目を輝かせて二人暮らしを楽しんでくれた。
時には喧嘩もしたが、総じてとても穏やかな日々。自然に互いへの信頼や絆は深くなっていった。
そして当初問題となっていたあらあらの修理や裏山の木の撤去が終了した2月始めの夜、俺は家にかかる費用のことをもう一度話すことにした。
「遥、家賃のことなんだけど」
家賃としたのは、一度失敗した家の話をまろやかにしたかったからだが、遥は特に構えることもなく自然に答える。
「そろそろ言い出しそうだなぁとは思ってたけど・・・うん、私も話さなきゃって思ってた」
特に機嫌を損ねた様子も頑なさもない。安心して続けた。
「本当はもっと早く言おうと思ってたけど、すぐ追い出される可能性も考えてたから」
「だよね。実は私も大丈夫なのかなぁって思ってた。でも、私は塁くんと居てすごく楽だし、すごく楽しいよ。だから、家賃っていうか、これからどうつきあっていくかなのかなぁって今は思ってます」
遥もちゃんと考えてくれたのだと思うと少し肩の力が抜けた。反対に少し緊張した面持ちになった遥が続ける。
「元々帰ってきた時から、家はおばあちゃんとの思い出が詰まってるし、ちゃんと直して残したいなぁって思ってて。それは自分の中では決定事項。だから、修理や設備関係は塁くんにお金出すって言われても、いやいやそもそもうちだしってやっぱ思ってる」
「うん。前に俺が言ったことは気にしないで。遥に失礼な申し出だった」
「ありがとう。ただね、私自身がこの家に帰るっていう選択肢、今はなくって。あのー、だから、塁くんちで暮らすとかも・・・ごめん。全然想定してない」
わかってはいたが、はっきり言われるとやはり落胆の気持ちが隠せなかった。
「そっか・・・」
「で、ここからは提案です」
ん?提案?
「私が留守の間は、この家の管理、塁くんにお願いしたい。もちろん管理料もとってほしいんだけど」
「それは全然するけど、管理料っていらないよ。こっちが使用料払わないとって気持ちだし」
「って言われると思った。だから、今かかってる経費?光熱水費とか食費も含めて、少し多めに月々定額のお金を出し合うのってどうかなって・・・その・・・先々見越してってことなんだけど」
すごく驚いた。俺の勢いに押し流されただけで、あんま考えてなさそうな遥からそんな将来見越した提案が出るなんて思ってもいなかったからだ。
「出す・・・出す出す全然出すっていうか」
急に心臓がバクバクと大きく打ち始め、盛大に緊張してきた。
「ちゃんと俺のこと考えてくれて嬉しい。えっと、今すぐじゃなくていいから遥」
やめとけ、まだ早い。焦るなと思った時にはもう口から出ていた。
「俺と結婚すること考えてほしい!」
うわーっ、こんなどさくさに言うセリフじゃないだろうと思ったが、畳みかけるなら今しかない気もしていた。なので、急いで居住まいを正し正座して補足する。
「美味しい魚たくさん食べられるし、結構俺役に立つし、遥のことすごく大事にする。もれなく豆しばもついてくるし、あ、あと、上に1人、下に2人の兄弟と両親もついてきます」
すると遥もきちんと正座に座りなおした。その表情は淡々としていて初めて遥と会った時のように何を考えているのかわからない。
長い沈黙がブスブスと突き刺さる。
親兄弟はいらなかったか?豆しばだけにしとけば良かった気がする・・・。
内心冷や汗だらだらだったが、遥はふぅと一度息を吐くと、まっすぐに俺を見つめてこう言った。
「しばらくこっちに住んでわかったんだけど、今私が関わってるシナリオの仕事って、ベースに東京での日常が描かれてるから、ここに居ると何もかも違いすぎていずれ行き詰まる。だから少なくともあと2年は東京で頑張りたい」
2年。短いようで長い気もする。ただこれまでの10年に比べたら全然マシだ。
遥は片時も俺から目を離さない。俺の表情をずっと観察している。その目をまっすぐ見つめ返した。
「わかった。じゃあ、2年後は?どうしたい?」
「うん。正直、今と同じ質、量の仕事を2年後も受注できると思ってない。多分AIに取られる。そこはほんと第一次産業強いなぁって思うなぁ」
なるほど。俺にはわからないが、遥は自分の能力を過信せず的確にとらえているのだろうと思った。
「だからそこから先どう生き残るか考えながら、まず2年頑張ってみる」
遥らしい堅実で誠実な返事だと思った。
「わかったよ。全力で応援する。きちんと伝えてくれてありがとな」
「で、一つ聞きたいんだけど」
ん?
「なに?」
「結婚って、衣食住共にしないと成立しないのかなぁ?」
へ?衣食住??
「そもそも塁くんとこんなことになるなんてこれっぽっちも思ってなくて、こうなってからもまだ日も浅いしで、全然結婚とか頭になかったから。さっき塁くんに考えてって言われて、ちょっと考えてみたんだけどね」
ちょっと?え?
「じゃあ、あの謎の沈黙はそれだったの?」
「うん」
うわー・・・全然スムーズに生活してたから、俺としては口にはしてなくても当然結婚前提のつもりだったんだけどなぁ・・・俺と遥の間には長くて深い溝があったと知った。
だが本当に驚くのはそれからだった。
「衣食住一緒じゃなくても市役所に紙出したら済むんだよね?いいよ。いつ行く?」
コンビニ行く?くらいのカジュアルさで言われた。
耳を疑った。
聞き返そうとしたが、口から出たのは別の言葉だった。
「じゃあ、明日行く?」
「うん」
再会から1か月あまり。
世の中的にはスピード婚と呼ばれる速さで俺、真田塁は豆しば付きで烏星塁になった。
やっぱり親兄弟はつけなくて良かったようだ。
新婚早々、遥は東京の自宅へ帰って行ったが、来月には予定をあわせ、新婚旅行へ出かける。
ひとまずの区切りの2年、そしてその先についてはまだわからない。
でも、遥とならこの先何があっても一緒に生きていけると確信している。
ふたりでも楽な人 まひな @mahina2525
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